キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェールシク大修道院

金色の円屋根を持つ白い聖堂と、その周りに広がる街
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登録年
1990年
所在国
ウクライナ
登録区分
文化遺産
地域
ヨーロッパ
登録基準
(i) (ii) (iii) (iv)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 「新しいコンスタンティノープル」

ウクライナ、キーウ。

本体 28.52 ha
緩衝地帯 476.08 ha(本体の約16.7倍)
登録 1990年、基準 (i)(ii)(iii)(iv)
軽微な範囲変更 2005年、2021年(二度)
dossier 527ter(三度目の改訂)
連続性資産 はい(Serial: yes)
危機遺産リスト `2023 – Present`

軽微な範囲変更の年が二つ並ぶ

一覧の `Minor boundary modification inscribed year` が `2005, 2021` と二つ書かれます。これまで読んだ197件で、この行に年が二つ並ぶ資産はここだけです。dossier の `ter`(三度目)は、ポタラ宮707・インドの山岳鉄道群944・マロティ985・ワッデン海1314 に続いて五つ目です。

いまも危機遺産リストに載っている

`2023 – Present`。保存状況報告は20年分(1998・1999・2003・2004・2008・2009・2010・2011・2012・2013・2014・2015・2016・2017・2019・2021・2023・2024・2025・2026年)で、危機遺産リストに載る前から続いています。ページのタブに `Assistance`(国際援助)があります。お知らせは9件あり、2026年6月30日の「UNESCO がウクライナの世界遺産の保護を強めるための戦略の道具を引き渡した」まで続きます。

ハギア・ソフィアに張り合うために設計された

コンスタンティノープルのハギア・ソフィアに張り合うよう設計されたキーウの聖ソフィア聖堂は、「新しいコンスタンティノープル」——988年の聖ウラジーミルの洗礼の後に福音が伝えられた地域に11世紀に作られたキーウのキリスト教の公国の首都——を象徴している。

「張り合うよう設計された(Designed to rival)」と書かれます。ほかの建物を目標にして建てられたことが、価値の説明の最初に来ます。

二つの構成要素

資産は二つの別々の構成要素からなる——聖ソフィア聖堂とその関連修道院群、そしてベレストヴェの救世主教会を伴うキーウ・ペチェールシク大修道院の修道院の複合。

「二つの別々の構成要素」と明記され、しかもベレストヴェの救世主教会がどちらに属するかまで書かれます。

聖ソフィア聖堂

聖ソフィア聖堂は、11世紀初めの建築と記念碑的美術を代表する主要な記念物のひとつである。聖堂は、キーウ大公ヤロスラフ賢公の治世のあいだに、在地の建設者とビザンツの職人の参加を得て、キーウ・ルーシの首都の主たるキリスト教の教会として建てられた。

聖堂はその古代の内装を保存しており、11世紀のモザイクとフレスコ画の集まりはその完全性において唯一無二である。その傑作には、全能者キリスト(パントクラトール)、祈る聖母(オランス)、使徒の聖体拝領、デイシス、受胎告知が含まれる。

17世紀と18世紀にウクライナ・バロック様式で建てられた修道院の建物が聖堂を囲んでいる。建築の総体には、鐘塔、首都主教の家、食堂、ザボロフスキー門、南の入口の塔、聖堂の長老の房、そして石の壁で囲まれた神学校が含まれる。

キーウ・ペチェールシク大修道院

キーウ・ペチェールシク大修道院は、ドニプロ川の右岸を見下ろす台地の上に位置する修道院の建物の建築の総体である。総体は多くの世紀にわたって景観との有機的な結合のうちに形づくられ、全般の都市の優勢として働いている。

11世紀に聖アントニーと聖テオドシーによって創設され、修道院は、教育、美術、医学の発展に重要な寄与をなした卓越した精神と文化の中心になった。

「医学」が入ります。修道院の寄与として医学が挙げられる資産です。

キーウ・ペチェールシク大修道院の建築の総体は、600 m を超えて広がる迷宮のような洞穴の複合のなかの、11世紀から19世紀までの唯一無二の地上と地下の教会、ならびに17世紀から19世紀の家事と家政の建物を含む。

何世紀にもわたり、洞穴に埋葬された聖人の遺物を伴うキーウ・ペチェールシク修道院は、世界でもっとも重要なキリスト教の巡礼の中心のひとつであった。

基準四つ — 世俗のフレスコ画と、「九世紀近く」

基準(i) — 両方の構成要素について書かれる

キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェールシク大修道院は、その建築の構想とその顕著な装飾の両方において、人間の創造の才の傑作を代表している。

