カステル・デル・モンテ

登録年
1996年
所在国
イタリア
登録区分
文化遺産
地域
ヨーロッパ
登録基準
(i) (ii) (iii)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 緩衝地帯が本体の約3,500倍

イタリア南部、アドリア海に近いムルジャ地方。アンドリアのコムーネ。周囲の田園を支配する岩の丘に立ち上がります。

本体 3.1 ha
緩衝地帯 10,847.3 ha(本体の約3,499倍)
登録 1996年、基準 (i)(ii)(iii)=3つ
dossier 398rev
行政区 アンドリアとコラートのコムーネ、バーリ県、プッリャ州
保存状況報告 一覧に記載なし
GIS データ 未受領
ほかの保全の仕組み 2制度・2要素(ジオパーク:ムルジェオパーク UNESCO 世界ジオパーク/1954年ハーグ条約第二議定書:カステル・デル・モンテ)

緩衝地帯と本体の比が最大

遺産 本体 緩衝地帯 比
カステル・デル・モンテ398 3.1 ha 10,847.3 ha 約3,499倍
ポン・デュ・ガール344(20章) 0.3257 ha 691 ha 約2,121倍
マサダ1040 — — 約105倍
聖山スレイマン・トー1230 — — 約42.75倍

これまで読んだ161件で比が最大です。緩衝地帯は「城の周りの広い区域の景観」と一致し、法律1497/1939 のもとの省令で保護されています。

ジオパークが初めて出てきた

制度 要素 出てきた資産
ジオパーク ムルジェオパーク UNESCO 世界ジオパーク カステル・デル・モンテ398
1954年ハーグ条約第二議定書 カステル・デル・モンテ オルタ1005(21章)に続いて二つ目
ラムサール — ライト1496(21章)
無形文化遺産条約 — ケルン292(20章)/バレッタ131
生物圏保存地域 — 多数

ジオパークが挙がる資産は、これまで読んだ161件でここだけです。お知らせに「キプロスとイタリアの4つの世界遺産が武力紛争の際の『強化された保護』を付与された」(2010年11月29日)があり、第二議定書の制度に当たりますが、顕著な普遍的価値の節には書かれていないので分けて記録します。

いつ、誰が建てたか — 八角形と数学の精確さ

完成 1240年
建てた人 皇帝フリードリヒ2世(ホーエンシュタウフェン)
形 完全な八角形。各角に八角形の塔
精確さ 配置の数学と天文の精確さ

「城の立地、その完全な八角形の形、および配置の数学と天文の精確さのすべてが、創建者である皇帝フリードリヒ2世の広い教育と文化の視野を映している」とされます。

東と西を結び合わせた宮廷

近代の人文主義の指導者として、ゲルマンの皇帝は地中海全域から学者を宮廷に集め、東と西の伝統を結び合わせた。城の唯一無二の設計——各角に八角形の塔を伴う八角形の平面——は、完全性の探求を代表する。

内部に東の影響がある

「内部の特徴は東の影響を映す。たとえば、典型的なアラブの慣習に従った入浴のためにフリードリヒ2世が用いた革新的な水力の設備である」とされます。

設備の具体名が価値の説明に入る例です。「東の影響」で止めず、何が東の影響かを読みます。

三つの基準 — どれもフリードリヒ2世の人物に結びつく

基準 中身
(i) 「その形の完全性と、北ヨーロッパ、イスラム世界、古典古代からの文化の要素の調和した混合を考えれば、カステル・デル・モンテは、創建者ホーエンシュタウフェンのフリードリヒ2世の人文主義の思想を映す中世の軍事建築の唯一無二の傑作である」
(ii) 「ホーエンシュタウフェンのフリードリヒ2世と分離できないほど結びついており、カステル・デル・モンテの建設は、ギリシア人、アラブ人、イタリア人、ユダヤ人の学者をパレルモの宮廷に集めた皇帝の国際的な精神を例示する。これが彼を近代の人文主義者の先駆者の一人として指し示す」
(iii) 「イエージに生まれ、シチリアで育ち、きわめて早い年齢で東洋の世界に惹きつけられたゲルマンの皇帝の地中海政策の象徴として、カステル・デル・モンテは、大きな地中海の諸文明からの知性と道徳の要素を一つの創造のなかに組み合わせる」

