聖都カイラワーン

高い壁に囲まれた広い中庭と、四角い塔
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登録年
1988年
所在国
チュニジア
登録区分
文化遺産
地域
アフリカ
登録基準
(i) (ii) (iii) (v) (vi)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 四つの要素

チュニジアの中央、海と山からほぼ等しい距離の平野。

本体 68.02 ha
緩衝地帯 154.36 ha(本体の約2.27倍)
登録 1988年
軽微な範囲変更 2010年
基準 (i)(ii)(iii)(v)(vi)=5つ
dossier 499bis
連続性資産 はい(Serial: yes)
節の見出し `Integrity (2009)` など、年が付いている
境界データ GIS のデータ未受領の注記がある
ほかの保全の仕組み 2003年条約2要素——アラビア書道、金属(金・銀・銅)への彫刻

何が登録されたか

要素 面積など
メディナ 54 ha
その郊外 20 ha
アグラブ朝の貯水池 9世紀に遡る、二つの連通する貯水槽からなる露天の貯水池
シディ・サハブのザウィヤ ムハンマドの教友、アブー・ザマ・エル・バラウィーの遺体を安置する

メディナ54 ha + 郊外20 ha = 74 ha ですが、一覧の本体は68.02 ha です。数値が合いません。ゼミは一覧を正とし、両方を記録します。

いつからか

創建 670年
位置づけ マグリブのもっとも古いアラブ・ムスリムの拠点であり、その主要な聖都の一つ
首都として イフリーキヤの首都として5世紀
繁栄 9世紀のアグラブ朝のもとで
政治の首都の移転 12世紀にチュニスへ移ったが、カイラワーンはマグリブの主要な聖都のままだった

「政治の首都ではなくなったが、聖都のままだった」と書かれています。

メディナのつくり

メディナは、狭く曲がりくねった街路で隔てられた区画に分けられた、並び合う住まいからなる。それは3キロメートルを超えて広がる城壁で囲まれている。

郊外の配置はより直線的で、家々はより田園の様相を持つ。

メディナと郊外で、街路の形が書き分けられています。

5つの基準 — 七度の巡礼

基準 中身
(i) 9世紀に建て直された大モスクは、イスラムの主要な記念物の一つであるだけでなく、普遍的な建築の傑作でもある。多くはあるが小さな変更は、この祈りの場の配置を変えていない——それは135 m × 80 m の四角形をなす
(ii) 大モスクはいくつものマグリブのモスクの模型として役立った——とくにその唯一無二の装飾の主題のために。さらに、866年に建てられた三つの扉のモスクは、彫刻された正面を持つ、知られているもっとも古いイスラムのモスクである
(iii) 大モスク、三つの扉のモスク、アグラブ朝の貯水池、そして数多い考古の遺構をもって、カイラワーンはイフリーキヤにおけるヒジュラ最初の数世紀の文明への例外的な証をなす
(v) 城壁と門(バブ・エ・トゥネス、バブ・エル・フーカ、バブ・エシュ・シュハダ)で守られ、モスクとザウィヤのミナレットと円蓋で空の輪郭が句読されるカイラワーンのメディナは、曲がりくねった街路と中庭の家々の網を保存してきた
(vi) カイラワーンはイスラムの聖都と霊的な首都の一つである

大モスクの中

その南の端には、大理石と斑岩の柱の「森」によって支えられた17の身廊を持つ多柱式の祈りの部屋がある。 北には、柱廊で縁取られた広い石板敷きの中庭があり、より小さな北の端の中央で、巨大な方形の三層のミナレットによって中断されている。

「森」が引用符つきで書かれています。

基準(v)の中にも、脆弱性がある

外の壁にはごく少数の小さな窓かアーチの出入口しか切られていないが、内側の壁は中央の中庭に面するより大きな開口を持つ。社会経済の変化の影響によって脆弱になったこの伝統的な建築は、全体として保護されなければならない貴重な遺産をなす。

