基本を学ぶ
どこにあり、何が登録されたのか — 面積が三通り
ホンジュラス、コパン。国の最西部。
| 本体 | 15.095 ha |
|---|---|
| 緩衝地帯 | 258.365 ha(本体の約17.1倍) |
| 登録 | 1980年 |
| 軽微な範囲変更 | 2021年 |
| 基準 | (iv)(vi) |
| dossier | 129bis |
| 概要の見出し | `Brief Synthesis`(S が大文字) |
| 保存状況報告 | 17年分(1993〜2019年) |
| ほかの保全の仕組み | 生物圏保存地域1要素——トリフィニオ・フラテルニダー |
保存状況報告17年分は、この章でいちばん多いです。
面積が三通りに書かれる
| 書かれている場所 | 面積 | 何の面積か |
|---|---|---|
| 一覧 | 15.095 ha | 資産の本体 |
| 完全性の節 | 約84.7 ha | コパン考古公園 |
| 保護管理の節 | 約250 ha | 「世界遺産資産の現在の限界」 |
三つの数値が、三つの節に分かれて書かれています。
完全性の節は「意義を伝えるすべての属性は、コパン考古公園(約84.7 ha)の中に含まれている」と書き、保護管理の節は「国家が所有する区域を世界遺産資産の現在の限界(約250 ha)を超えて拡げるだろう」と書きます。
「資産の本体」「考古公園」「世界遺産資産の現在の限界」が同じものを指しているのかどうかは、一次資料からは分かりません。
ゼミは一覧を正とし、三つすべてを、書かれている場所と「何の面積と書かれているか」とともに記録します。
15章では、本文と一覧の数値の違いを記録しました(レプティス・マグナ183 の「約400 ha」と「387.485 ha」など)。コパン129 は三通りで、しかも「何の面積か」の呼び名も違います。
いつ、誰が
| 時期 | 中身 |
|---|---|
| 紀元前1500年 | コパン谷の人口の最初の証拠 |
| 100年ごろ | グアテマラ高地からの最初のマヤ=チョランの移住 |
| 427年 | マヤの指導者ヤシュ・クック・モが、ティカル(ペテン)の区域から来てコパン谷に到着し、16人の支配者の王朝を始めた。それがコパンを古典マヤ期のもっとも偉大なマヤの都市の一つに変えた |
| 300-900年 | 古典期。コパンの大いなる時代 |
| 10世紀初め | 市が放棄された |
| 1570年 | ディエゴ・ガルシア・デ・パラシオによって発見された |
| 19世紀 | 発掘された |
「ティカルの区域から来た」と書かれています。同じ章のティカル64 とつながります。
ティカル64 の概要も、コパンとの関係を挙げていました。
二つの基準 — 1,800を超えるグリフ
構成
今日存在するマヤの市コパンは、それを取り囲むいくつかの二次的な複合体を伴う遺構の主要な複合体からなる。 主要な複合体はアクロポリスと重要な広場からなる。
| 五つの広場のうち | 中身 |
|---|---|
| 儀礼の広場 | 印象深い競技場が、多数の豊かに彫刻された一枚石と祭壇を伴うマウンドへ開いている |
| 聖刻文字の階段の広場 | 東の端の記念碑的な階段が、マヤ文化の際立った構造物の一つである。この幅100 m の階段の蹴上げには1,800を超える個々のグリフがあり、それが知られているもっとも長いマヤの碑文をなしている |
| 東の広場 | 渓谷の床の上に相当な高さまで立ち上がる。西側に、元は黒い黒曜石で象嵌されたジャガーの姿で彫刻された階段がある |
「1,800を超える個々のグリフ」と「知られているもっとも長いマヤの碑文」が書かれています。
ティカル64 の基準(iii)は「1,161年」「33人の支配者」でした。コパン129 は「1,800を超えるグリフ」「16人の支配者」です。
アクロポリス
コパンの彫刻は、今日知られているところからは、高い程度の完成に達したように見える。
「ように見える(appears to have)」です。断定ではありません。
アクロポリス、壮麗な建築の複合体は、今日ピラミッド、段、神殿の次々の追加を通じて生じた大きな瓦礫の塊として現れる。