三つの基準がすべてフリードリヒ2世という人物に結びついています。基準(ii)は宮廷の場所をパレルモと書き、城のあるアンドリアとは別の場所です。場所を混ぜません。

基準(iii)が生地(イエージ)と育った地(シチリア)まで書く点に注意します。基準の文に人物の経歴が入る例です。

完全性と真正性 — 外は無傷、内は失われた

完全性

守られた理由 「遺跡の完全性は、城が重要な構造の改変を受けていないという事実のために、部分的に守られてきた」
失われたもの 「しかし、大理石とモザイクの内部の装飾の要素は劣化し、多くの場合に除去されてきた」
周界 「資産の周界は、丘の上に孤立して立ち上がる城と、城の周りの巨大な保護区域——景観の保護に服し、実効的な緩衝地帯を与える——を含む」
二つの区域の関係 「合わせて見れば、二つの区域は遺跡の例外的な性質を完全に代表する。いくつかの特徴は類型において記念碑的で優れた保存状態にあり、一方ほかのものはより知覚しにくく、物理的な環境とあわせて考えれば全体の完全性を確かにする」

「部分的に守られてきた」という限定に注意します。外部と内部で評価が分かれています。

真正性

構造 「ほとんど構造の改変を受けておらず、それが多くの主要な領域で真正性を保たせてきた」
環境 「城の環境は変わっていない。いまも周囲の景観を支配する岩の頂に見出される」
形 「元の八角形の形と内部の設計は保たれてきた」
材料 「外部の石灰岩のブロックの建設は無傷である一方、内部は大理石とモザイクの装飾の除去または腐朽によって劣化した」
元の彫刻 「さらに、二つの元の彫刻がバーリ絵画館にある」
後の介入 「しかし、後の介入はほとんどない。1878年以来の保全工事は良質で、イタリアの基準に整合している。したがって記念物の真正性は高い」

元の物が博物館にあると書かれる資産を並べます。

遺産 元の物の扱い
カステル・デル・モンテ398 二つの元の彫刻がバーリ絵画館にある(複製は書かれていない)
コパン129(18章) 1997年以来、少数の元の記念物が彫刻博物館へ移され、現地では複製に置き換えられた
マルタの巨石神殿群132(16章) 装飾されたブロックを屋内へ移した(複製は書かれていない)

「移した」「複製を置いた」「博物館にある」を書き分けます。カステル・デル・モンテ398 は移した経緯も年も書かれていないので、「絵画館にある」までにとどめます。

保護管理 — 工事の規模が財源に依存すると書かれる

法令

年
1876年 記念物がイタリア国家によって取得された
1978年 法律第1089/39号(イタリア国家の芸術・考古・文化遺産に関する)の条項のもと、文化遺産活動省の令により大きな芸術的・歴史的重要性を持つと宣言された
— 城の周りの広い区域の景観——緩衝地帯(10,847.3 ha)と一致する——が、法律1497/1939 のもとの別の省令により保護され、文化遺産の保護に関する国の法「文化遺産と景観の法典」に統合されている

緩衝地帯の面積と、国内法の保護区域の面積が一致すると明記される資産です。20章のポン・デュ・ガール344 では緩衝地帯691 ha と環境法典の7,760 ha が別でした。一致する資産と別の資産があるので、どちらかに決めつけません。

管理

管理はバーリ、バルレッタ=アンドリア=トラーニ、フォッジャ県の建築・景観遺産監督局の手にあります。文化遺産活動観光省のこの周辺の事務所が、訪問者に公開されている記念物の維持と後見に責任を持ちます。

工事の規模が財源で決まる

それはまた適切な保全工事を行うが、その規模と性質は利用可能な財政資源に依存する。

保全工事の規模と性質が財源に依存すると明記される資産は、これまで読んだ161件でここだけです。

遺産 資金について書かれていること
カステル・デル・モンテ398 「工事の規模と性質は利用可能な財政資源に依存する」
ロドス493 欧州連合、国、民間の資源
クラック・デ・シュヴァリエ1229 DGAM の年次予算から保証される
マルボルク847 博物館が適切な資金を自由に使える
ビニャーレス渓谷840(4章) 承認済みの管理計画に対して実施の資源が乏しい