聖ソフィア聖堂は、その時期のモザイクとフレスコ画の保存されたもっとも大きな集まりを持つ、11世紀初めの建築と記念碑的美術の唯一無二の記念物である。聖堂の建築は、五廊の核に加えられた補助の身廊と、十字ドーム教会の角錐状の空間の構成によって際立つ。

聖堂の記念碑的な装飾は、当時の主要な神学の思想を映すその構想の設計において唯一無二の総体をなし、ビザンツ美術の卓越した例である。聖堂に描かれたキリスト教の聖人の巨大な万神殿は、当時のビザンツの記念物のあいだで比肩するもののない多様さを持つ。

聖堂の壁画にはまた、ビザンツ美術の伝統のうちに作られた階段の塔の唯一無二の世俗のフレスコ画の複合も含まれる。

宗教の建物の基準(i)に「世俗の(secular)フレスコ画」が入ります。9章のヴァティカン市国286 の基準(vi)が図書館の蔵書を挙げたのと同じで、宗教の資産の価値の説明に宗教以外のものが入ります。

キーウ・ペチェールシク大修道院の総体は、バロックの時期のあいだに確かに形づくられたウクライナ美術の傑作である。

基準(ii) — 三つの文化の相互作用

資産は、キーウ・ルーシ、ビザンツ帝国、西ヨーロッパの文化の相互作用の結果である。資産における建築と記念碑的絵画は、在地の見方の影響のもとで新しい意味を得たビザンツの建築と美術の伝統の変化を映している。

それは、精神の伝統においても建築の計画においても、キーウ・ペチェールシク大修道院の地下の正教の礼拝の建築の伝統を包み込んで、明らかになった。

生神女就寝大聖堂は、12世紀から15世紀のあいだの東ヨーロッパ地域における似た教会の建造にとっての例であった。

基準(iii)

キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェールシク大修道院は、一般に近隣諸国の、とくにキーウ・ルーシの、幾世紀にわたるビザンツの文化の伝統に例外的に証している。何世紀にもわたり、資産は東ヨーロッパにおいて主要な精神の影響を及ぼした。

基準(iv) — 「教会守の秩序の特質」

聖ソフィア聖堂は、その建築と壁の装飾において教会守(churchwarden)の秩序の特質を映す唯一無二の建物である。聖堂の建造は、キーウ・ルーシの、そしてその後の東ヨーロッパの礼拝の建築と記念碑的美術に影響を与えた建築の学派の基礎を据えた。

キーウ・ペチェールシク大修道院は、ほとんど九世紀にわたって形づくられた例外的に貴重な建築の総体であり、それは建築における様式の傾向の変化、ならびに工学の構造の改良の過程を映している。

基準が四つある資産です。9章のヴァティカン市国286 も四つでしたが、あちらは(i)(ii)(iv)(vi)で、こちらは(i)(ii)(iii)(iv)。宗教の資産なのに基準(vi)が付いていません。

完全性と真正性 — 破壊された主たる教会が、1999-2000年に再建された

完全性 — 19世紀に環境が変わった

顕著な普遍的価値を伝えるのに必要なすべての重要な要素と属性が資産の境界の内側に含まれ、保存されている。

元の設計に従って、聖ソフィア聖堂は、広く全般の眺めに開かれた都市の環境の優勢な建築の要素として建てられた。19世紀に、伝統的な都市の織物の改変のために聖堂の環境は変わった。

第二次世界大戦で、主たる教会がほとんど完全に破壊された

キーウ・ペチェールシク大修道院の総体の完全性は第二次世界大戦のあいだに損なわれた。そのとき、大修道院の主たる教会である生神女就寝大聖堂が、その南東の塔を除いてほとんど完全に破壊された。1999-2000年に、聖堂は18世紀後期のウクライナ・バロックの時期の建築の形に従って再建された。

この生神女就寝大聖堂は、基準(ii)が「12世紀から15世紀のあいだの東ヨーロッパ地域における似た教会の建造にとっての例であった」と書く、まさにその建物です。価値の根拠に挙げられている建物が、いちど失われて再建されています。

遺産 失われたものと、その後
キーウ527 主たる教会(生神女就寝大聖堂)が第二次世界大戦で南東の塔を除きほとんど完全に破壊され、1999-2000年に18世紀後期の形に従って再建された。その建物は基準(ii)の根拠でもある
平和教会1054(9章) 許された三つめ(グウォグフ1652年)が100年後に焼け落ち、再建の記述は無い
カスビの王墓1022(13章) 2010年の火災で節の見出しに年が入った