基準の文の中に「保護されなければならない」が入っています。

七度の巡礼

大モスクの隣には——それは預言者の死の38年後にマグリブで創建された最初の礼拝の場である——ムハンマドの教友の一人アブー・ジャマの遺体が保たれるシディ・サハブのザウィヤがある。

過去において、カイラワーンへの七度の巡礼が、すべてのムスリムに定められたメッカへの一度の巡礼に代わりうるとされたのは、驚くことではない。

「七度」という数が書かれています。

ゼミは、この文を「代わる」と断定しません。書かれているのは「過去において……代わりうるとされた(could take the place of)」までです。

完全性と真正性(2009年時点)— 現代の材料で建て直された家

完全性(2009)

カイラワーンの歴史の総体は、その中央の部分とその郊外をもって、改変なしに、その形態と建築・建築構造の構成要素を伴う都市の織物を保存してきた。これらの要素はすべて資産の普遍的価値を証し、その完全性に寄与している。

完全性の節が、二文で終わります。脅威は書かれていません。

この章では、完全性の節の長さがかなり違いました。「短い=問題が無い」とは読みません。「書かれていない」として記録します。

真正性(2009)

いくつかの住まいは完全に改修されたが、都市の織物の本質的なもの、とくに記念物は保存されている。

新しい生活の様式と社会経済の要求への適応、および時を越えて行われた修復の作業は、内在する機能と構造の真正性に影響を与えてこなかった。 しかしながら、いくつかの家は現代の材料を使って建て直された。

「影響を与えてこなかった」と「現代の材料で建て直された」が続けて書かれています。

どちらかに決めず、両方を記録します。

この章では、材料の置き換えの書かれ方がいくつも出ました。

遺産 書かれ方
カイラワーン499 いくつかの家は現代の材料を使って建て直された
ジャイプール1605(8章) 一部の20世紀の構造物はセメント・コンクリートを使うが、元の建築の語彙を再現している
カイロ89 軽微で土着の建築は、場合によって重く改修されたか、一貫性のない建物に置き換えられた
マラケシュ331 伝統的な材料の使用が、建設に結びついた職人の仕事を大いに復活させた
木造多柱式モスク群1694 屋根が平らな土のものから切妻または勾配のものへ変えられ、価値を理解する能力が減じられている

誰が守っているか(2009年時点)— 緩衝地帯が「望ましい」と書かれる

法と政令

仕組み 中身
個別の記載 36の記念物が歴史記念物としての固有の記載の恩恵を受けている
1994年法35 考古と歴史の遺産および伝統の芸術の保護
1921年10月18日の政令 カイラワーンの町のスークと絵画的な街区の保護
町の都市開発計画 —

1921年の政令が、いまも保護の根拠として挙げられています。

管理ユニット

カイラワーンの歴史の総体の保全とよい管理を確かにするため、国立遺産研究所がそれに管理ユニットを与えた。

まだ無いもの、望ましいもの

また、保護地区を作る提案があり、その措置には保護と向上の計画の策定が続くことになる。

世界遺産リストに登録された資産の三つの要素の保護を確かにする適切な緩衝地帯の境界が望ましい——違法な建設を点検し減らすための統制の措置の強化と同様に。

一覧には緩衝地帯 154.36 ha があります。ところが本文(2009年時点)は「望ましい」と書きます。

一覧には「2010年に軽微な範囲変更」もあります。

本文(2009年時点) 一覧(現在)
カイラワーン499 適切な緩衝地帯の境界が望ましい 154.36 ha。2010年に軽微な範囲変更
ダマスカス20 画定されたが、まだ正式に承認されていない 42.6013 ha。2011年に軽微な範囲変更