世界最大の考古の切り割りが、アクロポリスを貫いている。 切り割りの壁では、以前の広場の床の水準と、覆われた水の出口を見分けることが可能である。
「世界最大の考古の切り割り(The world’s largest archaeological cut)」と書かれる資産は、これまで読んだ140件でここだけです。
規模
| 大広場 | 平らにされ元は舗装されていた広がりが三ヘクタール |
|---|---|
| アクロポリス | その高まった塊の巨大な体積。地面から約30メートル立ち上がる |
大広場とアクロポリスの建設は、驚異的な量の労力を映している。
二つの基準
| 基準 | 中身 |
|---|---|
| (iv) | 神殿、広場、段、ほかの特徴を伴う設計が、古典マヤ文明のもっとも特徴的な建築と彫刻の複合体の一つの型を表す。その建築と彫刻の記念物の数、精緻さ、大きさのゆえに、古典マヤ期のもっとも壮観な達成の一つを表す。広場の一枚石と祭壇は、地域のもっとも美しい彫刻の総体の一つをなす |
| (vi) | 聖刻文字の階段の長い碑文は、マヤ地域でもっとも長く刻まれた本文であり、遺跡にとって、またより広い文化の区域にとって相当な歴史の意義がある |
基準(vi)が、碑文の長さだけで書かれています。
ゼミは、基準の文がどれだけ短いかも記録します。
完全性と真正性 — 元の記念物を移して複製を置いた
完全性
世界遺産資産の境界は、鍵となる記念物——具体的には主要群とその周りの住宅の近隣——を囲んでおり、それがコパンのマヤ遺跡にその顕著な普遍的価値を与えている。 その意義を伝えるすべての属性は、コパン考古公園(約84.7 ha)の中に含まれている。
四つの脅威
コパンは、川の続く侵食、微小植物相によって危険にさらされ続けており、外側の複合体は、続く農業の慣行によって。 遺跡は地震帯にあり、少なくとも二つの地震から損傷を受けた。
| 脅威 |
|---|
| 川の続く侵食 |
| 微小植物相 |
| 外側の複合体への、続く農業の慣行 |
| 地震(少なくとも二つから損傷) |
「微小植物相(microflora)」が脅威として書かれる資産は、これまで読んだ140件でここだけです。
「地震帯にあり、少なくとも二つの地震から損傷を受けた」と書かれる資産も、140件でここだけです。
緩和されているが、境界の拡張が必要
自然と人間の起源の影響はどちらも存在し続けており、環境と自然の周囲は隣の町のスプロールによって脅かされているが、これらの条件は大きく緩和され、完全性の条件の侵食を防ぐために監視され続けている。 しかしながら、資産の完全性は、コパン考古公園の境界を拡げることによって強められる必要がある。
「緩和されている」と「拡張が必要」が両方書かれています。
真正性 — 1980年以来と1997年以来
コパンのマヤ遺跡はその形と設計を維持しており、その環境も大きく保全してきた。
1980年以来、修復の事業は、遺跡の真正性を維持するために国際の水準で定められた勧告と標準に従ってきた。
しかしながら、1997年以来、少数の元の記念物が、その保存のため、厳格に保全に向けた基準を考慮して、彫刻博物館へ移され、現地では複製に置き換えられた。
「元の記念物を移して、現地に複製を置いた」と書かれる資産は、これまで読んだ140件でここだけです。
16章のヴェゼール渓谷85 では、モンティニャックの洞窟芸術国際センターが「ラスコー洞窟の新しい複製」を含むと書かれていました。
| 遺産 | 複製の向き |
|---|---|
| コパン129 | 元の記念物を博物館へ移し、現地に複製を置いた |
| ヴェゼール渓谷85(16章) | 洞窟は閉じたまま、別の場所に複製を作った |
| マラケシュ331(11章) | 装飾されたブロックを風化から守るために屋内へ移した(マルタ132。複製は書かれていない) |
ゼミは、「移した」「複製を置いた」「閉じた」を書き分けます。
誰が守っているか — 管理計画の欠陥が四つ書かれる
法の施行が満足できない
国と地域の両方の水準の既存の法令は、遺跡の保護のためのふさわしい枠組みを与えている。 しかしながら、重なる法令は考古の景観と自然保全の国の重要性を映しており十分と考えられるが、その施行はつねに満足できるわけではない。 すべての既存の法令と規制の措置の施行を調整するための固有の規制の必要がある。
