基本を学ぶ
どこにあり、何が登録されたのか — 年代が二通り、面積も二通り
アルゼンチン、パタゴニア地方サンタクルス州。
| 本体 | 600 ha |
|---|---|
| 緩衝地帯 | 一覧2,331 ha/本文2,338 ha(食い違う) |
| 登録 | 1999年、基準 (iii) 単独 |
| dossier | 936 |
| 保存状況報告 | 一覧に記載が無い |
| 境界データ | GIS のデータ未受領の注記がある |
年代が、説明文と概要で食い違う
| 書かれている場所 | 年代 |
|---|---|
| 説明文 | 「13,000年前から9,500年前のあいだに描かれた」 |
| 顕著な普遍的価値の概要 | 「9,300年前から1,300年前のあいだに描かれた」 |
始まりも終わりも違います。
概要のほうは「10千年紀 BP に始まった」「最後に住まれたのは紀元700年ごろ」とも書くので、内部では整合しています。
ゼミは、どちらかに決めず両方を記録します。
緩衝地帯の数値も食い違う
| 書かれている場所 | 緩衝地帯 |
|---|---|
| 一覧 | 2,331 ha |
| 完全性の節 | 2,338 ha |
7 ha の差です。
ゼミは一覧を正とし、両方を記録します。
何があるか
ピントゥラス川のクエバ・デ・ラス・マノスは、多くの彩色された岩陰を含む洞窟芸術の例外的な集成を含み、深い峡谷を流れる川を伴う際立った景観に囲まれた壮麗な絵画を持っている。
その名(手の洞窟)は、洞窟の中の人間の手の型取りされた輪郭から取られているが、グアナコ(Lama guanicoe、いまも地域に普通に見られる)のような動物の描写や、動物と人間の姿が動的で自然主義的な仕方で相互に働きかける狩猟の場面も多くある。
| 入口 | 多くの手の型で覆われた岩の壁で遮られている |
|---|---|
| 岩陰の中 | 五つの岩絵の集中。後の姿と主題が、しばしばより早い時期のものの上に重ねられている |
顔料
| 色 | 顔料 |
|---|---|
| 赤と紫 | 酸化鉄 |
| 白 | カオリン |
| 黄 | ナトロジャロサイト |
| 黒 | 酸化マンガン |
これらは挽かれ、何らかの形の結合剤と混ぜられた。
四色の顔料の名が書かれています。
基準(iii)だけ — 三つの様式群
(iii): クエバ・デ・ラス・マノスは、南アメリカにおける最古の人間社会の文化を証する先史の岩絵の際立った集成を含んでいる。
基準は(iii)一つだけです。
この章では、基準の数が1から5まで分かれました。
| 基準の数 | 遺産 |
|---|---|
| 1つ | ヒマー1619(iii)/クエバ・デ・ラス・マノス936(iii)/マルタの巨石神殿群132(iv) |
| 2つ | ヴェゼール渓谷85(i・iii)/ウィランドラ湖167(iii・viii)/サンギラン593(iii・vi) |
| 3つ | 南アフリカの更新世の居住地群1723(iii・iv・v)/ストーンヘンジ373(i・ii・iii) |
| 5つ | カカドゥ147(i・vi・vii・ix・x) |
9件のうち7件に基準(iii)が付いています。
(iii) は「現存するか消滅した文化の伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも例外的な証」で、先史時代の章がここに集まるのは筋が通ります。ただし「先史だから(iii)」と決めつけず、ほかにどの基準が付いているかを見ます。
芸術の連続
三つの主要な様式群を含む芸術の連続は、早くも10千年紀 BP[Before Present]に始まった。 この連続は長いものである——考古の調査は、遺跡が紀元700年ごろに、パタゴニアの最初のテウェルチェ人のあり得る祖先によって最後に住まれたことを示してきた。
「あり得る(possible)祖先」です。断定ではありません。
クエバは、早期完新世における南アメリカの最古の狩猟採集集団のもっとも重要な遺跡の一つであると国際的な科学界によって考えられており、なおよい保存の状態を維持し、サンタクルス州で唯一の、独特な環境の形成を持っている。
なぜ研究の焦点になったのか
岩絵、その自然の環境、そしてこの地域の考古の遺跡は、この区域を25年を超えて考古の研究の焦点とさせた非常に重要な理由のいくつかである。
それらは、恵まれた景観に囲まれた深い峡谷の壁だけでなく、芸術の構成、主題の多様さ、その多彩さによっても、観察者に印象を与えた。
これらの場面は、最初のパタゴニアの狩人の行動と彼らの狩猟の技術を知るための唯一無二の証拠を表している。
完全性と真正性 — 緩衝地帯にも属性がある
完全性
登録された資産は600 ha を包含し、2,338 ha の緩衝地帯を伴う。
