ラジャスタン州のジャイプール市街

登録年
2019年
所在国
インド
登録区分
文化遺産
地域
アジア
登録基準
(ii) (iv) (vi)

どこにあり、何が登録されたのか — 4年で作られた交易都市

インド北西部ラジャスタン州。

本体 710 ha
緩衝地帯 2,205 ha(本体の約3.11倍)
登録 2019年、基準 (ii)(iv)(vi)
dossier 1605
境界データ 「GIS のデータが UNESCO に受領され次第、地理参照されたポリゴンが利用可能になる」
保存状況報告 2023年・2025年

4年で作られた

創建 1727年、サワーイ・ジャイ・シング2世(在位1700–1743年)
建築家・計画者 ヴィディヤーダル
工期 1727–1731年の4年間で、市のインフラ・公共空間・王の空間のほとんどが完成した
進め方 事業(project)の取り組みが市の建設に取られた
人を呼んだ 何人もの商人へ、この新しく構想された交易と商業の都市に住むよう招く特別な王の招待

「4年」と「王の招待」が具体的に書かれています。

何がもとになったか

ジャイプールは、18世紀に一つの段階で構想され発展した——『ヴァーストゥ・シャーストラ』(伝統的なヒンドゥー建築の論書)のプラスタラの平面から着想された格子の模型をもって。

この町の計画は、後にラジャスタン州とインドの19世紀の多くの町にとっての流行を作るものとなった。

既存の町との違い

既存の中世の集落 ジャイプール
成り立ち より有機的な仕方で発展(長い期間をかけて、層をなして) 一つの段階で構想され発展
立地 丘の地形 平野の上。交易に開かれて
性格 軍の都市 招く交易と商業の都市

選ばれた敷地は、アンベールの丘の南に横たわる谷の中にあり、比較的平らで未開発だった。それはまた、いくつもの砦と防衛の拠点を持つ丘に抱かれて十分に守られてもいた。

「平野に作った」が「守られていない」を意味しないと、はっきり書かれています。

三つの基準 — 36の工房と11の生き残った工芸

基準 中身
(ii) 中世後期にわたるいくつもの観念の融合と重要な交流を示す、町の計画と建築における模範的な発展。古代ヒンドゥー・ムガル・同時代の西洋の観念の交流が、市のあつらえの配置をもたらした。ジャイ・シング王は、世界中から取り寄せたいくつもの町の計画を徹底して分析した後に最終の配置に至ったと信じられている
(iv) 現存する中世の都市からの劇的な離別。広い街路が直角に交差し、建物・宮殿・ハヴェリー・寺院・庭園のための敷地が指定され、特定のカーストと職業のために近隣が割り当てられた。主要な街路の市場・店・ハヴェリー・寺院は国家によって建設されたので、ジャイプールでは均一な街路の正面が保たれた
(vi) 歴史的に、市は「チャッティス・カルカーナース」(36の産業)を宿したと言われ、その大半は宝石・ラックの宝飾・石の像・細密画のような工芸を含み、それぞれが特定の街路と市場を持ち、その一部は存在し続けている

36と11

歴史的に宿したと言われる産業 36
生き残っている工芸 11

ジャイプールの続いている建築の工芸は、市の保全の作業に多くを寄与しており、ジャイプールの名高い職人は、インドの多くの都市にわたって歴史的な構造物を保全し修復し続けている。

工芸が、ほかの都市の遺産の保全を支えていると書かれています。

19世紀に何が起きたか

19世紀のあいだ、在地の工芸は英国期の影響とともにさらに勢いを得た——連合王国で開かれた特別な展覧会や、ラジャスタン美術学校とアルバート・ホール博物館のような施設の設立において。在地のギルドの伝統が続く一方で、工芸のための正式な施設、政府と民間部門による方策と計画が、20世紀と21世紀におけるジャイプールの工芸の国内と国際の承認にさらに寄与した。

固有の要素

要素 中身
チョウパル(chaupar) 道路の交差点に設計された大きな公共広場。ジャイプールに固有
ハヴェリー(haveli) 単一および複数の中庭を持つ邸宅、およびハヴェリー寺院
チョウクリー(chowkri) 市の区画
記念物 ゴーヴィンド・デーヴ寺院・シティ・パレス・ジャンタル・マンタル・ハワー・マハル

完全性 — 「属性ではない」と書かれているものがある

何が属性か

壁と門の中の歴史的な城壁都市ジャイプールの登録された区域は、資産の属性のすべてを含む(格子の平面を持つ18世紀の町の計画、チョウパル、チョウクリー、市壁と九つの市門、11のバザールの正面を持つ都市の形、バザールに沿う店の類型、バザールに沿いチョウパルにあるハヴェリーとハヴェリー寺院、象徴的な記念物、内側の街路に通じる門、工芸の街路とバザールの区域)。