「法令は十分だが、施行が満足できない」という書き方です。
11章のゴア234 は「人手も資金も十分」と書きながら同じ節に「特別な規定も管理計画も無い」と書きました。コパン129 は「法令は十分、施行は不十分」です。一方だけを読んで全体を判断しません。
誰が管理するか
| 水準 | 仕組み |
|---|---|
| 管理 | ホンジュラス人類学歴史研究所(IHAH) |
| 国 | 1982年ホンジュラス共和国憲法/1997年国の文化遺産保護法(文化の資源の保護の全般の枠組みを与える)/1993年一般環境法(文化の資源を環境の保護の一部として含む) |
| 地域 | 1982年大統領令がコパン国定記念物を創設し、世界遺産資産が位置するコパン谷を含む30 km の土地の広がりを覆い、国定記念物内のすべての考古の遺構に特別な保護を定めている |
| 1990年自治体法も文化の資源の保護を考慮する |
「1993年一般環境法が文化の資源を環境の保護の一部として含む」という書き方です。
管理計画の欠陥が四つ書かれる
最初の管理計画は1984年に作られ、2001年に更新された。 しかしながらその計画は——
| 欠陥 |
|---|
| 保全の論点で欠陥がある |
| 精確な保全の方針を提案していない |
| 災害への備えを含まない |
| 在地の共同体を無視している |
管理計画の欠陥が四つ具体的に書かれる資産は、これまで読んだ140件でここだけです。
ゼミは、「管理計画がある」ことと「管理計画が十分である」ことを別に記録します。
| 遺産 | 管理計画 |
|---|---|
| コパン129 | 1984年に作られ2001年に更新されたが、四つの欠陥が書かれている |
| カラル1269 | 2008年末時点で修正され、「整っている管理体系は十分である」 |
| イマーム広場115(11章) | 「包括的な市の計画はあるが、資産のための管理計画は無い」 |
| ポンペイ829(15章) | 2014年に世界遺産センターへ検討のため提出され、「重要な道具であることをすでに証明してきた」 |
これから必要なこと
公共利用計画が、ホンジュラス人類学歴史研究所の同意のもとで観光研究所によって委託されてきた。
今後数年で、1982年に創設されたコパン国定記念物の全体のための参加型の管理計画を練り上げる必要があるだろう——世界遺産資産に特別の重点を置いて。
「参加型の(participatory)」という語が使われています。現在の計画が「在地の共同体を無視している」ことへの応答と読めますが、一次資料はそう書いていないので断定しません。
交渉中の拡張
締約国は、国立公園の拡張を土地所有者と交渉している——それは国家が所有する区域を世界遺産資産の現在の限界(約250 ha)を超えて拡げるだろう。 そのような公園の拡張と新しい緩衝地帯の画定が、コパンのマヤ遺跡の顕著な普遍的価値の保全を確かにするだろう。
一覧には緩衝地帯258.365 ha があります。本文は「新しい緩衝地帯の画定」と書くので、いまの緩衝地帯とは別のものを指していると読めます。ただし一次資料はそう明記していないので、ゼミは両方を記録します。
一覧には「2021年に軽微な範囲変更」もあります。本文が将来形のまま残っているとも読めますが、節に年が付いていないので、どの時点の記述かは分かりません。
2級で押さえること
基準(iv)(vi)、本体15.095 ha・緩衝258.365 ha(約17.1倍)、1980年登録・2021年に軽微な範囲変更(dossier は 129bis)、概要の見出しが `Brief Synthesis`(S が大文字)、保存状況報告17年分(1993〜2019年。この章でいちばん多い)、生物圏保存地域1要素(トリフィニオ・フラテルニダー)。面積が三通りに書かれる——一覧「15.095 ha(資産の本体)」/完全性の節「約84.7 ha(コパン考古公園)」/保護管理の節「約250 ha(世界遺産資産の現在の限界)」。三つが同じものを指しているかは一次資料から分からないので、一覧を正とし、三つすべてを「何の面積と書かれているか」とともに記録する。