基本を学ぶ
どこにあり、何が登録されたのか — 紀元前と紀元後が食い違う
チュニジア、チュニス湾を見下ろす丘。
| 本体 | 498.08 ha |
|---|---|
| 緩衝地帯 | 一覧に行が無い |
| 登録 | 1979年、基準 (ii)(iii)(vi) |
| dossier | 37 |
| 連続性資産 | はい(Serial: yes) |
| 節の見出し | `Integrity (2009)` など、年が付いている |
| 保存状況報告 | 9年分(2011〜2025年) |
| 境界データ | GIS のデータ未受領の注記がある |
滅ぼされた年が、紀元前と紀元後で食い違う
| 書かれている場所 | 年 |
|---|---|
| 説明文 | 「ローマは……紀元前146年に(in 146 B.C.)その競争相手を最終的に滅ぼした」 |
| 顕著な普遍的価値の概要 | 「ローマは……146年に(in 146 AD)その競争相手を滅ぼした」 |
概要は `AD`(紀元後)と書いています。
ポエニ戦争は紀元前なので、概要の `AD` は誤記と読めます。ただし一次資料はそう書いていないので、ゼミは書かれている場所とともに両方を記録し、「概要は AD と書いている」と残します。
8章のル・アーヴル1181 で「一次資料に綴りの誤りがある」ことを記録しました。カルタゴ37 は年代の紀元前と紀元後なので、意味が変わる誤記です。字句どおり写さず、意味を取って訳します。
いつ、誰が
| 時期 | 中身 |
|---|---|
| 紀元前9世紀末 | フェニキア人による創建。エリッサ=ディードーによって |
| 紀元前6世紀以降 | 地中海の多くを覆う大きな交易の帝国へ発展した(説明文) |
| 長いポエニ戦争 | カルタゴがローマに属する領土を占領した |
| その後 | ローマ人が古代の都市の遺構の上に町を建て直した |
何が登録されたか
資産は、ポエニ、ローマ、ヴァンダル、古キリスト教、アラブの存在の遺構を含んでいる。
| 主要な構成要素 |
|---|
| ビュルサのアクロポリス |
| ポエニの港 |
| ポエニのトフェト |
| ネクロポリス |
| 劇場 |
| 円形闘技場 |
| 競技場 |
| 住宅区域 |
| バシリカ |
| アントニヌスの浴場 |
| マラガの貯水槽 |
| 考古の保留地 |
12が並んでいます。
三つの基準 — 四つの文化が次々に
次々に続いたいくつもの文化——フェニキア=ポエニ、ローマ、古キリスト教、アラブ——の混ざり合い、普及、開花の例外的な場所であり、この大都市とその港は地中海における広い規模の交換を促してきた。
四つの文化が、この章でもっとも多く並べられています。
この章では、重なる時代の数え方が資産ごとに違いました。
| 遺産 | 重なる時代 |
|---|---|
| カルタゴ37 | フェニキア=ポエニ/ローマ/古キリスト教/アラブ(遺構はポエニ/ローマ/ヴァンダル/古キリスト教/アラブの五つ) |
| メリダ664 | ローマ/スエビ/西ゴート/アラブ(アル・アンダルスの三つの境界の首都の一つ) |
| スプリト97 | ローマ(3世紀後半から4世紀初め)/中世/12〜13世紀ロマネスク/15世紀ゴシック/ルネサンス/バロック |
| レプティス・マグナ183 | フェニキア(紀元前7世紀)/ローマ/セウェルス朝(3世紀) |
三つの基準
| 基準 | 中身 |
|---|---|
| (ii) | ティルスに結びついたフェニキアの創建と、ユリウス・カエサルの命によるローマの再創建。ヴァンダル王国とビザンツのアフリカ属州の首都でもあった。その古代の港は、十世紀を超える商業と文化の交換を証している。トフェトはバアルに捧げられた聖なる場所で、多数の文化の影響が見られる多数のステラを含んでいる |
| (iii) | 当時、地中海の西の盆地における中心の中枢であったフェニキア=ポエニ文明への例外的な証。アフロ=ローマ文明のもっとも輝かしい中心の一つでもあった |
| (vi) | カルタゴの歴史と文学の名声は、つねに普遍的な想像力を養ってきた |
基準(vi)に並ぶ人物
| 人物 | 何をした人か |
|---|---|
| エリッサ=ディードー | ティルスの伝説の王女、町の創建者。ウェルギリウスが『アエネイス』で歌った |
| ハンノン | 偉大な航海者=探検家 |
| ハンニバル | 歴史上もっとも偉大な軍事戦略家の一人 |