「失われて再建された」「失われたまま」「失われて記述が書き直された」は別のこと。どの形かを読みます。

洞穴は絶えず監視が要る

水文地質の条件に関しては、キーウ・ペチェールシク大修道院の洞穴はその保存の状態についての絶えざる監視と、予防の措置の実施を要する。

高層の建物

急速な都市の開発、とくに高層の建物からのものと、保護と計画の仕組みの欠如が、資産のすぐの周囲を脅かしうる。構成要素のあいだの空間の結びつきと、それらと周囲の都市および修道院の河の景観との関係の点での資産の完全性もまた、あらゆる潜在的な脅威に対処するための構造化された計画を要する。

真正性 — 1987年の賞が根拠に挙げられる

資産の属性はその顕著な普遍的価値を映している。すべての建てられた要素は、元の材料を用いて修復されている。

聖ソフィアで行われた再建の仕事は、1987年に「歴史的記念物の保護のためのヨーロッパ金メダル」を授与された。

真正性の節に、受けた賞の名と年が書かれる資産です。これまで読んだ197件でここだけです。賞は一次資料が挙げた事実として記録し、「だから真正性が高い」と自分で言い換えません。

二つの構成要素で、使われ方が違う

構成要素 使われ方
聖ソフィア聖堂と関連修道院群 教育の目的と国家の行事のための博物館として使われている(宗教の実践は書かれていない)
キーウ・ペチェールシク大修道院 博物館の目的のためと、元の目的に対応する宗教の実践のために使われている

同じ資産の二つの構成要素で、一方は博物館だけ、一方は博物館と宗教の実践の両方です。5章のカルパティアの木造教会群1424 は16のうち13が教会で3が博物館でしたが、あちらは同じ型の建物の内訳。ここは構成要素そのものの性格が違います。

総体の輪郭の優勢は都市の開発によって減じられてきたが、ドニプロ川に沿ったキーウ・ペチェールシク大修道院の伝統的な全景と輪郭は保存されている。

「減じられてきた」と「保存されている」が同じ文に並びます。どちらかに寄せません。

誰が守っているか — 1926年と1934年、そして「完全に機能する必要がある」計画

保護区の宣言は大修道院のほうが8年早い

キーウ・ペチェールシク大修道院は1926年に「国家の歴史文化保護区」と宣言され、聖ソフィア聖堂と関連修道院群は1934年に宣言された。

同じ資産の二つの構成要素で、保護の宣言の年が8年違います。

法令

資産は、ウクライナの法律「文化遺産の保護について」「考古遺産の保護について」を含む関連の法令に従って管理されている。加えて、ウクライナ閣僚会議のさまざまな政令が、資産の保護、保全、利用のための遺跡固有の法的枠組みを与えている。

「遺跡固有の法的枠組み(site-specific legal framework)」があると書かれます。10章のファジル・ゲビ19 は逆で、「遺跡固有の法的枠組みは与えられていない」と書かれます。

管理の一元化

国立保全区域「キーウの聖ソフィア」と国立キーウ・ペチェールシク歴史文化保護区はウクライナ文化省によって管理されており、同省がいまでは資産の全体の一元化された運用の管理に責任を負っている。

「いまでは(now)」と書かれます。以前は一元化されていなかったことが読み取れますが、一次資料はそれ以上書いていません。

両方の構成要素に「領域の組織の計画」がある

国内の法令に従って、資産の両方の構成要素の領域の組織の計画が作られた。これらの計画は、資産の緩衝地帯の境界と体制、資産の修復、保全、保護のための行動計画を定めている。上述の計画は保全計画に対応している。さらに、資産の記念物、領域、工学の体系の修復の年次の計画が国の水準で承認されている。

緩衝地帯の境界を定めているのが、法令ではなく「領域の組織の計画」です。

ヴァリャーグの洞穴には草案の段階の計画

ヴァリャーグの洞穴の保存を確保するため、予防と復旧の措置を要する洞穴の区間のために、保全のプログラムの草案と行動計画が作られた。

資産の一部分だけのために別の計画が作られ、しかも草案の段階です。

管理計画は「完全に機能する必要がある」

保全と管理の課題に対処するため、管理計画が完全に機能する必要があるだろう。法令と規制の措置の執行が、資産の顕著な普遍的価値が維持されることを確保するために決定的であるだろう。都市の景観と定められた眺めの研究に基づく政策が、緩衝地帯とそのより広い環境のなかの開発を統制するために所定の位置にあることを確保するよう、計画の道具が調整される必要があるだろう。

