ブラジリア

登録年
1987年
所在国
ブラジル
登録区分
文化遺産
地域
南北アメリカ
登録基準
(i) (iv)

どこにあり、何が登録されたのか — 保存状況報告が16年分

ブラジル、連邦直轄区。国土の中西部。

本体 11,268.92 ha
緩衝地帯 一覧に行が無く、本文にも記述が無い
登録 1987年、基準 (i)(iv)=2つ
dossier 445(bis / rev なし)
軽微な範囲変更 一覧に記載なし
保存状況報告 16年分(1993・2000・2001・2003・2004・2009・2010・2011・2012・2013・2015・2017・2019・2021・2023・2025年)
GIS データ 未受領
ほかの保全の仕組み 一覧に記載なし
ページのタブ `Assistance`(国際援助)がある

保存状況報告の年の数を並べる

遺産 保存状況報告 危機遺産リスト
アブー・メナー90(13章) 24年分(1992-2026年) 2001-2025年
ルンビニー666(12章) 21年分 —
ブラジリア445 16年分(1993-2025年) 載ったことはない
ケルン大聖堂292(20章) 6年分 2004-2006年
雲岡石窟1039(12章) 0 —

報告の数の多寡だけで資産の状態を判断しません。ブラジリア445 は危機遺産リストに載ったことはありませんが、報告は16年分あり、2025年の報告もあります。都市の資産では開発の圧力が続くので報告が重なります。

無から創られた首都 — 誰が、いつ、何を作ったか

創設 1956年、国土の中心に無から(ex nihilo)創られた首都
期間 1956年から1960年
背景 ジュセリーノ・クビチェック大統領の国家近代化事業の一部
都市計画家 ルシオ・コスタ(都市設計=「パイロット計画(Plano Piloto)」)
建築家 オスカー・ニーマイヤー(建築の創造)

都市の骨格

軸
記念碑軸 東西に記念碑的に配される
交通軸 南北。地形に従うように湾曲した交通の幹線

「二つの軸の交差が、市の都市の図式を決定する要因として立ち、三権広場(Praça dos Três Poderes)と省庁街(Esplanada dos Ministérios)の代表的な性格を際立たせる」とされます。

ル・コルビュジエの考えが名指しされる

「市は、壮大な行政の中心と公共空間という考えを、ル・コルビュジエが提唱した都市生活の新しい考えと結び合わせた——ピロティに支えられた6階建ての住棟(quadras)で、それは景観がその下と周りを流れることを許した」とされます。

近隣住区(Unidade de Vizinhança)とそれに対応するスーパークアドラ(Superquadras)に、都市生活への新しい取り組みが体現されているとされます。

「ブラジリアは20世紀の近代主義の都市計画の決定的な例である」と書かれます。

基準(iv)が、理論の文献を名指しで引く

基準 中身
(i) 唯一無二の芸術の達成であり、人間の才能の第一級の創造。近代主義運動が進めた原理と理想の生きた表現を都市の規模で代表し、ルシオ・コスタとオスカー・ニーマイヤーの都市と建築の計画を通じて熱帯において実効的に体現された。ブラジルの経験は事業の壮大さで注目に値し、それは特定の歴史の時代を決定的に閉じただけでなく、野心的な開発の戦略と、世界を前にした国家の自己確認の過程に密接に結びついていた
(iv) 20世紀に結実させられた都市計画の唯一無二の例。1943年アテネ憲章、ル・コルビュジエの1946年の論考『都市計画をどう構想するか』、そしてオスカー・ニーマイヤーの建築設計に示された近代主義運動の都市の原理の表現である

一次資料が基準の文で理論の文献を名指しで引く資産は、これまで読んだ156件でここだけです。

遺産 一次資料が引く文書 どこで
ブラジリア445 1943年アテネ憲章/ル・コルビュジエの1946年の論考 基準(iv)の文(価値の根拠として)
オルタ1005 1964年ヴェネツィア憲章/1987年 ICOMOS 憲章 真正性(修復の基準として)
ラヴェンナ788(20章) 1964年ヴェネツィア憲章 真正性(修復の基準として)