| アプレイウス | ラテン=アフリカ文学の創始者 |
| 聖キプリアヌス | その殉教 |
| 聖アウグスティヌス | そこで学び、何度も訪れた |
概要にはマゴン(有名な農学者)も挙げられています。
人物の名が基準(vi)にこれだけ並ぶ資産は、これまで読んだ129件でここだけです。
完全性と真正性(2009年時点)— 都市のスプロールで部分的に変わった
完全性(2009)
その完全性は、20世紀前半のあいだの統制されない都市のスプロールによって部分的に変えられたが、カルタゴの遺跡は古代の町を特徴づける要素を本質的に保ってきた——
| 保たれている要素 |
|---|
| 都市の網 |
| 集まる場所(フォルム) |
| 娯楽(劇場) |
| 余暇(浴場) |
| 礼拝(神殿) |
| 住宅区域など |
括弧つきで「何のための場所か」が書かれています。
遺跡の保全は、構造物の無傷の性格の維持を保証している。
都市の圧力は抑えられてきた
しかしながら、それは強い都市の圧力に直面し続けている——それは大部分、カルタゴ=シディ・ブ・サイド公園の国の記載のおかげで抑えられてきた。
「公園の国の記載のおかげで抑えられてきた」と書かれています。
ゼミは、脅威が「ある」ことと「抑えられている」ことを両方記録します。片方だけを読みません。
真正性(2009)
年月にわたって行われた修復と維持の作業は、国際憲章の標準に従っており、カルタゴの遺跡の記念物と遺構の真正性を損なってこなかった。
遺跡は維持のプロトコルの恩恵を受けている。
「維持のプロトコル(maintenance protocol)」と書かれる資産は、これまで読んだ129件でここだけです。
この章では、修復の扱いが資産ごとに違いました。
| 遺産 | 修復の扱い |
|---|---|
| カルタゴ37 | 国際憲章の標準に従い、真正性を損なってこなかった。維持のプロトコルがある |
| ポンペイ829 | 1980年代より前のコンクリートと鋼は今日では違う扱いをされるだろう。ただし初期の修復はそれ自身の歴史の意義を持つと論じられうる |
| メリダ664 | 介入の方針は固めの作業だけを許し、再建を許さない。劇場の舞台正面はアナスティローシスの基準に従って例外的に再建された |
| レプティス・マグナ183 | 固め・修復・維持、そしてより少ない程度で再建が、関わる要素の元の形態を完全に尊重して行われた |
| ローマ帝国の境界線430 | 一部の場合に、遺跡が登録される前に建てられた再建によって真正性が損なわれてきた |
誰が守っているか(2009年時点)— 1885年以来の記載
法と政令
| 年 | 仕組み |
|---|---|
| 1885年以来 | 多数の遺構が歴史記念物として記載されている |
| 1985年10月7日 | 政令85-1246(カルタゴ=シディ・ブ・サイド遺跡の記載) |
| 1994年 | 法35(考古と歴史の遺産および伝統の芸術の保護) |
| 1996年9月16日 | 命令(カルタゴの文化遺跡の創設) |
「1885年以来」という古い年が書かれています。
16章のメディナ・アサーラ1560 は「1911年以来、行政によってほぼ継続的に保護されてきた」でした。カルタゴ37 の1885年は、それより古いです。
同じ1994年法35 は、11章のカイラワーン499 の保護管理にも出てきました。同じ国の資産なので同じ法が使われます。
誰が管理するか
国立遺産研究所に属する保全ユニットが、遺跡の保護と管理に責任を持つ。
11章のカイラワーン499 も「国立遺産研究所がそれに管理ユニットを与えた」でした。
都市開発計画に統合されている
資産の管理は、現在、町の都市開発計画に統合されている。
「都市開発計画に統合されている」という書き方です。
まだ準備中のもの
現在準備中の保護・提示計画が、遺跡の管理を確かにすることになる。
「現在準備中(presently under preparation)」です。
節の見出しが (2009) なので、その後どうなったかは、このページからは分かりません。
11章で記録したとおり、節に年があるときは年を添えて記録します。一覧には保存状況報告が2011年から2025年まで9年分あるので、委員会で報告が扱われ続けていることは分かりますが、計画が完成したかどうかは分かりません。
2級で押さえること