「資金がある」「足りない」「規模が資金で決まる」は別のことです。語をそのまま写します。

綴りの誤りが一つある

保護管理の節に`This peripheral office of the Ministry of Cultural Heritage and Activities and Tourism. is responsible`と、文の途中にピリオドが入る誤りがあります。引き写さず、意味を取って訳します。

2級で押さえること

基準(i)(ii)(iii)=3つ、本体3.1 ha / 緩衝地帯10,847.3 ha(本体の約3,499倍で、これまで読んだ161件で比が最大)、1996年登録、dossier 398rev、アンドリアとコラートのコムーネ、バーリ県、プッリャ州、一覧に保存状況報告の記載は無い、GIS データ未受領、2制度2要素(ジオパーク:ムルジェオパーク UNESCO 世界ジオパーク/1954年ハーグ条約第二議定書:カステル・デル・モンテ)——ジオパークが挙がる資産は石窟庵736(61位目)・黄山547・アルマデン1313・ブナ原生林1133・ローマ帝国の境界線430 に続いて六つ目、第二議定書はロロペニ1225(24章)・オルタ1005(21章)に続いて三つ目(2026-10-29 訂正。ここに「ジオパークはここだけ」「第二議定書は二つ目」と書いたのは誤りで、どちらも章をまたいで数え直していなかった)。お知らせに「キプロスとイタリアの4つの世界遺産が武力紛争の際の『強化された保護』を付与された」(2010年11月29日)があるが、顕著な普遍的価値の節には書かれていないので分けて記録する。1240年完成。皇帝フリードリヒ2世(ホーエンシュタウフェン)。完全な八角形で各角に八角形の塔。「城の立地、その完全な八角形の形、および配置の数学と天文の精確さのすべてが、創建者である皇帝フリードリヒ2世の広い教育と文化の視野を映している」。「近代の人文主義の指導者として、ゲルマンの皇帝は地中海全域から学者を宮廷に集め、東と西の伝統を結び合わせた」。唯一無二の設計は「完全性の探求」を代表する。内部の特徴が東の影響を映す——「典型的なアラブの慣習に従った入浴のためにフリードリヒ2世が用いた革新的な水力の設備」。設備の具体名が価値の説明に入るので、「東の影響」で止めず何が東の影響かを読む。三つの基準すべてがフリードリヒ2世という人物に結びつく——(i)は「北ヨーロッパ、イスラム世界、古典古代」からの要素の調和した混合と「人文主義の思想」、(ii)は「ギリシア人、アラブ人、イタリア人、ユダヤ人の学者をパレルモの宮廷に集めた皇帝の国際的な精神」と「近代の人文主義者の先駆者の一人」、(iii)は「イエージに生まれ、シチリアで育ち、きわめて早い年齢で東洋の世界に惹きつけられたゲルマンの皇帝の地中海政策の象徴」。基準(ii)の宮廷の場所はパレルモで城のあるアンドリアとは別なので場所を混ぜない。基準の文に人物の経歴(生地・育った地)が入る。完全性が「部分的に」守られてきたと限定する——「城が重要な構造の改変を受けていないという事実のために、部分的に守られてきた」「しかし、大理石とモザイクの内部の装飾の要素は劣化し、多くの場合に除去されてきた」。周界は「丘の上に孤立して立ち上がる城と、城の周りの巨大な保護区域——景観の保護に服し、実効的な緩衝地帯を与える——」を含み、「合わせて見れば、二つの区域は遺跡の例外的な性質を完全に代表する」。真正性で外部と内部の評価が分かれる——「外部の石灰岩のブロックの建設は無傷である一方、内部は大理石とモザイクの装飾の除去または腐朽によって劣化した」。「さらに、二つの元の彫刻がバーリ絵画館にある」(複製は書かれていない。移した経緯も年も書かれていないので「絵画館にある」までにとどめる。)。「しかし、後の介入はほとんどない。1878年以来の保全工事は良質で、イタリアの基準に整合している。したがって記念物の真正性は高い」。1876年にイタリア国家が取得。1978年に法律第1089/39号の条項のもと文化遺産活動省の令により「大きな芸術的・歴史的重要性を持つ」と宣言。城の周りの広い区域の景観が緩衝地帯(10,847.3 ha)と一致し、法律1497/1939 のもとの別の省令で保護され「文化遺産と景観の法典」に統合されている——20章のポン・デュ・ガール344 では緩衝地帯691 ha と環境法典の7,760 ha が別だったので、一致する資産と別の資産があることを書き分ける。管理はバーリ、バルレッタ=アンドリア=トラーニ、フォッジャ県の建築・景観遺産監督局(文化遺産活動観光省の周辺の事務所)で、訪問者に公開されている記念物の維持と後見に責任を持つ。保全工事の規模と性質が財源に依存すると明記される資産は161件でここだけ——「それはまた適切な保全工事を行うが、その規模と性質は利用可能な財政資源に依存する」。「資金がある」「足りない」「規模が資金で決まる」は別のことなので語をそのまま写す。保護管理の節に `and Tourism. is responsible` と文の途中にピリオドが入る誤りがある。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで2通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
芸術(音楽・絵画)作品が登録の理由なのか、資産の中身なのか「二つの元の彫刻がバーリ絵画館にある」
天文学関連天体に合わせた造りか、暦という語の別の意味か「配置の数学と天文の精確さ」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:カステル・デル・モンテの「ほかの保全の仕組み」として一覧に挙がっているのは?