三つとも将来形(`will need to` / `will be` / `will need to`)です。管理計画は「ある」とも「無い」とも書かれず、「完全に機能する必要がある」と書かれます。「ある」と書き換えません。

2級で押さえること

基準(i)(ii)(iii)(iv)、ウクライナ・キーウ、本体28.52 ha・緩衝476.08 ha(約16.7倍)、1990年登録、軽微な範囲変更が `2005, 2021` と二つ並ぶ唯一の資産、dossier 527ter(三度目)、`Serial: yes`、危機遺産リスト `2023 – Present`(保存状況報告20年分、タブに `Assistance`)。「コンスタンティノープルのハギア・ソフィアに張り合うよう設計された」聖ソフィア聖堂が、988年の聖ウラジーミルの洗礼の後に作られたキーウの公国の首都「新しいコンスタンティノープル」を象徴する。構成要素は二つ——聖ソフィア聖堂と関連修道院群/ベレストヴェの救世主教会を伴うキーウ・ペチェールシク大修道院。聖堂はヤロスラフ賢公の治世に在地の建設者とビザンツの職人の参加を得て建てられ、11世紀のモザイクとフレスコ画の集まりは「その完全性において唯一無二」。傑作は全能者キリスト・祈る聖母・使徒の聖体拝領・デイシス・受胎告知。周囲の修道院の建物は17-18世紀のウクライナ・バロック(鐘塔・首都主教の家・食堂・ザボロフスキー門・南の入口の塔・長老の房・石の壁で囲まれた神学校)。大修道院はドニプロ川の右岸を見下ろす台地の上、11世紀に聖アントニーと聖テオドシーが創設し、教育・美術・医学の発展に寄与。600 m を超えて広がる迷宮のような洞穴の複合に11-19世紀の地上と地下の教会。基準(i)に「階段の塔の唯一無二の世俗のフレスコ画」が入る(宗教の資産の価値に世俗が入る)。「当時のビザンツの記念物のあいだで比肩するもののない多様さ」の聖人の万神殿。基準(ii)はキーウ・ルーシ、ビザンツ帝国、西ヨーロッパの三つの文化の相互作用で、生神女就寝大聖堂が12-15世紀の東ヨーロッパの似た教会の建造にとっての例。基準(iv)は「教会守の秩序の特質」と、大修道院が「ほとんど九世紀」にわたって形づくられたこと。宗教の資産だが基準(vi)は付いていない。完全性で、第二次世界大戦に主たる教会(生神女就寝大聖堂)が南東の塔を除きほとんど完全に破壊され、1999-2000年に18世紀後期のウクライナ・バロックの形に従って再建されたと書かれる——基準(ii)の根拠に挙げられている建物が、いちど失われて再建されている。19世紀に伝統的な都市の織物の改変のために聖堂の環境が変わった。洞穴は水文地質の条件のため絶えざる監視と予防の措置を要する。急速な都市の開発、とくに高層の建物と、保護と計画の仕組みの欠如が脅威。真正性は「すべての建てられた要素は、元の材料を用いて修復されている」とし、聖ソフィアの再建の仕事が1987年に「歴史的記念物の保護のためのヨーロッパ金メダル」を授与されたと書く——賞の名と年が真正性の節に入る唯一の資産。二つの構成要素で使われ方が違う——聖ソフィアは教育の目的と国家の行事のための博物館、大修道院は博物館の目的と、元の目的に対応する宗教の実践の両方。「総体の輪郭の優勢は都市の開発によって減じられてきたが、ドニプロ川に沿った伝統的な全景と輪郭は保存されている」。保護区の宣言は大修道院1926年、聖ソフィア1934年で8年違う。ウクライナの法律「文化遺産の保護について」「考古遺産の保護について」と閣僚会議の政令が「遺跡固有の法的枠組み」を与える。文化省が「いまでは」資産の全体の一元化された運用の管理に責任を負う。両方の構成要素の「領域の組織の計画」が緩衝地帯の境界と体制を定め、保全計画に対応する。修復の年次の計画は国の水準で承認。ヴァリャーグの洞穴には保全のプログラムの草案と行動計画(資産の一部分だけの、草案の段階)。管理計画は「完全に機能する必要があるだろう」と将来形で、「ある」とは書かれない。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産が出てくるキーワード

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
固有の生態系と絶滅危惧種固有と絶滅のおそれは別。数え方の粒度が違う「遺跡固有の法的枠組み」

いまのところ、この遺産が出てくるキーワードは1つです。ゼミの試作46本で数えた話で、公式テキストの分類ではありません。

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。このキーワードの練習では、ほかの参加記事と並べて読みます——同じ論点が、別の資産でどう書かれているかを見るためです。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:キーウ527 の生神女就寝大聖堂について、完全性の節が書いていることは?