考古の遺跡、周囲の環境、その芸術の描写によって表される資産の属性——顕著な普遍的価値を伝えるもの——は、核心と緩衝の地帯の両方に完全に存在しており、変えられておらず、開発または怠慢によるいかなる差し迫った脅威にも直面していない。
「緩衝地帯にも属性が完全に存在する」と書かれる資産は、これまで読んだ120件でここだけです。
ふつうは「属性のすべてが資産の境界の中にある」と書かれます。
動植物がいまも同じ
考古の遺跡を囲む生息地は無傷のままで、約10,000年前に洞窟芸術を通じて描かれたのと同じ動物種を持っている。これは植物種にも当てはまる。
「描かれた動物がいまもいる」ことが完全性の中身として書かれます。
5章のマロティ985 も「岩絵の自然の環境」を真正性の中で述べていました。
何が保存を助けたか
岩陰における好ましい条件(きわめて低い湿度、水の浸入が無いこと、安定した岩層)が、もっとも露出した絵を除くすべての絵の保全の状態が優れていることを確かにしてきた。
ただし観光の損傷
しかしながら、近年のパタゴニアへの観光の増加が、人間の破壊行為からの損傷をもたらしてきた。これには、落書き、彩色された岩の断片の除去、彩色面に触れること、塵と廃棄物の蓄積などが含まれてきた——取られた措置がこれらの要因からの影響を減らしてきたとはいえ。
四つの損傷が具体的に挙げられています。
真正性 — 修復が行われていない
クエバ・デ・ラス・マノスの岩絵の真正性は疑いの余地がない。それは数千年を手つかずで生き延びており、20世紀後半に科学界に広く知られるようになって以来、修復は行われていない。
「修復が行われていない」と明記される資産は、これまで読んだ120件でここだけです。
考古の発掘はきわめて限られてきた——最大の文化情報を、考古の層または岩陰の外観への最小の乱れをもって得るために。
「最大の情報を最小の乱れで」という書き方です。
何が真正性を支えるか
| 根拠 |
|---|
| 科学の発掘が、遺跡に位置する洞窟の描写を、10千年紀 BP 以来この地域に住んだ共同体に関係づけることを可能にした |
| 重なりの詳細な研究、色調の異なる使い方、さまざまな保全の状態、そして定められた区画に沿った描写の位置 |
| 炭素年代決定と、直接の関連を示す指標(鉱物の顔料や、壁からはがれ落ちて発掘で見つかった彩色された断片の残り) |
「壁からはがれ落ちて発掘で見つかった断片」が年代決定の指標になる、という書き方です。
誰が守っているか — 委員会の強化と常駐が課題
四つの水準の法
| 年 | 仕組み |
|---|---|
| 1975年 | サンタクルス州法1024(歴史・考古・古生物の遺産の保全) |
| 1981年5月13日 | 州政令133——クエバ・デ・ラス・マノスの考古遺跡の重要性のゆえに、ペリト・モレノ市をサンタクルスの考古学の首都と宣言した |
| 1993年7月20日 | 国法24.225——アルゼンチン共和国の国会が、クエバ・デ・ラス・マノスを歴史的国家記念物と宣言した |
| 1997年 | 州法2472(州の文化遺産の保護) |
| 2003年 | 国法25743(考古と古生物の遺産の保護) |
「市を考古学の首都と宣言した」という政令が出てくる資産は、これまで読んだ120件でここだけです。
管理計画と、この10年に行われたこと
1997年に、遺跡の全体の運営のための管理計画が提示された。それは、管理の最後の10年にわたって行われてきた多くの固有の行動を提案した——
| 行われたこと |
|---|
| 在地の常駐の保護 |
| 来訪者管理の戦略 |
| 受付区域における解説センター |
| 遺跡の保全の状態と自然の劣化の原因の評価 |
| 区域の地形学と地質工学の研究 |
| 岩絵の保全の調査 |
遺跡委員会の課題
クエバ・デ・ラス・マノス遺跡委員会は2006年3月に結成された。それは、その活動の実施のため、またその運営と継続を確かにするために強化を要する。
委員会がもっとも近い村ペリト・モレノに常駐することがきわめて重要だろう。これは、具体的な問題を解決する必要があるときに、決定を下すことを容易にするだろう。
「もっとも近い村に常駐することが重要だろう」と書かれる資産は、これまで読んだ120件でここだけです。
ゼミは、「委員会がある」ことと「委員会が機能している」ことを別に記録します。
| 遺産 | 委員会 |
|---|---|
| クエバ・デ・ラス・マノス936 | 2006年3月に結成されたが、強化を要する。常駐が重要だろう |
| アルマデンとイドリア1313(5章) | 国際委員会が機能していることを示してきた |
| カルパティアの木造教会群1424(5章) | 運営委員会が調整することになる(将来形) |
