個人

デズモンド・ツツ

Desmond Mpilo Tutu

1931年生まれ・2021年没

  • 1984年 平和賞

何をした人か

南アフリカの聖公会の主教でした。アパルトヘイトに反対し、黒人も白人も対等に共に生きるべきだと説きました。 [根拠 3・5]

受賞理由のやさしい要約

1984年 平和賞(単独受賞)

南アフリカのアパルトヘイトの問題を非暴力の運動で解決しようとするなかで、人々をまとめる指導者として果たした役割が評価されました。受賞当時は、南アフリカ教会協議会の事務総長でした。ノーベル委員会は、黒人と白人の南アフリカ人が手を結び、国を対立と危機から抜け出させようとする非暴力の闘いに目を向けさせたいとしました。 [根拠 3・4]

公式の受賞理由(英語)
for his role as a unifying leader figure in the non-violent campaign to resolve the problem of apartheid in South Africa

活動の何が新しかったか

武装闘争に向かう動きもあるなかで、人種差別への非暴力の抵抗を貫きました。国際社会に向けて、アパルトヘイト政権への経済・政治・文化面の制裁を強く呼びかけた一人でもあります。ユーモアと語りの力を生かし、内戦の流血に代わる道として、対話と赦し、和解を説きました。 [根拠 5]

私たちの生活や社会とのつながり

受賞は、1980年代に南アフリカへの制裁を強める流れを後押ししたとも見られています。1995年には、アパルトヘイト下の人権侵害を調べる真実和解委員会の委員長に任命されました。委員会は人権侵害の訴えを調べるとともに、恩赦の申請や被害者への補償の仕組みも扱いました。 [根拠 3・5]

関連する受賞者・団体

  • アルバート・ルトゥリ編集上の関連

    同じ南アフリカで、アパルトヘイトへの非暴力の抵抗によって平和賞を受けた2人です。ツツの受賞で、非暴力による解放の道にふたたび注目が集まったとされます。

  • ネルソン・マンデラ編集上の関連

    ツツは非暴力の道を貫きましたが、武装闘争という別の選択をしたマンデラたちを責めることはしなかったとされます。アパルトヘイトへの抵抗を、異なる方法の側から考えられる組み合わせです。

「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。

次に読むためのキーワード

出典と確認日

  1. NobelPrize.org 受賞者ページ(Desmond Tutu)
  2. 1984年 ノーベル平和賞(NobelPrize.org)
  3. Desmond Tutu – Facts - NobelPrize.org
  4. Press release - The Nobel Peace Prize 1984 - NobelPrize.org
  5. Desmond Tutu – Speed read - NobelPrize.org

受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。

主な受賞者・団体を選んで掲載しています。全受賞者の網羅ではありません。 Neutrope Biz が制作する独立した学習コンテンツです。ノーベル財団・NobelPrize.org の公式サイトや公認の企画ではありません。