同じ「憲章を引く」でも、価値の根拠として引くのか、修復の基準として引くのかが違います。書かれていた節を添えて記録します。

基準(iv)が挙げる建物

建物 一次資料が書くこと
三権の建物 大統領官邸、最高裁、国会——上院の建物のクーポラと下院の逆さのクーポラが脇に立つ双子の高層建物を伴う
大聖堂 高さ40メートルの16の放物面体
ジュセリーノ・クビチェックのパンテオン —
国立劇場 —

完全性と真正性 — 属性と「四つの尺度」

完全性

「同時に urbs であり civitas である都市」(ラテン語の対で書かれます)として、「ブラジリアは、国の地方と連邦の政府の組織によって法的に保護されたその都市の尺度の保護に映されるとおり、元の指導原理を無傷で保ってきた」とされます。

現状 市と首都という二重の機能に従って、新しい都市のサービスと構造の継続的な実施を通じて、いま統合の過程の途上にある
脆弱性 資産は、交通の増加と公共交通の要請を含む都市開発の圧力に脆弱である
変化の評価 市のさまざまな部門は、当初の計画に示されたとおり、いま補われ、実際に完結されつつある。これらの変化は、ルシオ・コスタのパイロット計画の唯一無二で際立った価値をいかなる形でも危うくしない。それは物理的にも象徴的にも完全に保存されたままである
境界の読み取り ブラジリアの周りのまだ開発されていない区域、周囲の緑地、立地の地形に基づいて、市の限界を、それが導入された領域の広がりからはっきり区別することが可能である

緩衝地帯の記述はありませんが、未開発の区域と緑地と地形が市の限界を区別させると書かれます。「緩衝地帯の代わり」とは書かれていないので、そう言い換えません。

真正性が属性を六つ挙げる

パイロット計画の主要な属性
二つの軸の交差と、道路体系の階層的な分配 —
それぞれの特性と最終用途を持つ部門への市の分割 —
開かれた空間と緑地の網 —
省庁街と、記念碑軸(Eixo Monumental)をなす代表的な構造物 —
近隣住区に基づいて組織されたスーパークアドラ —
オスカー・ニーマイヤーによる主要な代表的建物の建築設計 —

そのうえで「四つの尺度」が示される

「これらの属性は、ブラジリアが遺産の遺跡として指定された時にルシオ・コスタが同定し、パイロット計画の元の設計の導きの基準として保存されてきた四つの尺度に基づいて、もっともよく理解される」とされます。

尺度 中身
記念碑的尺度 国の行政の機能が行われる首都としての地位をブラジリアに与える
住居の尺度 交通軸(Eixo Rodoviário)を中心に、近隣住区が北翼と南翼(Asa Norte と Asa Sul)に分かれて分配される、生活への新しい取り組みを体現する
社会的尺度 二つの軸——記念碑軸と交通軸——の交差に位置し、銀行・ホテル・業務・サービスの部門が集まって市の中心部をなす
牧歌的尺度 他の三つに浸透し、大きな開かれた空間と緑地からなり、市に独特の都市公園の様相を与える

保護の対象が「尺度」であり、UNESCO の要請で布告された

保護の年表

年 何が起きたか
1960年 新首都の落成に先立ち、連邦直轄区基本法が、パイロット計画への変更案は連邦上院の審査に付されなければならないと規定した
1980年代初頭 市の急速な成長とともに、この問題がようやく現実味を帯びた
1981年 ブラジリアの歴史的・文化的・自然的遺産の保存のための作業グループが設置された——国立プロ・メモリア財団(現 IPHAN)、連邦直轄区政府(GDF)、ブラジリア大学(UnB)の代表で構成。その研究が1987年の登録に決定的で、候補に添えられた技術 dossier の基礎を与えた
1987年10月14日 令10829/GDF——ブラジル政府が世界遺産委員会に提出し、ブラジリアの保護のための拘束力ある保証として役立つ立法の手段で、今日まで効力を保っている
1987年(同年) UNESCO からの明示的な要請に応えて、GDF が市の四つの尺度の保護を布告し、1990年の連邦によるブラジリアの歴史的遺跡指定の基礎となった120平方キロメートルの区域を画定した
1990年 ブラジリアの都市的枠組みが国の歴史遺産として公式に認められた——SPHAN/プロ・メモリア指令04/90。後に IPHAN 指令314/92 に置き換えられ、効力を保つ