| 南アフリカの更新世の居住地群1723 | 共同管理委員会の設立を通じて、二つの当局が全体の管理当局を共同で務めることになる(将来形) |
2級で押さえること
基準(iii)単独、本体600 ha、緩衝地帯が一覧2,331 ha と本文2,338 ha で食い違う(7 ha の差。一覧を正とし両方を記録)、1999年登録、一覧に保存状況報告の記載が無い、GIS データ未受領の注記がある。年代も食い違う——説明文は「13,000年前から9,500年前のあいだに描かれた」、概要は「9,300年前から1,300年前のあいだに描かれた」。始まりも終わりも違う。概要は「10千年紀 BP に始まった」「最後に住まれたのは紀元700年ごろ」とも書くので内部では整合しているが、どちらかに決めず両方を記録する。名は洞窟の中の「人間の手の型取りされた輪郭」から取られ、グアナコ(いまも地域に普通に見られる)などの動物と、動物と人間の姿が動的で自然主義的に相互に働きかける狩猟の場面も多い。入口は多くの手の型で覆われた岩の壁で遮られ、岩陰の中に五つの岩絵の集中があり、後の姿がしばしばより早い時期のものの上に重ねられている。顔料は酸化鉄(赤と紫)・カオリン(白)・ナトロジャロサイト(黄)・酸化マンガン(黒)で、挽かれ、何らかの形の結合剤と混ぜられた。芸術の連続は三つの主要な様式群を含み、早くも10千年紀 BP に始まった。遺跡は紀元700年ごろ、パタゴニアの最初のテウェルチェ人の「あり得る祖先」によって最後に住まれた——断定ではない。「早期完新世における南アメリカの最古の狩猟採集集団のもっとも重要な遺跡の一つ」と国際的な科学界によって考えられている。完全性で「資産の属性は……核心と緩衝の地帯の両方に完全に存在しており」と書かれる——ふつうは「属性のすべてが資産の境界の中にある」と書くので、これはこれまで読んだ120件でここだけ。考古の遺跡を囲む生息地は無傷で、「約10,000年前に洞窟芸術を通じて描かれたのと同じ動物種を持っている」(植物種も)。岩陰の好ましい条件(きわめて低い湿度、水の浸入が無いこと、安定した岩層)が、もっとも露出した絵を除くすべての絵の優れた保全を確かにしてきた。ただし近年のパタゴニアへの観光の増加が人間の破壊行為からの損傷をもたらし、落書き・彩色された岩の断片の除去・彩色面に触れること・塵と廃棄物の蓄積が挙げられる(取られた措置が影響を減らしてきたとはいえ)。真正性は「疑いの余地がない」とされ、「20世紀後半に科学界に広く知られるようになって以来、修復は行われていない」——これも120件でここだけ。考古の発掘はきわめて限られてきた(「最大の文化情報を、考古の層または岩陰の外観への最小の乱れをもって得るために」)。真正性を支える根拠は、科学の発掘による共同体との関係づけ、重なりの詳細な研究・色調の異なる使い方・さまざまな保全の状態・描写の位置、炭素年代決定、そして鉱物の顔料や壁からはがれ落ちて発掘で見つかった彩色された断片。法は1975年州法1024・1981年州政令133(ペリト・モレノ市をサンタクルスの考古学の首都と宣言)・1993年国法24.225(歴史的国家記念物)・1997年州法2472・2003年国法25743。1997年に管理計画が提示され、在地の常駐の保護・来訪者管理の戦略・受付区域の解説センター・保全の状態と自然の劣化の原因の評価・地形学と地質工学の研究・岩絵の保全の調査が行われてきた。遺跡委員会は2006年3月に結成されたが「活動の実施のため、またその運営と継続を確かにするために強化を要する」とされ、「もっとも近い村ペリト・モレノに常駐することがきわめて重要だろう」と書かれる——「委員会がある」ことと「委員会が機能している」ことを別に記録する。
準1級
準1級向けに理解を深める
準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。
この遺産が出てくるキーワード
| キーワード | このキーワードで見るもの | 本文の手がかり |
|---|---|---|
| 芸術(音楽・絵画) | 作品が登録の理由なのか、資産の中身なのか | 「際立った景観に囲まれた壮麗な絵画」 |
いまのところ、この遺産が出てくるキーワードは1つです。ゼミの試作46本で数えた話で、公式テキストの分類ではありません。
準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。このキーワードの練習では、ほかの参加記事と並べて読みます——同じ論点が、別の資産でどう書かれているかを見るためです。
キーワードで練習する
級別の確認問題
2級 確認問題
答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。
確認1:クエバ・デ・ラス・マノスの岩絵の年代について、UNESCO のページに書かれているのは?