節に年が付いているおかげで、食い違いの理由が説明できます。どちらかを誤りと決めず、年を添えて両方を記録します。

続けるべきこと

記念物と家々の修復と修理のための伝統的な材料と技術の使用は、促され続けるべきである。

保護管理の節が、この一文で終わります。

2級で押さえること

基準(i)(ii)(iii)(v)(vi)=5つ(この章ではダマスカス20 も5つ)、本体68.02 ha・緩衝154.36 ha(約2.27倍)、1988年登録・2010年に軽微な範囲変更(dossier は499bis)、連続性資産(Serial: yes)、節の見出しに年が付いている(`Integrity (2009)` など)、2003年条約2要素(アラビア書道/金属への彫刻)。登録されたのは四つ——メディナ(54 ha)・その郊外(20 ha)・アグラブ朝の貯水池(9世紀の、二つの連通する貯水槽からなる露天の貯水池)・シディ・サハブのザウィヤ(ムハンマドの教友アブー・ザマ・エル・バラウィーの遺体を安置)。54+20=74 ha だが一覧の本体は68.02 ha で合わないので、一覧を正とし両方を記録する。670年創建で、マグリブのもっとも古いアラブ・ムスリムの拠点であり、その主要な聖都の一つ。イフリーキヤの首都として5世紀。9世紀のアグラブ朝のもとで繁栄。12世紀に政治の首都がチュニスへ移ったが、マグリブの主要な聖都のままだった。メディナは狭く曲がりくねった街路で隔てられた区画に分けられた並び合う住まいからなり、3キロメートルを超えて広がる城壁で囲まれている。郊外の配置はより直線的で、家々はより田園の様相を持つ。基準(i)は9世紀に建て直された大モスクを「普遍的な建築の傑作」とし、祈りの場は135 m × 80 m の四角形。南の端に大理石と斑岩の柱の「森」に支えられた17の身廊、北に柱廊で縁取られた中庭と、巨大な方形の三層のミナレット。基準(ii)は866年の三つの扉のモスクを「彫刻された正面を持つ、知られているもっとも古いイスラムのモスク」とする。基準(v)の中に「社会経済の変化の影響によって脆弱になったこの伝統的な建築は、全体として保護されなければならない貴重な遺産をなす」と、保護の要請まで入る。基準(vi)に「過去において、カイラワーンへの七度の巡礼が、すべてのムスリムに定められたメッカへの一度の巡礼に代わりうるとされた」と書かれる——「代わりうるとされた」までなので、断定しない。大モスクは「預言者の死の38年後にマグリブで創建された最初の礼拝の場」。完全性(2009)は二文で終わり、脅威が書かれていない——「短い=問題が無い」とは読まず「書かれていない」として記録する。真正性(2009)は「新しい生活の様式と社会経済の要求への適応、および修復の作業は、内在する機能と構造の真正性に影響を与えてこなかった」としながら、続けて「しかしながら、いくつかの家は現代の材料を使って建て直された」と書く——どちらかに決めず両方を記録する。36の記念物が歴史記念物としての固有の記載を受け、1994年法35・1921年10月18日の政令(スークと絵画的な街区の保護)・町の都市開発計画で保護される。国立遺産研究所が管理ユニットを与えた。保護地区を作る提案があり(まだ無い)、「資産の三つの要素の保護を確かにする適切な緩衝地帯の境界が望ましい」と書かれる——一覧には154.36 ha があり、2010年の軽微な範囲変更も記載されている。節の年(2009)のおかげで食い違いの理由が説明できるので、年を添えて両方を記録する。保護管理は「記念物と家々の修復と修理のための伝統的な材料と技術の使用は、促され続けるべきである」で終わる。一覧に GIS データ未受領の注記がある。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産が出てくるキーワード

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
イスラム建築モスクが、その資産でどの役を与えられているか「大モスクはいくつものマグリブのモスクの模型として役立った」

いまのところ、この遺産が出てくるキーワードは1つです。ゼミの試作46本で数えた話で、公式テキストの分類ではありません。

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。このキーワードの練習では、ほかの参加記事と並べて読みます——同じ論点が、別の資産でどう書かれているかを見るためです。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:聖都カイラワーンに登録されている要素は?

