基本を学ぶ
もとからあった壁をつないで作られました。「いつ作られたか」を一つの年で答えにくい遺産です。
基本データ
中国の文化遺産。1987年に登録され、登録基準は(i)(ii)(iii)(iv)(vi)です。
紀元前220年ごろ
始皇帝のもとで、それまでにあった防壁のいくつかをつなぎ合わせ、北からの侵入に備える一つの守りの仕組みにしました。
明の時代まで
工事はその後も続き、明の時代(1368年〜1644年)まで行われました。このころ、長城は世界最大の軍事建造物となりました。
二つの意味で評価された
歴史の上での重みと、戦いの備えとしての重み。それに並ぶのが建築としての値打ちです。
一つの年では答えにくい
もとからあった壁をつないで始まり、その後も千数百年にわたって作り足されました。「何年に作られたか」を一つの年で言えないのは、そのためです。
覚えておきたいこと
- 1987年・中国・文化遺産
- 紀元前220年ごろ〜明の時代
- 登録基準は(i)(ii)(iii)(iv)(vi)
3級
3級向けに理解を深める
4級では「つなげて一つにした守り」として見ました。3級では、千数百年にわたって造り足された遺産を、時代の流れの中でどう捉えるかを見ます。
始まりと終わりが離れている
紀元前220年ごろ、始皇帝のもとで、それまでにあった防壁をつなぎ合わせました。工事はその後も続き、明の時代(1368年〜1644年)まで行われています。始まりから終わりまでおよそ1800年。「何年に作られたか」を一つの年で言えないのは、そのためです。
つなぐことが価値になった
もともとばらばらにあった壁をつないで一つの仕組みにしたことが、この遺産の出発点です。新しく作ったのではなく、あるものを結び合わせたという成り立ちが、ほかの建造物と違うところです。
軍事の遺産としての見方
明の時代には世界最大の軍事建造物となりました。3級のテキストの8章では戦争・紛争がテーマの一つとして扱われます。長城は、戦争の記憶を伝える遺産(原爆ドームやアウシュヴィッツ・ビルケナウ)とは違い、戦いに備えた仕組みそのものが残っている例です。同じ戦いに関わる遺産でも、残っているものが違います。
アクロポリスとくらべる
どちらも(i)(ii)(iii)(iv)(vi)の五つの基準をもちます。ただしアクロポリスは紀元前5世紀の数十年に集中して建てられ、長城は千数百年かけて延びました。同じ基準でも、時間のかかり方がまったく違います。
3級で押さえること
- 紀元前220年ごろ〜明の時代まで、およそ1800年
- あった壁をつないだことが出発点
- 明の時代には世界最大の軍事建造物
級別の確認問題
4級 確認問題
答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。
確認1:万里の長城が最初につなぎ合わされたのは、だれのもとか?
- 始皇帝
- 漢の武帝
- チンギス・ハン
- 乾隆帝
正解と解説を開く
正解:1.始皇帝
紀元前220年ごろ、始皇帝のもとで既存の防壁がつなぎ合わされました。
確認2:長城の工事が続いた最後の王朝は?
- 唐
- 宋
- 明
- 清
正解と解説を開く
正解:3.明
明の時代(1368年〜1644年)まで工事が続きました。
確認3:長城がつくられた目的は?
- 北からの侵入に備えるため
- 川の氾濫を防ぐため
- 都の境界を示すため
- 交易の関税を取るため
正解と解説を開く
正解:1.北からの侵入に備えるため
北からの侵入に備える一つの守りの仕組みとして、既存の壁がつながれました。
確認4:万里の長城の「作られた年」を一つに決めにくい理由は?
- 記録がすべて失われたから
- 複数の国が別々に作ったから
- もとからあった壁をつなぎ、その後も千数百年作り足されたから
- 近代に復元されたものだから
正解と解説を開く
正解:3.もとからあった壁をつなぎ、その後も千数百年作り足されたから
紀元前220年ごろに始まり、明の時代まで工事が続きました。
3級 確認問題
確認1:万里の長城と、原爆ドームやアウシュヴィッツ・ビルケナウとの違いは?
- 長城は戦いに備えた仕組みそのものが残り、ほかは戦争の記憶を伝える遺産である
- 長城は戦争の記憶を伝える遺産で、ほかは戦いに備えた仕組みが残る遺産である
- どれも戦争の記憶を伝える遺産として、同じ登録基準で認められている
- どれも登録基準(vi)のみで登録されていて、ほかの基準は付いていない
正解と解説を開く
正解:1.長城は戦いに備えた仕組みそのものが残り、ほかは戦争の記憶を伝える遺産である
同じ戦いに関わる遺産でも、残っているものが違います。長城は明の時代に世界最大の軍事建造物となりました。
確認2:万里の長城の成り立ちとしてほかの建造物と違う点は?
- 同じ設計図にもとづいて、全体を一度に建てた
- 新しく建てたのではなく、あった壁をつないで一つの仕組みにした
- 自然にできた崖や尾根をそのまま壁として使った
- 一人の設計者が全体を設計し、その図面どおりに最後まで造られた
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正解:2.新しく建てたのではなく、あった壁をつないで一つの仕組みにした
始皇帝のもとで、それまでにあった防壁のいくつかをつなぎ合わせ、北からの侵入に備える一つの守りの仕組みにしました。
確認3:明の時代の万里の長城についての説明として正しいものは?
- 工事がすべて中止された
- 壁がすべて石造りに置き換えられた
- 防衛の役割を終えて庭園になった
- 世界最大の軍事建造物となった
正解と解説を開く
正解:4.世界最大の軍事建造物となった
工事は明の時代まで続き、このころ長城は世界最大の軍事建造物となりました。
確認4:万里の長城とアテネのアクロポリスを比べた説明として正しいものは?
- 登録基準も、築かれるのにかかったおおよその時間も、ほとんど同じである
- 登録基準は違うが、どちらも数十年で築き上げられた
- 登録基準は同じ五つだが、築かれるのにかかった時間がまったく違う
- 登録基準は同じ五つで、どちらも二つの国が登録している
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正解:3.登録基準は同じ五つだが、築かれるのにかかった時間がまったく違う
どちらも(i)(ii)(iii)(iv)(vi)の五つですが、アクロポリスは紀元前5世紀の数十年、長城は千数百年かけて延びました。
参考資料
確認日:2026年9月30日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。