英国の湖水地方

登録年
2017年
所在国
イギリス
登録区分
文化遺産
地域
ヨーロッパ
登録基準
(ii) (v) (vi)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか

イングランド北西部、約2,292 km²のまとまった山地。氷河が削った細い谷が中央の山塊から放射状に伸び、急な斜面と細長い湖が並びます。

登録されたのは風景の美しさだけではありません。UNESCO が挙げているのは三つの層です。

層 中身
農牧の伝統 ハードウィック種などの在来羊、共有地での放牧(コモン・フェル・グレイジング)、比較的独立した農家。1,000年以上にわたって山地に適応してきた
ピクチャレスクとロマン主義 18世紀以降、絵画の様式をこの地に当てる形でヴィラと作庭が加えられ、美しさをさらに高めた
保護の思想 風景には価値があり、誰もがそれを味わう権利があるという考え。ここからナショナル・トラスト運動が生まれ、多くの国へ広がった

この三つめが2級の要点です。UNESCO は、湖水地方で生まれた「風景の普遍的な価値」という考えが、保護地域という仕組みそのものと、法で守られる景観という近代的な概念の形成に寄与したと書いています。19世紀のアメリカの造園家フレデリック・ロー・オルムステッドもイギリスの実践から影響を受けたと名指しされています。

登録基準は(ii)(v)(vi)の三つ。(vi) は「湖水地方と直接かつ明確に結びついた、普遍的な意義を持つ複数の思想」に対して認められています。

登録の範囲 — 緩衝地帯が無い

面積
本体 229,205.19 ha
緩衝地帯 設定されていない

緩衝地帯が置かれていません。境界が1951年に指定された湖水地方国立公園の境界そのものだからです。境界は地形と自治体の区域をもとに引かれています。

推薦書は 422rev。一度練り直してから登録されています。

緩衝地帯の有無は、遺産ごとにまったく違います。紅河ハニ族棚田群は本体16,603.22 ha に対して緩衝29,501.01 ha(本体の約1.8倍)。湖水地方は229,205.19 ha で緩衝なし。「緩衝地帯は必ずある」と覚えると間違えます。

完全性 — 「谷がすべて入っている」

完全性について UNESCO は、湖水地方が一つのまとまった山地で、放射状に伸びる谷がすべてこの中に収まっていると書いています。顕著な普遍的価値を成り立たせる過程を示すのに必要な属性をすべて含む広さがあり、属性はおおむね良好な状態にあるとされます。

挙げられている危険は4つです。

危険
長期的な気候変動の影響
伝統的な農牧の仕組みへの経済的な圧力
補助金の制度の変化
観光による開発の圧力

補助金が危険として挙げられているのは、この遺産の価値が「いま続いている農業」だからです。羊の放牧が止まれば、石垣で囲われた牧野という景観が維持されません。

これらは湖水地方国立公園パートナーシップの構成員による土地管理の仕組みと、国立公園庁が運用する開発管理の仕組みで対処されるとされています。

真正性 — 弱点が書かれていない

真正性の節の書き方が、紅河ハニ族棚田群とはっきり違います。

UNESCO は湖水地方を「進化する文化的景観(evolving cultural landscape)」として扱い、顕著な普遍的価値は個々の属性だけでなく、13の構成する谷への属性の分布のしかたと、それらが組み合わさって生まれる土地利用の全体の型によって伝えられる、と書いています。

挙げられている鍵となる属性は、氷河が作った独特の自然景観/それを形づくってきた農牧と地場産業/あとから重ねられたヴィラ・庭園・整形庭園/そこから生まれた景観の調和した美しさ/芸術的創造と思想への刺激/観光と野外活動の早い起源といまも続く影響/保護運動が残した物理的な遺産です。

ここに「弱い」「失われつつある」という記述はありません。

紅河ハニ族棚田群の真正性の節は、材料が入手しにくいという弱点をはっきり書いていました。湖水地方の節は、何によって価値が伝えられるかを述べて終わります。

同じ「文化的景観」でも、真正性の節に書かれることは遺産ごとに違います。弱点が書かれていないことは「弱点が無い」ではなく、その節が何を述べるために使われているかの違いです。完全性の節では、湖水地方にも4つの危険が挙げられています。

誰が守っているか — 法は最高水準、土地の所有は分かれている

法の保護

1949年の国立公園及び田園地方へのアクセス法とその後の法令で指定された国立公園として、英国法で景観に与えられる最高水準の保護を受けています。区域内の多数の文化・自然の個別地点も、別に指定され法的に守られています。

所有が分かれている

所有・管理 割合
ナショナル・トラスト(所有・管理) 20%超
ナショナル・トラスト(法的な地役権による影響) さらに2%
国立公園庁 約4%
パートナーシップの他の構成員(林野委員会・ユナイテッド・ユーティリティーズ社など) 16%

合わせても過半に届きません。残りは民間の所有です。

これが「法の保護は最高水準」と並び立ちます。法で守ることと、土地を持っていることは別です。紅河ハニ族棚田群では国が指定し村の慣習法が実際に効いていましたが、湖水地方では民間の団体が最大の地主です。

管理の仕組み

湖水地方国立公園パートナーシップが世界遺産推薦を引き受け、世界遺産フォーラム(形式上はパートナーシップの小委員会)を通じて長期の管理が保証されるとされています。国立公園庁は世界遺産コーディネーターの職を設け、パートナーシップに代わって管理計画の実施を管理・監視します。管理計画は5年ごとに見直されます。