  1. メディナとその郊外の二つ
  2. 登録された要素は書かれていない
  3. メディナ(54 ha)・その郊外(20 ha)・アグラブ朝の貯水池・シディ・サハブのザウィヤの四つ
  4. メディナ・その郊外・アグラブ朝の貯水池・シディ・サハブのザウィヤの四つで、その合計が一覧の本体68.02 ha と一致する
正解と解説を開く

正解:3.メディナ(54 ha)・その郊外(20 ha)・アグラブ朝の貯水池・シディ・サハブのザウィヤの四つ

四つです。ただし合計は一致しません——メディナ54 ha + 郊外20 ha = 74 ha ですが、一覧の本体は68.02 ha です。ゼミは一覧を正とし、両方を記録します。アグラブ朝の貯水池は9世紀の、二つの連通する貯水槽からなる露天の貯水池です。

確認2:聖都カイラワーンの基準(vi)に書かれている巡礼について、どう記録すべきか?

  1. カイラワーンへの七度の巡礼がメッカへの巡礼に代わる、と記録する
  2. 巡礼についての記述は無いと記録する
  3. 「過去において七度の巡礼が代わりうるとされた」と記録し、あわせてその慣行が現在も続いていることも記録する
  4. 「過去において、カイラワーンへの七度の巡礼が、メッカへの一度の巡礼に代わりうるとされた」までを記録する
正解と解説を開く

正解:4.「過去において、カイラワーンへの七度の巡礼が、メッカへの一度の巡礼に代わりうるとされた」までを記録する

> 過去において、カイラワーンへの七度の巡礼が、すべてのムスリムに定められたメッカへの一度の巡礼に代わりうるとされたのは、驚くことではない。現在も続いているとは書かれていません。「過去において」「代わりうるとされた」までが書かれていることです。断定に変えません。

確認3:聖都カイラワーンの真正性(2009)の書き方で、ゼミが両方を記録するのはどこか?

  1. 「真正性は無傷である」と「境界の見直しが想定されている」
  2. 「修復の作業は内在する機能と構造の真正性に影響を与えてこなかった」と「いくつかの家は現代の材料を使って建て直された」
  3. 真正性の節は一文しかない
  4. 「修復の作業は真正性に影響を与えてこなかった」と「いくつかの家は現代の材料で建て直された」で、後者のほうが新しい記述である
正解と解説を開く

正解:2.「修復の作業は内在する機能と構造の真正性に影響を与えてこなかった」と「いくつかの家は現代の材料を使って建て直された」

> 新しい生活の様式と社会経済の要求への適応、および時を越えて行われた修復の作業は、内在する機能と構造の真正性に影響を与えてこなかった。しかしながら、いくつかの家は現代の材料を使って建て直された。どちらが新しい記述かは書かれていません(節の見出しはどちらも (2009) です)。「境界の見直しが想定されている」はマラケシュ331 です。

確認4:聖都カイラワーンの保護管理(2009)で、まだ無いものとして書かれているのは?

  1. 保護地区を作る提案があり、それに続く保護と向上の計画
  2. 歴史記念物としての個別の記載
  3. まだ無いものは書かれていない
  4. 保護地区を作る提案とそれに続く計画、および国立遺産研究所による管理ユニット
正解と解説を開く

正解:1.保護地区を作る提案があり、それに続く保護と向上の計画

> また、保護地区を作る提案があり、その措置には保護と向上の計画の策定が続くことになる。管理ユニットはすでにあります——「国立遺産研究所がそれに管理ユニットを与えた」。36の記念物の個別の記載もすでにあります。ほかに「適切な緩衝地帯の境界が望ましい」「違法な建設を点検し減らすための統制の措置の強化」が望ましいものとして挙げられます。

参考資料

確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。