基準(ii)(iii)(vi)、本体498.08 ha、一覧に緩衝地帯の行が無い、1979年登録、連続性資産(Serial: yes)、節の見出しに年が付いている(`Integrity (2009)` など。11章のダマスカス20・カイラワーン499・マラケシュ331 と同じ形)、保存状況報告9年分(2011〜2025年)、GIS データ未受領の注記がある。滅ぼされた年が、紀元前と紀元後で食い違う——説明文は「紀元前146年に(in 146 B.C.)」、概要は「146年に(in 146 AD)」。ポエニ戦争は紀元前なので概要の `AD` は誤記と読めるが、一次資料はそう書いていないので、書かれている場所とともに両方を記録し、「概要は AD と書いている」と残す。8章のル・アーヴル1181 の綴りの誤りと同系統だが、こちらは意味が変わる誤記。紀元前9世紀末にフェニキア人(エリッサ=ディードー)が創建し、紀元前6世紀以降、地中海の多くを覆う大きな交易の帝国へ発展した。長いポエニ戦争でカルタゴがローマに属する領土を占領し、その後ローマ人が古代の都市の遺構の上に町を建て直した。資産はポエニ・ローマ・ヴァンダル・古キリスト教・アラブの存在の遺構を含み、主要な構成要素は12(ビュルサのアクロポリス/ポエニの港/ポエニのトフェト/ネクロポリス/劇場/円形闘技場/競技場/住宅区域/バシリカ/アントニヌスの浴場/マラガの貯水槽/考古の保留地)。「フェニキア=ポエニ、ローマ、古キリスト教、アラブ」の四つの文化の混ざり合い、普及、開花の例外的な場所。基準(ii)はティルスに結びついたフェニキアの創建と、ユリウス・カエサルの命によるローマの再創建とし、ヴァンダル王国とビザンツのアフリカ属州の首都でもあったとする。トフェトはバアルに捧げられた聖なる場所で、多数の文化の影響が見られるステラを含む。基準(vi)に人物の名が並ぶ——エリッサ=ディードー(ウェルギリウスが『アエネイス』で歌った)/ハンノン(航海者=探検家)/ハンニバル/アプレイウス(ラテン=アフリカ文学の創始者)/聖キプリアヌスの殉教/聖アウグスティヌス(そこで学び何度も訪れた)——これだけ並ぶのはこれまで読んだ129件でここだけ(概要にはマゴン(農学者)も)。完全性(2009)は「20世紀前半のあいだの統制されない都市のスプロールによって部分的に変えられた」が、古代の町を特徴づける要素(都市の網・集まる場所(フォルム)・娯楽(劇場)・余暇(浴場)・礼拝(神殿)・住宅区域)を本質的に保ってきた。「強い都市の圧力に直面し続けている」が、「大部分、カルタゴ=シディ・ブ・サイド公園の国の記載のおかげで抑えられてきた」——脅威が「ある」ことと「抑えられている」ことを両方記録する。真正性(2009)は、修復と維持の作業が国際憲章の標準に従っており真正性を損なってこなかったとし、「遺跡は維持のプロトコルの恩恵を受けている」——「維持のプロトコル」は129件でここだけ。1885年以来、多数の遺構が歴史記念物として記載されている——16章のメディナ・アサーラ1560 の「1911年以来」より古い。1985年10月7日政令85-1246・1994年法35・1996年9月16日の命令(カルタゴの文化遺跡の創設)。国立遺産研究所に属する保全ユニットが保護と管理に責任を持つ(11章のカイラワーン499 も同じ研究所)。資産の管理は現在、町の都市開発計画に統合されている。保護・提示計画は「現在準備中」で、節の見出しが(2009)なのでその後は分からない。
準1級
準1級向けに理解を深める
準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。
この遺産が出てくるキーワード
| キーワード | このキーワードで見るもの | 本文の手がかり |
|---|---|---|
| 文学 | 文学が、価値のどこに入るか | 「カルタゴの歴史と文学の名声は、つねに普遍的な想像力を養ってきた」 |
いまのところ、この遺産が出てくるキーワードは1つです。ゼミの試作46本で数えた話で、公式テキストの分類ではありません。
準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。このキーワードの練習では、ほかの参加記事と並べて読みます——同じ論点が、別の資産でどう書かれているかを見るためです。
キーワードで練習する
級別の確認問題
2級 確認問題
答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。
確認1:カルタゴが滅ぼされた年について、UNESCO のページに書かれているのは?