紀元前1500年にコパン谷の人口の最初の証拠、100年ごろにグアテマラ高地からの最初のマヤ=チョランの移住、427年にマヤの指導者ヤシュ・クック・モが「ティカル(ペテン)の区域から」到着して16人の支配者の王朝を始め、古典期(300-900年)が大いなる時代、10世紀初めに放棄、1570年にディエゴ・ガルシア・デ・パラシオが発見、19世紀に発掘。五つの広場のうち、儀礼の広場は多数の豊かに彫刻された一枚石と祭壇を伴い、聖刻文字の階段の広場の記念碑的な階段は「マヤ文化の際立った構造物の一つ」で、幅100 m の階段の蹴上げには1,800を超える個々のグリフがあり「知られているもっとも長いマヤの碑文」をなす。東の広場の西側には、元は黒い黒曜石で象嵌されたジャガーの姿で彫刻された階段がある。アクロポリスは「ピラミッド、段、神殿の次々の追加を通じて生じた大きな瓦礫の塊」として現れ、「世界最大の考古の切り割り」がそれを貫いており、切り割りの壁で以前の広場の床の水準と覆われた水の出口を見分けられる——「世界最大の考古の切り割り」はこれまで読んだ140件でここだけ。大広場は平らにされ元は舗装されていた広がりが三ヘクタール、アクロポリスは地面から約30メートル立ち上がる。完全性は「その意義を伝えるすべての属性は、コパン考古公園(約84.7 ha)の中に含まれている」とし、脅威を四つ挙げる——川の続く侵食/微小植物相/外側の複合体への続く農業の慣行/地震(「少なくとも二つの地震から損傷を受けた」)。「微小植物相」と「地震帯にあり少なくとも二つの地震から損傷を受けた」は、どちらも140件でここだけ。条件は「大きく緩和され……監視され続けている」が、「しかしながら、資産の完全性は、コパン考古公園の境界を拡げることによって強められる必要がある」。真正性で「1980年以来、修復の事業は国際の水準で定められた勧告と標準に従ってきた」としながら、「しかしながら、1997年以来、少数の元の記念物が、その保存のため……彫刻博物館へ移され、現地では複製に置き換えられた」——元の記念物を移して現地に複製を置いたと書かれるのは140件でここだけ(16章のヴェゼール渓谷85 は洞窟を閉じたまま別の場所に複製を作った)。「重なる法令は……十分と考えられるが、その施行はつねに満足できるわけではない」——法令と施行を書き分ける。ホンジュラス人類学歴史研究所(IHAH)が管理し、1982年憲法・1997年国の文化遺産保護法・1993年一般環境法(文化の資源を環境の保護の一部として含む)・1982年大統領令(コパン国定記念物を創設し、30 km の土地の広がりを覆う)・1990年自治体法。管理計画の欠陥が四つ具体的に書かれる——1984年に作られ2001年に更新された計画は「保全の論点で欠陥があり、精確な保全の方針を提案しておらず、災害への備えを含まず、在地の共同体を無視している」——これまで読んだ140件でここだけ。「管理計画がある」ことと「管理計画が十分である」ことを別に記録する。公共利用計画が観光研究所によって委託され、今後数年でコパン国定記念物の全体のための「参加型の」管理計画を練り上げる必要があるとされる。締約国が国立公園の拡張を土地所有者と交渉しており、「新しい緩衝地帯の画定」も書かれる(一覧には緩衝地帯258.365 ha と2021年の軽微な範囲変更があるので、節に年が無いことと合わせて両方を記録する)。
準1級
準1級向けに理解を深める
準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。
この遺産は、準1級のキーワードで2通りに出てきます
| キーワード | このキーワードで見るもの | 本文の手がかり |
|---|---|---|
| 古代文明 | 何を「古さ」と「位置づけ」の根拠にしているか | 「16人の支配者の王朝」 |
| 地震の被害 | 同じ地震でも、書かれる資産と書かれない資産がある | 「少なくとも二つの地震」 |
準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。
キーワードで練習する
級別の確認問題
2級 確認問題
答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。
確認1:コパンの面積について、UNESCO のページに合うものは?