  1. 第二次世界大戦のあいだに南東の塔を除いてほとんど完全に破壊され、1999-2000年に18世紀後期のウクライナ・バロックの時期の建築の形に従って再建された
  2. 第二次世界大戦のあいだに損傷を受けたが、元の構造は残っている
  3. 破壊されたまま遺構として保存され、再建はされていない
  4. 第二次世界大戦のあいだにほとんど完全に破壊され、1999-2000年に11世紀の元の形に従って再建されたので、基準(ii)からは外され、代わりに真正性の節で再建の例として挙げられている
正解と解説を開く

正解:1.第二次世界大戦のあいだに南東の塔を除いてほとんど完全に破壊され、1999-2000年に18世紀後期のウクライナ・バロックの時期の建築の形に従って再建された

> 大修道院の主たる教会である生神女就寝大聖堂が、その南東の塔を除いてほとんど完全に破壊された。1999-2000年に、聖堂は18世紀後期のウクライナ・バロックの時期の建築の形に従って再建された。11世紀の形ではなく18世紀後期の形に戻されています。しかもこの建物は、基準(ii)が「12世紀から15世紀のあいだの東ヨーロッパ地域における似た教会の建造にとっての例であった」と書く、まさにその建物です(基準から外されたとは書かれていません)。

確認2:キーウ527 の真正性の節に書かれている、ほかの資産に無いものは?

  1. 修復に使われた材料の交換の周期が年数で書かれていること
  2. 聖ソフィアで行われた再建の仕事が1987年に「歴史的記念物の保護のためのヨーロッパ金メダル」を授与されたこと
  3. 真正性が「実質的に」であると限定されていること
  4. 聖ソフィアで行われた再建の仕事が、ヴェネツィア憲章に完全に適合していると国際的な委員会によって認定されたこと
正解と解説を開く

正解:2.聖ソフィアで行われた再建の仕事が1987年に「歴史的記念物の保護のためのヨーロッパ金メダル」を授与されたこと

> 聖ソフィアで行われた再建の仕事は、1987年に「歴史的記念物の保護のためのヨーロッパ金メダル」を授与された。真正性の節に、受けた賞の名と年が書かれる資産はこれまで読んだ197件でここだけです。賞は一次資料が挙げた事実として記録し、「だから真正性が高い」と自分で言い換えません。ヴェネツィア憲章については、キーウ527 の節には書かれていません。

確認3:キーウ527 の二つの構成要素の使われ方の違いは?

  1. どちらも博物館としてだけ使われている
  2. どちらも宗教の実践のためだけに使われている
  3. 聖ソフィア聖堂と関連修道院群は教育の目的と国家の行事のための博物館として使われ、大修道院は博物館の目的と元の目的に対応する宗教の実践の両方のために使われている
  4. 聖ソフィア聖堂は宗教の実践のために使われ、大修道院は第二次世界大戦の破壊のため博物館としてだけ使われており、洞穴への立ち入りもいまは完全に禁じられていると書かれている
正解と解説を開く

正解:3.聖ソフィア聖堂と関連修道院群は教育の目的と国家の行事のための博物館として使われ、大修道院は博物館の目的と元の目的に対応する宗教の実践の両方のために使われている

聖ソフィア——「教育の目的と国家の行事のための博物館として使われている」(宗教の実践は書かれていません)。大修道院——「博物館の目的のためと、元の目的に対応する宗教の実践のために使われている」。同じ資産の二つの構成要素で性格が違います。5章のカルパティアの木造教会群1424 は16のうち13が教会で3が博物館でしたが、あちらは同じ型の建物の内訳で、ここは構成要素そのものの性格の違いです。

確認4:キーウ527 の一覧の `Minor boundary modification inscribed year` の記載は?

  1. `2005` の一つだけ
  2. 記載が無い
  3. `2005, 2021, 2023` と年が三つ並び、最後の年は危機遺産リストへの記載の年と同じ
  4. `2005, 2021` と年が二つ並んでいる
正解と解説を開く

正解:4.`2005, 2021` と年が二つ並んでいる

`Minor boundary modification inscribed year: 2005, 2021`。この行に年が二つ並ぶ資産は197件でここだけです。dossier も `527ter`(三度目の改訂)で、ポタラ宮707・インドの山岳鉄道群944・マロティ985・ワッデン海1314 に続いて五つ目の `ter` です。2023年は危機遺産リストへの記載の年で、範囲変更の年ではありません。

参考資料

確認日:2026年10月28日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。