- 説明文も概要も「紀元前146年(146 B.C.)」
- 説明文は「紀元前146年(146 B.C.)」、概要は「146年(146 AD)」
- 滅ぼされた年は書かれていない
- 説明文は「紀元前146年」、概要は「146年(AD)」で、一覧にはさらに別の年が書かれている
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正解:2.説明文は「紀元前146年(146 B.C.)」、概要は「146年(146 AD)」
説明文は「in 146 B.C.」、概要は「in 146 AD」です。一覧に年の記載はありません。ポエニ戦争は紀元前なので概要の `AD` は誤記と読めますが、一次資料はそう書いていないので、書かれている場所とともに両方を記録し、「概要は AD と書いている」と残します。
確認2:カルタゴの基準(vi)に名が挙がる人物に含まれないのは?
- エリッサ=ディードー(町の創建者)
- ハンニバル(軍事戦略家)
- アプレイウス(ラテン=アフリカ文学の創始者)と聖アウグスティヌス
- マゴン(農学者)
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正解:4.マゴン(農学者)
マゴン(有名な農学者)は概要に挙がりますが、基準(vi)には入っていません。基準(vi)に挙がるのはエリッサ=ディードー(ウェルギリウスが『アエネイス』で歌った)・ハンノン・ハンニバル・アプレイウス・聖キプリアヌスの殉教・聖アウグスティヌスです。人物の名が基準(vi)にこれだけ並ぶ資産は、これまで読んだ129件でここだけです。
確認3:カルタゴの完全性(2009)に書かれている都市の圧力について、UNESCO の記述に合うものは?
- 強い都市の圧力に直面し続けているが、大部分、カルタゴ=シディ・ブ・サイド公園の国の記載のおかげで抑えられてきた
- 都市の圧力はもはや存在しない
- 都市の圧力についての記述は無い
- 強い都市の圧力に直面し続けており、カルタゴ=シディ・ブ・サイド公園の国の記載によっても大部分は抑えられていない
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正解:1.強い都市の圧力に直面し続けているが、大部分、カルタゴ=シディ・ブ・サイド公園の国の記載のおかげで抑えられてきた
> しかしながら、それは強い都市の圧力に直面し続けている——それは大部分、カルタゴ=シディ・ブ・サイド公園の国の記載のおかげで抑えられてきた。ゼミは、脅威が「ある」ことと「抑えられている」ことを両方記録します。片方だけを読みません。なお完全性は「20世紀前半のあいだの統制されない都市のスプロールによって部分的に変えられた」とも書きます。
確認4:カルタゴの保護管理(2009)で、まだできていないものは?
- 歴史記念物としての記載
- まだできていないものは書かれていない
- 保護・提示計画(現在準備中)
- 保護・提示計画と、国立遺産研究所に属する保全ユニットの両方
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正解:3.保護・提示計画(現在準備中)
> 現在準備中の保護・提示計画が、遺跡の管理を確かにすることになる。保全ユニットはすでにあります——「国立遺産研究所に属する保全ユニットが、遺跡の保護と管理に責任を持つ」。歴史記念物としての記載は1885年以来あります。節の見出しが (2009) なので、その後どうなったかはこのページからは分かりません。
参考資料
確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。