二つのことが、これまで読んだ157件でここだけ

(1)保護の対象が「尺度」である。建物でも区域でもなく、記念碑的・住居・社会的・牧歌的という四つの尺度が布告によって保護されています。

(2)保護の布告が、UNESCO の明示的な要請に応えて行われたと書かれている。一次資料が、保護の内容を決めたきっかけとしてUNESCO の要請を挙げる例です。

「ブラジリアの重要性は、その構想の時から認められていた」という一文から保護管理の節が始まります。

いまの責任

政府 機関
連邦直轄区政府 都市・住宅開発州務局(SEDHAB)
連邦政府 国立歴史芸術遺産研究所(IPHAN)の連邦直轄区支部

両者が管理と保護の責任を共有します。登録の時点では、GDF 文化局の歴史芸術遺産部(DePHA)が第一の責任を負っていました。

保護は「地方、連邦、地球規模」という三つの運用の水準で確かにされるとされます。地方の水準では、遺産の遺跡を保護することを目的とした特定の法と、連邦直轄区の都市・土地定住政策に基づくきわめて複雑な技術と運用の都市法制が置かれています。

圧力と、これから作られる保存計画

圧力が六つ挙げられる

圧力
不動産開発 —
公共の区域と緑地の違法な占拠 —
特定の部門の最終用途と整合しない活動の実施 —
湖岸への私有地の侵入 —
都市交通の増加 —
不十分な公共交通 大都市圏にわたる社会空間的な分離に結びつく

「10%未満」が何の割合か

連邦直轄区の外向きの押し出しに関わる周囲の区域の都市の動態が、パイロット計画に強い圧力をかけており、市の都市の景観と、対応する空間の機能と用途に特別な注意を向けることを要している。そこには公共サービス、雇用、地域の投資の圧倒的大部分が集中しているが、連邦直轄区の人口の10%未満(9.6%)しか住んでいない。

「10%」はこれで四つ目の資産に出てきましたが、述べていることは毎回違います。

遺産 10%が意味すること
ブラジリア445 連邦直轄区の人口のうち、登録区域に住んでいる割合(9.6%)
テオティワカン414(18章) 儀礼の中心が市の全表面に占める割合
パレンケ411(18章) 記録された1,400の建物のうち探査された割合
メディナ・アサーラ1560(11章) 遺跡のうち発掘された割合

「10%しか〜ない」とまとめず、何の10%かを書きます。ブラジリア445 だけは、少ないことが「人は住んでいないのに機能が集中している」という不均衡を述べています。

保存計画はこれから

これらの課題に取り組むため、そしてブラジリアの都市的枠組みの保存と保護が市の都市開発と切り離せないことを認めて、ブラジリア都市的枠組み保存計画(PPCUB)が、保護区域の計画・保存・管理のための、そしてブラジリアの都市開発に関わる措置と主体を調整するための主要な手段となる。

「なる(will be)」という将来形です。「ある」ではないので、時制をそのまま写します。

「ブラジリアを保存する課題は、その唯一無二の都市計画に基づいて、市に関わる今日の問題と要求を評価することを要する。これは、顕著な普遍的価値を保護しながら持続可能性を可能にする、市への前向きな見通しを採ることを必要とする」とも書かれます。