- 説明文も概要も「13,000年前から9,500年前のあいだ」
- 説明文は「13,000年前から9,500年前のあいだ」、概要は「9,300年前から1,300年前のあいだ」
- 年代についての記述は無い
- 説明文は「13,000年前から9,500年前」、概要は「9,300年前から1,300年前」で、一覧にはさらに別の年代がある
正解と解説を開く
正解:2.説明文は「13,000年前から9,500年前のあいだ」、概要は「9,300年前から1,300年前のあいだ」
始まりも終わりも違います。一覧に年代の記載はありません。概要のほうは「10千年紀 BP に始まった」「最後に住まれたのは紀元700年ごろ」とも書くので内部では整合していますが、どちらかに決めず両方を記録します。
確認2:クエバ・デ・ラス・マノスの完全性に書かれている、ほかの資産と違う点は?
- 属性のすべてが資産の境界の中にあると書かれている
- 完全性についての記述は無い
- 資産の属性が「核心と緩衝の地帯の両方に完全に存在している」と書かれている
- 属性が核心と緩衝の地帯の両方に存在すると書かれ、そのため緩衝地帯も資産の一部とされている
正解と解説を開く
正解:3.資産の属性が「核心と緩衝の地帯の両方に完全に存在している」と書かれている
> 資産の属性……は、核心と緩衝の地帯の両方に完全に存在しており、変えられておらず……緩衝地帯が資産の一部とされているのではありません。ふつうは「属性のすべてが資産の境界の中にある」と書かれるので、この形はこれまで読んだ120件でここだけです。
確認3:クエバ・デ・ラス・マノスの真正性について、UNESCO の記述に合うものは?
- 20世紀後半に科学界に広く知られるようになって以来、修復は行われていない
- 国際的な標準に従って修復が行われてきた
- 真正性についての記述は無い
- 20世紀後半以来修復は行われていないが、考古の発掘は大規模に行われてきた
正解と解説を開く
正解:1.20世紀後半に科学界に広く知られるようになって以来、修復は行われていない
> それは数千年を手つかずで生き延びており、20世紀後半に科学界に広く知られるようになって以来、修復は行われていない。発掘も大規模ではありません——「考古の発掘はきわめて限られてきた——最大の文化情報を、考古の層または岩陰の外観への最小の乱れをもって得るために」。「修復が行われていない」と明記される資産は、これまで読んだ120件でここだけです。
確認4:クエバ・デ・ラス・マノスの遺跡委員会について、UNESCO の記述に合うものは?
- 2006年3月に結成され、十分に機能している
- 遺跡委員会についての記述は無い
- 2006年3月に結成されたが強化を要し、もっとも近い村ペリト・モレノへの常駐が重要だろうとされ、その常駐はすでに実現している
- 2006年3月に結成されたが強化を要し、もっとも近い村ペリト・モレノに常駐することがきわめて重要だろうとされている
正解と解説を開く
正解:4.2006年3月に結成されたが強化を要し、もっとも近い村ペリト・モレノに常駐することがきわめて重要だろうとされている
> それは、その活動の実施のため、またその運営と継続を確かにするために強化を要する。> 委員会がもっとも近い村ペリト・モレノに常駐することがきわめて重要だろう。実現しているとは書かれていません。ゼミは、「委員会がある」ことと「委員会が機能している」ことを別に記録します。
参考資料
確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。