この記事は「2026年新情報」です。ゼミの出題範囲の基準である公式テキスト第5版(2024年の世界遺産委員会まで反映)には載っていません。級別の確認問題や本番形式のセットには入れていません。特定の試験回の出題対象かどうかは確認できていません。
2026年に登録された、日本で27件目の世界遺産です。公式テキスト第5版には載っていません。遺構の多くが地下にあるという、ほかの遺産とは違う形をしています。
基本データ
日本・奈良県の文化遺産。2026年(令和8年)に登録され、登録基準は(ii)(iii)です。19の構成資産からなり、登録範囲は137.99ha、緩衝地帯は1,127.93haです。橿原市・桜井市・明日香村にまたがります。
公式テキスト第5版には載っていない
ゼミの出題範囲の基準は公式テキスト第5版で、第5版は2024年の世界遺産委員会までを反映しています。この遺産は2026年の登録なので、第5版には載っていません。だからゼミでは、第5版の日本26件とは分けて「2026年新情報」として置いています。特定の試験回の出題対象かどうかは確認できていないため、級別の問題や本番形式のセットには入れていません。
二つの都が続いた
奈良盆地の南に、飛鳥(588〜694年)と藤原(694〜710年)という二つの都が続きました。飛鳥は中央集権の仕組みを入れ始めた段階で、政治の力が宮に集まり、役所の施設が少しずつ加わっていきます。藤原はその段階を仕上げた都で、役所を含む宮が都の中心に置かれ、国の寺と、整えられた墓の配置がそろいます。
19の構成資産は三つの種類
19の構成資産は、都を三つの面から表すために選ばれています。宮殿・官衙(役所)の跡/仏教寺院の跡/古墳です。このうち飛鳥寺(構成資産005)は、日本列島で最初の仏教寺院で、仏教が伝わったことを示す資産です。
19の構成資産(名前で見る)
宮殿・官衙(役所)の跡=飛鳥宮跡・飛鳥京跡苑池・飛鳥水落遺跡・酒船石遺跡・藤原宮跡。仏教寺院の跡=飛鳥寺跡・橘寺跡・山田寺跡・川原寺跡・檜隈寺跡・大官大寺跡・本薬師寺跡。墳墓=石舞台古墳・菖蒲池古墳・牽牛子塚古墳・天武持統天皇陵古墳・中尾山古墳・キトラ古墳・高松塚古墳。よく知られた石舞台古墳も、壁画で有名なキトラ古墳と高松塚古墳も、この遺産の構成資産です。一つひとつは前から知られていたものが、都のしくみを表す組としてまとめられたところが、この登録の形です。
(ii) — 東アジアとのやりとりが形になった
(ii)は「価値観の交流を示すもの」。UNESCO は、宮殿・官衙の跡、仏教寺院の跡、古墳の配置・設計・技術・計画が、中国と朝鮮半島の同時代の権力の中心とのやりとりと日本への仏教の伝来を示すと説明しています。地元の伝統と、東アジアから取り入れた文化や技術が溶け合った結果だとされます。そしてこの二つの都は、8世紀以降の日本の都に大きな影響を与えたとされています。
(iii) — 都ができていく過程そのものの証拠
(iii)は「文化的伝統や文明の、ある時期を伝える証拠」。ここで証拠とされているのは、できあがった都の姿ではなく、中央集権の国家の仕組みにもとづく古代の都が形づくられていく過程という文化的伝統です。その証拠になるのが、資産の位置・空間の配置と関係・構成だと説明されています。
地下に残る遺産
この遺産の形は、ほかとはっきり違います。遺構の多くは地表の下にあります。都が使われなくなったあと土に覆われ、その後の土地は農業に使われてきたため、よく残りました。発掘したあとは埋め戻し、地上には壊さない方法と材料で位置や形が分かるようにしています。見えているものと、守られているものが違う。石造りの建物が建ち並ぶ遺産とは、確かめ方から違ってきます。
ゼミのほかの記事とのつながり
古都奈良(710年から784年の都)は、飛鳥・藤原のあとに続いた8世紀の都です。古都京都の平安京は9世紀。どちらも影響を受けた側にあたります。法隆寺は中国の仏教建築を日本に合わせて作り変えた例で、飛鳥寺から続く流れの中にあります。百舌鳥・古市古墳群(3〜6世紀)は、この二つの都より前の時代の古墳です。飛鳥・藤原にも古墳が構成資産として含まれており、墓の形が都の仕組みの中へ組み込まれていく変化が読み取れます。
覚えておきたいこと
- 2026年(令和8年)・奈良県・文化遺産・登録基準(ii)(iii)
- 飛鳥(588〜694年)と藤原(694〜710年)。19の構成資産は宮殿・官衙/寺院/古墳
- 公式テキスト第5版には載っていない。級別の問題やセットには入れていない
オリジナル確認問題
答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。
確認1:飛鳥・藤原の宮都が公式テキスト第5版に載っていない理由として正しいものは?
- 日本の遺産ではなく、国をまたぐ世界の遺産として数えられることになったから
- 第5版は2024年の世界遺産委員会までを反映していて、登録が2026年だから
- 登録の区分が文化遺産ではなく、自然遺産として登録されることに決まったから
- 登録の範囲がまだ決まっておらず、一覧に載せられない状態が続いているから
正解と解説を開く
正解:2.第5版は2024年の世界遺産委員会までを反映していて、登録が2026年だから
第5版の反映は2024年の委員会までです。ゼミでは第5版の日本26件と分けて、「2026年新情報」として置いています。
確認2:飛鳥・藤原の宮都の19の構成資産の種類の組み合わせとして正しいものは?
- 城郭の跡、神社の社殿、港町のまちなみ
- 宮殿の跡、鉱山の坑道、街道の一部
- 仏教寺院の跡、庭園、近代の工場の建物
- 宮殿・官衙の跡、仏教寺院の跡、古墳
正解と解説を開く
正解:4.宮殿・官衙の跡、仏教寺院の跡、古墳
都を三つの面から表すために選ばれています。このうち飛鳥寺は日本列島で最初の仏教寺院です。
確認3:飛鳥・藤原の宮都の登録基準(ii)が示しているとされる内容は?
- 中国と朝鮮半島とのやりとりと仏教の伝来を示し、のちの都に影響を与えたこと
- 都の造り方を中国からそのまま持ち込み、手を加えずに再現してみせたこと
- 東アジアのどこにも例のない方法で、独力で都を造り上げたということ
- 都の跡が地下に残っていて、発掘によってはじめて分かったということ
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正解:1.中国と朝鮮半島とのやりとりと仏教の伝来を示し、のちの都に影響を与えたこと
配置・設計・技術・計画が、地元の伝統と東アジアから取り入れた文化や技術が溶け合った結果だとされています。
確認4:飛鳥・藤原の宮都の遺構の多くが地下にあることへの対応として正しいものは?
- 発掘したまま開けておき、地下の遺構を直接見せる形で公開している
- 遺構を掘り出して別の場所へ移し、屋内で保存して見せる形にしている
- 発掘したあとは埋め戻し、地上には壊さない方法と材料で形を示している
- 地下の遺構は記録だけを取り、そのうえに新しい建物を建てている
正解と解説を開く
正解:3.発掘したあとは埋め戻し、地上には壊さない方法と材料で形を示している
都が使われなくなったあと土に覆われ、その後の土地は農業に使われてきたためよく残りました。見えているものと、守られているものが違います。