2級で押さえること

基準(i)(iv)、本体11,268.92 ha、緩衝地帯は一覧に行が無く本文にも記述が無い、1987年登録、dossier 445(bis / rev なし)、保存状況報告16年分(1993-2025年。危機遺産リストに載ったことはない)、GIS データ未受領、一覧にほかの保全の仕組みの記載は無い、ページのタブに `Assistance`(国際援助)がある。1956年に国土の中心に無から(ex nihilo)創られた首都。1956年から1960年、ジュセリーノ・クビチェック大統領の国家近代化事業の一部。都市計画家ルシオ・コスタの都市設計「パイロット計画(Plano Piloto)」と建築家オスカー・ニーマイヤーの建築の創造。東西の記念碑軸と、地形に従うように湾曲した南北の交通軸。二つの軸の交差が市の都市の図式を決定する要因として立ち、三権広場(Praça dos Três Poderes)と省庁街(Esplanada dos Ministérios)の代表的な性格を際立たせる。ル・コルビュジエが提唱した都市生活の新しい考え——ピロティに支えられた6階建ての住棟(quadras)で、景観がその下と周りを流れることを許した。近隣住区(Unidade de Vizinhança)とスーパークアドラ(Superquadras)。基準(iv)が理論の文献を名指しで引く——1943年アテネ憲章と、ル・コルビュジエの1946年の論考『都市計画をどう構想するか』。これまで読んだ156件でここだけ。オルタ1005 とラヴェンナ788 も憲章を引くが、そちらは真正性の節で修復の基準として引くので、価値の根拠として引くブラジリア445 とは違う。書かれていた節を添えて記録する。基準(iv)が挙げる建物は、三権の建物(大統領官邸、最高裁、上院の建物のクーポラと下院の逆さのクーポラが脇に立つ双子の高層建物を伴う国会)、高さ40メートルの16の放物面体の大聖堂、ジュセリーノ・クビチェックのパンテオン、国立劇場。基準(i)は「近代主義運動が進めた原理と理想の生きた表現」を都市の規模で代表し「熱帯において実効的に体現された」とする。完全性が「同時に urbs であり civitas である都市」とラテン語の対で書く。「市のさまざまな部門は、当初の計画に示されたとおり、いま補われ、実際に完結されつつある」が「これらの変化は、ルシオ・コスタのパイロット計画の唯一無二で際立った価値をいかなる形でも危うくしない」とする。資産は交通の増加と公共交通の要請を含む都市開発の圧力に脆弱。緩衝地帯の記述は無いが「ブラジリアの周りのまだ開発されていない区域、周囲の緑地、立地の地形に基づいて、市の限界を、それが導入された領域の広がりからはっきり区別することが可能である」と書く——「緩衝地帯の代わり」とは書かれていないのでそう言い換えない。真正性が属性を六つ挙げ(二つの軸の交差と道路体系の階層的な分配/それぞれの特性と最終用途を持つ部門への市の分割/開かれた空間と緑地の網/省庁街と記念碑軸をなす代表的な構造物/近隣住区に基づいて組織されたスーパークアドラ/オスカー・ニーマイヤーによる主要な代表的建物の建築設計)、そのうえでルシオ・コスタが遺産の遺跡として指定された時に同定した「四つの尺度」(記念碑的/住居——交通軸を中心に近隣住区が北翼と南翼に分かれる/社会的——二つの軸の交差で銀行・ホテル・業務・サービスが集まる市の中心部/牧歌的——他の三つに浸透し市に独特の都市公園の様相を与える)に基づいて「もっともよく理解される」とする。保護の対象が「尺度」である資産は156件でここだけ——1987年、UNESCO からの明示的な要請に応えて連邦直轄区政府(GDF)が市の四つの尺度の保護を布告し、1990年の連邦による歴史的遺跡指定の基礎となった120平方キロメートルの区域を画定した。保護の内容を決めたきっかけとして UNESCO の要請が挙げられるのも156件でここだけ。保護の年表——1960年に連邦直轄区基本法が「パイロット計画への変更案は連邦上院の審査に付されなければならない」と規定(問題が現実味を帯びたのは1980年代初頭の急成長から)/1981年に作業グループ(国立プロ・メモリア財団=現 IPHAN、GDF、ブラジリア大学 UnB)が設置され、その研究が1987年の登録に決定的で候補に添えられた技術 dossier の基礎を与えた/1987年10月14日の令10829/GDF は「ブラジル政府が世界遺産委員会に提出し、ブラジリアの保護のための拘束力ある保証として役立つ立法の手段」で、今日まで効力を保つ/1990年に都市的枠組みが国の歴史遺産として公式に認められ、SPHAN/プロ・メモリア指令04/90 が後に IPHAN 指令314/92 に置き換えられた。いまは連邦直轄区政府(都市・住宅開発州務局 SEDHAB)と連邦政府(IPHAN 連邦直轄区支部)が責任を共有する。登録の時点ではGDF 文化局の歴史芸術遺産部(DePHA)が第一の責任を負っていた。保護は「地方、連邦、地球規模」の三つの運用の水準で確かにされる。圧力が六つ(不動産開発/公共の区域と緑地の違法な占拠/特定の部門の最終用途と整合しない活動の実施/湖岸への私有地の侵入/都市交通の増加/大都市圏にわたる社会空間的な分離に結びつく不十分な公共交通)。「そこには公共サービス、雇用、地域の投資の圧倒的大部分が集中しているが、連邦直轄区の人口の10%未満(9.6%)しか住んでいない」——「10%」はこれで四つ目の資産だが、ブラジリア445 だけは「人は住んでいないのに機能が集中している」という不均衡を述べている。ブラジリア都市的枠組み保存計画(PPCUB)が、保護区域の計画・保存・管理と、都市開発に関わる措置と主体の調整のための主要な手段「となる(will be)」——「ある」ではないので時制をそのまま写す。

オリジナル確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:ブラジリアの「四つの尺度」の保護について、保護管理の節に書かれているのは?