管理計画が扱う長期の課題として挙げられているのは、気候変動・開発の圧力・農業の慣行の変化と家畜の病気・観光です。

2級で押さえること

緩衝地帯が無い(本体229,205.19 ha・境界は1951年の国立公園そのまま)。真正性の節に弱点が書かれていない——「進化する文化的景観」として13の谷への属性の分布で価値を述べる形。法の保護は英国法で最高水準だが、土地はナショナル・トラスト20%超・国立公園庁約4%・他の構成員16%で、合わせても過半に届かない。完全性の危険に補助金の制度の変化が入るのは、価値が続く農業にあるため。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産が出てくるキーワード

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
文化的景観「文化的景観」が、その資産で何を決めているか「13の構成する谷への属性の分布のしかたと、それらが組み合わさって生まれる土地利用の全体の型」

いまのところ、この遺産が出てくるキーワードは1つです。ゼミの試作46本で数えた話で、公式テキストの分類ではありません。

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。このキーワードの練習では、ほかの参加記事と並べて読みます——同じ論点が、別の資産でどう書かれているかを見るためです。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:英国の湖水地方に緩衝地帯が設定されていない理由として、UNESCO の記述から読めるものは?

  1. 面積が229,205.19 ha と広大で、緩衝地帯を置く余地が無いため
  2. ナショナル・トラストの所有地が周囲を囲んでいるため
  3. 登録範囲の境界が1951年に指定された国立公園の境界そのもので、地形と自治体の区域をもとに引かれているため
  4. 英国法の国立公園の指定が周辺の開発をすべて禁じており、緩衝地帯を置かなくても見え方が法的に守られているため
正解と解説を開く

正解:3.登録範囲の境界が1951年に指定された国立公園の境界そのもので、地形と自治体の区域をもとに引かれているため

境界は1951年に指定された湖水地方国立公園の境界そのもので、地形と自治体の区域をもとに引かれています。放射状の谷がすべてこの中に収まっているため、完全性は本体の広さで満たされています。国立公園の指定は英国法で景観に与えられる最高水準の保護ですが、周辺の開発をすべて禁じるとは書かれていません。

確認2:英国の湖水地方の完全性で挙げられている危険に、「補助金の制度の変化」が入るのはなぜか。

  1. 価値の一部が、いまも続いている農牧の仕組みにあり、放牧が止まれば石垣で囲われた牧野という景観が維持されないため
  2. 国立公園庁の運営費が補助金でまかなわれているため
  3. ナショナル・トラストの所有地の維持費が補助金に依存しているため
  4. 世界遺産の登録そのものが補助金の交付条件になっており、制度が変わると登録の維持が難しくなるため。管理計画も補助金の制度に合わせて5年ごとに書き替えられている
正解と解説を開く

正解:1.価値の一部が、いまも続いている農牧の仕組みにあり、放牧が止まれば石垣で囲われた牧野という景観が維持されないため

湖水地方の価値は、ハードウィック種などの在来羊と共有地での放牧という1,000年以上続く農牧の仕組みを含みます。基準(v)は「いまも続いている土地利用」に対して認められています。補助金が変われば農業が続かず、景観が維持されません。完全性の危険はこのほかに、長期的な気候変動・農牧への経済的な圧力・観光による開発の圧力が挙げられています。

確認3:英国の湖水地方の土地の所有・管理について正しいものは?

  1. 国立公園庁が区域の大半を所有している
  2. ナショナル・トラストが区域の過半を所有している
  3. 英国法で最高水準の保護を受けているため、区域内の土地はすべて公的な所有に移されており、民間の所有地は無い。ナショナル・トラストも所有ではなく管理だけを担っている
  4. ナショナル・トラストが20%超を所有・管理し、国立公園庁は約4%で、パートナーシップの構成員を合わせても過半に届かない
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正解:4.ナショナル・トラストが20%超を所有・管理し、国立公園庁は約4%で、パートナーシップの構成員を合わせても過半に届かない

ナショナル・トラストが20%超を所有・管理し、さらに2%に法的な地役権で影響を持ちます。国立公園庁は約4%、林野委員会やユナイテッド・ユーティリティーズ社などパートナーシップの他の構成員が16%。合わせても過半に届かず、残りは民間の所有です。法で守ることと、土地を持っていることは別だと読めます。

確認4:英国の湖水地方と紅河ハニ族棚田群の真正性の節を読み比べたとき、言えることは?

  1. どちらの節も弱点を挙げていない
  2. 湖水地方の節は価値が何によって伝えられるかを述べて終わり、紅河は材料という弱点をはっきり挙げている
  3. どちらの節も同じ8つの属性を列挙している
  4. 湖水地方の節は弱点を挙げていないので、この遺産には完全性についても危険が挙げられていないと分かる。真正性と完全性はどちらも同じ8つの属性で判定される
正解と解説を開く

正解:2.湖水地方の節は価値が何によって伝えられるかを述べて終わり、紅河は材料という弱点をはっきり挙げている

湖水地方は「進化する文化的景観」として、13の構成する谷への属性の分布と、その組み合わせが生む土地利用の型によって価値が伝えられると述べて終わります。紅河は伝統的な家の材料が入手しにくいという弱点を明記します。弱点が書かれていないことは「弱点が無い」ではありません。湖水地方にも完全性の節で4つの危険(気候変動・経済的圧力・補助金の制度の変化・観光)が挙げられています。

参考資料

確認日:2026年10月26日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。