  1. ほかの保全の仕組みの記載は無い
  2. 生物圏保存地域の1要素と、ラムサールの1要素
  3. ジオパークの1要素と、1954年ハーグ条約(本体)の1要素で、第二議定書の要素は挙がっていない
  4. ジオパークの1要素と、1954年ハーグ条約第二議定書の1要素
正解と解説を開く

正解:4.ジオパークの1要素と、1954年ハーグ条約第二議定書の1要素

ジオパークが挙がる資産は、これまで読んだ161件でここだけです。第二議定書は21章のオルタ1005 に続いて二つ目です。18章のテオティワカン414 とパレンケ411 は条約本体でした。

確認2:カステル・デル・モンテの真正性について、UNESCO のページに書かれているのは?

  1. 外部の石灰岩のブロックの建設は無傷だが、内部は大理石とモザイクの装飾の除去または腐朽によって劣化した
  2. 外部も内部もともに無傷のまま保たれている
  3. 外部の石灰岩のブロックの建設は劣化したが、内部の大理石とモザイクの装飾は無傷のまま保たれている
  4. 外部の石灰岩のブロックの建設は無傷だが、内部は大理石とモザイクの装飾の除去または腐朽によって劣化したので、記念物の真正性は低いとされている
正解と解説を開く

正解:1.外部の石灰岩のブロックの建設は無傷だが、内部は大理石とモザイクの装飾の除去または腐朽によって劣化した

一次資料は「後の介入はほとんどない。1878年以来の保全工事は良質で、イタリアの基準に整合している。したがって記念物の真正性は高い」と結んでいます。外部と内部で評価が分かれていることを、そのまま記録します。

確認3:保全工事について、カステル・デル・モンテの保護管理の節に書かれているのは?

  1. 保全工事については書かれていない
  2. 利用可能な財政資源にかかわらず、必要な規模の保全工事が毎年行われている
  3. その規模と性質は、利用可能な財政資源に依存する
  4. その規模と性質は利用可能な財政資源に依存するので、現在は保全工事が行われていないと書かれている
正解と解説を開く

正解:3.その規模と性質は、利用可能な財政資源に依存する

保全工事の規模と性質が財源に依存すると明記される資産は、これまで読んだ161件でここだけです。「資金がある」「足りない」「規模が資金で決まる」は別のことです。語をそのまま写します。

確認4:カステル・デル・モンテの元の彫刻について、真正性の節に書かれているのは?

  1. 元の彫刻はすべて現地に残っている
  2. 二つの元の彫刻がバーリ絵画館にある
  3. 二つの元の彫刻がバーリ絵画館へ移され、現地には複製が置かれた
  4. 二つの元の彫刻がバーリ絵画館にあるが、移された年と経緯も一次資料に書かれている
正解と解説を開く

正解:2.二つの元の彫刻がバーリ絵画館にある

複製については書かれていません。移した経緯も年も書かれていないので、「絵画館にある」までにとどめます。18章のコパン129 は「元を移して現地に複製を置いた」で、向きが違います。

参考資料

確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。