  1. 四つの尺度は真正性の節で説明されるだけで、法的な保護の対象にはなっていない
  2. 1987年、ブラジル連邦議会が独自の判断で四つの尺度の保護を立法した
  3. 1987年、UNESCO からの明示的な要請に応えて連邦直轄区政府が四つの尺度の保護を布告したが、それは1990年の連邦による歴史的遺跡指定で効力を失ったと書かれている
  4. 1987年、UNESCO からの明示的な要請に応えて連邦直轄区政府が四つの尺度の保護を布告した
正解と解説を開く

正解:4.1987年、UNESCO からの明示的な要請に応えて連邦直轄区政府が四つの尺度の保護を布告した

保護の対象が「尺度」である資産は、これまで読んだ156件でここだけです。建物でも区域でもありません。保護の内容を決めたきっかけとして UNESCO の要請が挙げられるのも、156件でここだけです。

確認2:ブラジリアの基準(iv)の文が名指しで引いているのは?

  1. 1943年アテネ憲章と、ル・コルビュジエの1946年の論考『都市計画をどう構想するか』
  2. 基準の文は文献を引いていない
  3. 1964年ヴェネツィア憲章と、1987年 ICOMOS 憲章
  4. 1943年アテネ憲章と、ル・コルビュジエの1946年の論考『都市計画をどう構想するか』だが、それは真正性の節で修復の基準として引かれている
正解と解説を開く

正解:1.1943年アテネ憲章と、ル・コルビュジエの1946年の論考『都市計画をどう構想するか』

一次資料が基準の文で理論の文献を名指しで引く資産は、これまで読んだ156件でここだけです。同じ「憲章を引く」でも、価値の根拠として引くのか修復の基準として引くのかが違うので、書かれていた節を添えて記録します。

確認3:ブラジリアの保護管理の節にある「10%未満(9.6%)」は、何の割合か?

  1. 登録区域のうち、まだ開発されていない区域の割合
  2. 連邦直轄区の人口のうち、公共サービス・雇用・地域の投資が集中している区域に住んでいる割合
  3. パイロット計画に含まれる主要な代表的建物のうち、オスカー・ニーマイヤー自身が建築設計を行ったものが占める割合
  4. 連邦直轄区の面積のうち、緑地と開かれた空間が占める割合
正解と解説を開く

正解:2.連邦直轄区の人口のうち、公共サービス・雇用・地域の投資が集中している区域に住んでいる割合

「10%」はこれで四つ目の資産に出てきましたが、述べていることは毎回違います。何の10%かを書きます。ブラジリア445 だけは、少ないことが「人は住んでいないのに機能が集中している」という不均衡を述べています。

確認4:1987年10月14日の令10829/GDF について、保護管理の節に書かれているのは?

  1. この令については書かれていない
  2. ブラジル政府が世界遺産委員会に提出したが、1990年の SPHAN/プロ・メモリア指令04/90 に置き換えられて効力を失った
  3. ブラジル政府が世界遺産委員会に提出し、ブラジリアの保護のための拘束力ある保証として役立つ立法の手段で、今日まで効力を保っている
  4. ブラジル政府が世界遺産委員会に提出し、ブラジリアの保護のための拘束力ある保証として役立つ立法の手段だが、それは連邦上院の審査を経ていないので法的な効力は無いと書かれている
正解と解説を開く

正解:3.ブラジル政府が世界遺産委員会に提出し、ブラジリアの保護のための拘束力ある保証として役立つ立法の手段で、今日まで効力を保っている

締約国が世界遺産委員会に提出した法令が、保護の保証として一次資料に位置づけられる例です。1990年のSPHAN/プロ・メモリア指令04/90 は別の年表の項目で、後に IPHAN 指令314/92 に置き換えられました。

参考資料

確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。