チョウクリーの内側の区域と、それに関連する古いハヴェリーは、資産の属性ではない。

「これは属性ではない」と明記される資産は、これまで読んだ102件でここだけです。

登録範囲の中にあっても、属性として数えられていないものがあります。「範囲に入っている=価値を担っている」とは読みません。

地下鉄が通っている

地下のメトロ路線のような側面は、城壁都市の区域の建築の象徴と都市の性格が変わらないままであることへの十分な考慮をもって、東西の軸に取り込まれてきた——ただし、いくつかのチョウパルで成木の喪失があった。

地下鉄が「取り込まれた」と書かれる一方で、木が失われたことも書かれています。

問題として挙げられていること

無許可の新築と増築(一部は市壁の部分に影響している)
一部のバザールの上部の正面に影響する新築
通信塔
駐車場のための開かれた空間の開発

まだできていないもの

資産のすべての属性についての詳細な遺産目録が完成されるべきである。

目録がまだ無いと書かれています。

緩衝地帯が何をしているか

緩衝地帯は、町の計画の設定と整列を支配した自然の地形と周囲の峰を含む。資産の外の周囲の峰と空の輪郭は、都市の統制によって開発の視覚の影響から保護されている。

緩衝地帯が「計画を支配したもの」を含んでいます。

真正性

材料と実体は大部分が元のもので、主として石灰と石である。バザール(市場の区域)は、近年、伝統的な材料を使って保全された。一部の場合には20世紀の構造物がセメント・コンクリートを使っているが、元の建築の語彙を再現している。

王と公共の空間と記念物のほとんどの使用と機能は、いまや同時代の公共の記念物として適応されている。店・寺院・私邸は、大部分が元の使用を保っている。

誰が守っているか — 計画の中に計画が入っている

仕組み 中身
2009年自治体法(改正)と1970年ジャイプール建築付属法 ジャイプールの都市の性格への建築の統制を導き、バザールの元の建築の形を保つのを助けてきた
ジャイプール・マスタープラン2025 城壁都市の区域を、とくに指定された遺産の地帯とする。遺産の保全に関わる作業は、詳細な遺産管理計画と事業報告書に導かれ、委任された政府の機関を通じて実施される
特別区域遺産計画 策定と実施により、保全の措置を含め、保全の状態を高める(将来形)
ジャイプール遺産管理計画(2007年) ジャイプール遺産への構想を与え、ジャイプール・マスタープラン2025 を通じて法制化されている

計画が入れ子になっている

資産は、ジャイプール・マスタープラン2025 の「第2節——U1区域のための開発計画」のもとでの全体の指針と枠組みに従って管理される。城壁都市は開発計画のもとで保全のための特別な区域として認められており、ジャイプール遺産管理計画2007 に示された構想を共有している。

2007年の遺産管理計画が、2025年のマスタープランを通じて法制化され、その中の第2節が資産を管理する——という入れ子です。

足りないと書かれていること

必要なもの
建築の統制の指針とそのほかの措置(法的保護を改善し、すべての属性のための保護の調整と実効性を改善するため)
管理体系の拡張と強化(すべての属性を覆い、行政の道具と決定の仕組みを支える調整された管理を与えるため)
詳細な監視の計画と、全体の解説と提示の方針および計画

ジャイプール遺産管理計画がさまざまな段階で実施され、ほかの計画と同期されてきたため、属性を保護する行動計画を伴う包括的な管理の戦略が、資産の管理と監視のためのジャイプール遺産管理計画への拡張として役立つことになる。

既にある計画を置き換えるのではなく、「拡張」として足す形です。

2級で押さえること

基準(ii)(iv)(vi)、本体710 ha・緩衝2,205 ha(約3.11倍)、2019年登録。インド北西部ラジャスタン州。1727年にサワーイ・ジャイ・シング2世が創建し、建築家・計画者ヴィディヤーダルと、1727–1731年の4年間で市のインフラ・公共空間・王の空間のほとんどが完成した。商人へ「この新しく構想された交易と商業の都市に住むよう招く特別な王の招待」が出された。『ヴァーストゥ・シャーストラ』のプラスタラの平面から着想された格子の模型で、一つの段階で構想され発展した(既存の中世の集落は「より有機的な仕方で、長い期間をかけて、層をなして」発展した)。平野の上の交易に開かれた都市だが、「いくつもの砦と防衛の拠点を持つ丘に抱かれて十分に守られてもいた」。基準(ii)は古代ヒンドゥー・ムガル・同時代の西洋の観念の交流とし、「ジャイ・シング王は世界中から取り寄せたいくつもの町の計画を徹底して分析した後に最終の配置に至ったと信じられている」。基準(iv)は主要な街路の市場・店・ハヴェリー・寺院が国家によって建設されたので均一な街路の正面が保たれたとし、特定のカーストと職業のために近隣が割り当てられたと書く。基準(vi)は歴史的に「36の産業」を宿したと言われ、生き残っている工芸は11で、ジャイプールの職人はインドの多くの都市で歴史的な構造物を保全し修復し続けている。完全性で「チョウクリーの内側の区域と、それに関連する古いハヴェリーは、資産の属性ではない」と明記される——これまで読んだ102件でここだけ。登録範囲の中にあっても属性でないものがある。地下のメトロ路線が東西の軸に取り込まれてきたが、いくつかのチョウパルで成木の喪失があった。問題は無許可の新築と増築(一部は市壁に影響)・バザールの上部の正面に影響する新築・通信塔・駐車場のための開かれた空間の開発。すべての属性についての詳細な遺産目録は、まだ完成されるべきものとして書かれている。緩衝地帯は、町の計画の設定と整列を支配した自然の地形と周囲の峰を含む。2007年の遺産管理計画がマスタープラン2025 を通じて法制化され、その「第2節——U1区域のための開発計画」が資産を管理するという入れ子。建築の統制の指針・管理体系の拡張と強化・詳細な監視の計画・全体の解説と提示の方針が、まだ必要なものとして挙げられている。一覧に「GIS のデータが受領され次第、地理参照されたポリゴンが利用可能になる」とある。保存状況報告は2023年・2025年。