- 一覧も本文も15.095 ha である
- 一覧に面積の行が無い
- 一覧「15.095 ha(資産の本体)」/完全性「約84.7 ha(コパン考古公園)」/保護管理「約250 ha(世界遺産資産の現在の限界)」の三通り
- 一覧「15.095 ha」/完全性「約84.7 ha(コパン考古公園)」/保護管理「約250 ha」の三通りに書かれており、一次資料はその三つが同じものを指すと明記している
正解と解説を開く
正解:3.一覧「15.095 ha(資産の本体)」/完全性「約84.7 ha(コパン考古公園)」/保護管理「約250 ha(世界遺産資産の現在の限界)」の三通り
三つの数値が、三つの節に分かれて書かれています。一次資料はその関係を明記していません。ゼミは一覧を正とし、三つすべてを、書かれている場所と「何の面積と書かれているか」とともに記録します。15章では本文と一覧の二通りの違いを記録しましたが、コパン129 は三通りで、しかも呼び名も違います。
確認2:コパンの聖刻文字の階段について、UNESCO の記述に合うものは?
- 1,161のグリフがあり、33人の支配者を記録している
- 聖刻文字の階段についての記述は無い
- 幅100 m の階段の蹴上げに1,800を超える個々のグリフがあるが、それは知られているマヤ地域で二番目に長い碑文である
- 幅100 m の階段の蹴上げに1,800を超える個々のグリフがあり、知られているもっとも長いマヤの碑文をなしている
正解と解説を開く
正解:4.幅100 m の階段の蹴上げに1,800を超える個々のグリフがあり、知られているもっとも長いマヤの碑文をなしている
> この幅100 m の階段の蹴上げには1,800を超える個々のグリフがあり、それが知られているもっとも長いマヤの碑文をなしている。「1,161年」「33人の支配者」は同じ章のティカル64 の基準(iii)です。基準(vi)も「マヤ地域でもっとも長く刻まれた本文」と書きます。
確認3:コパンの真正性で、1997年以来行われたことは?
- 少数の元の記念物が、その保存のため彫刻博物館へ移され、現地では複製に置き換えられた
- 複製がすべて取り除かれ、元の記念物が現地に戻された
- 1997年以来行われたことは書かれていない
- 少数の元の記念物が、その保存のため彫刻博物館へ移されたが、現地には何も置かれていない
正解と解説を開く
正解:1.少数の元の記念物が、その保存のため彫刻博物館へ移され、現地では複製に置き換えられた
> しかしながら、1997年以来、少数の元の記念物が、その保存のため、厳格に保全に向けた基準を考慮して、彫刻博物館へ移され、現地では複製に置き換えられた。元の記念物を移して現地に複製を置いたと書かれる資産は、これまで読んだ140件でここだけです。16章のヴェゼール渓谷85 は、洞窟を閉じたまま別の場所に複製を作りました。向きが違います。
確認4:コパンの管理計画について、UNESCO の記述に合うものは?
- 1984年に作られ2001年に更新され、十分であるとされている
- 1984年に作られ2001年に更新されたが、保全の論点で欠陥があり、精確な保全の方針を提案せず、災害への備えを含まず、在地の共同体を無視している
- 管理計画についての記述は無い
- 1984年に作られ2001年に更新されたが、保全の論点で欠陥があり、災害への備えを含まず、在地の共同体を無視しているので、すでに新しい参加型の計画に置き換えられている
正解と解説を開く
正解:2.1984年に作られ2001年に更新されたが、保全の論点で欠陥があり、精確な保全の方針を提案せず、災害への備えを含まず、在地の共同体を無視している
置き換えられていません——「今後数年で、1982年に創設されたコパン国定記念物の全体のための参加型の管理計画を練り上げる必要があるだろう」と書かれます。管理計画の欠陥が四つ具体的に書かれる資産は、これまで読んだ140件でここだけです。「管理計画がある」ことと「管理計画が十分である」ことを別に記録します。
参考資料
確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。