オリジナル確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:ジャイプールの建設について、UNESCO の記述に合うものは?

  1. 1727年に創建され、1727–1731年の4年間で市のインフラ・公共空間・王の空間のほとんどが完成した
  2. 18世紀から19世紀にかけて段階的に発展した
  3. 工期についての記述は無い
  4. 1727年に創建されて4年間でほとんどが完成し、さらに19世紀にも同じ規模の建設が一つの段階でまとめて行われた
正解と解説を開く

正解:1.1727年に創建され、1727–1731年の4年間で市のインフラ・公共空間・王の空間のほとんどが完成した

> 市の建設には事業の取り組みが取られ、市のインフラ・公共と王の空間のほとんどが1727年から1731年の4年間で完成した。ジャイプールは「一つの段階で構想され発展した」とされ、既存の中世の集落の「より有機的な仕方で、長い期間をかけて、層をなして」発展したのと対比されています。19世紀については、この町の計画が「ラジャスタン州とインドの19世紀の多くの町にとっての流行を作るものとなった」と書かれています。

確認2:ジャイプールの完全性の節に書かれている、これまで読んだ105件でここだけの記述は?

  1. 資産の属性のすべてが境界の中に含まれる
  2. 属性についての記述は無い
  3. チョウクリーの内側の区域と、それに関連する古いハヴェリーは、資産の属性ではない
  4. チョウクリーの内側の区域と古いハヴェリーは属性ではなく、そのため登録範囲からも除かれている
正解と解説を開く

正解:3.チョウクリーの内側の区域と、それに関連する古いハヴェリーは、資産の属性ではない

> チョウクリーの内側の区域と、それに関連する古いハヴェリーは、資産の属性ではない。登録範囲から除かれているのではありません。範囲の中にあっても属性として数えられていないものがある、という書き方です。「範囲に入っている=価値を担っている」とは読みません。「属性のすべてが境界の中に含まれる」は多くの資産に書かれる定型です。

確認3:ジャイプールの基準(vi)が挙げている工芸の数は?

  1. 歴史的に11の産業を宿し、生き残っているのは36
  2. 歴史的に「36の産業」を宿したと言われ、生き残っている工芸は11
  3. 工芸の数は書かれていない
  4. 歴史的に「36の産業」を宿したと言われ、生き残っている工芸は11で、そのすべてが建築の工芸である
正解と解説を開く

正解:2.歴史的に「36の産業」を宿したと言われ、生き残っている工芸は11

> 歴史的に、市は「チャッティス・カルカーナース」(36の産業)を宿したと言われ……11の生き残った工芸があり、ジャイプールの続いている建築の工芸は市の保全の作業に多くを寄与している。11のすべてが建築の工芸とは書かれていません(宝石・ラックの宝飾・石の像・細密画が例に挙がります)。

確認4:ジャイプールの管理計画の関係について、UNESCO の記述に合うものは?

  1. マスタープラン2025 が遺産管理計画2007 を廃止した
  2. 管理計画についての記述は無い
  3. 2007年の遺産管理計画がマスタープラン2025 を通じて法制化されており、さらに特別区域遺産計画もすでに実施されている
  4. 2007年のジャイプール遺産管理計画が、ジャイプール・マスタープラン2025 を通じて法制化されている
正解と解説を開く

正解:4.2007年のジャイプール遺産管理計画が、ジャイプール・マスタープラン2025 を通じて法制化されている

> ジャイプール遺産管理計画(2007年)は、ジャイプール遺産への構想を与え、ジャイプール・マスタープラン2025 を通じて法制化されている。特別区域遺産計画は「策定と実施により……保全の状態を高める」=将来形で、まだ実施されていません。包括的な管理の戦略は、既存の計画を置き換えるのではなく「ジャイプール遺産管理計画への拡張」として足す形で書かれています。

参考資料

確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

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