ネムルット・ダーの巨大墳墓

登録年
1987年
所在国
トルコ
登録区分
文化遺産
地域
アジア
登録基準
(i) (iii) (iv)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 「非公式の緩衝地帯」

トルコ南東部、東タウロス山脈のもっとも高い峰のひとつ。アディヤマン県。

本体 11 ha
緩衝地帯 一覧に行が無い(本文に「非公式の緩衝地帯」)
登録 1987年、基準 (i)(iii)(iv)
dossier 448
連続性資産 一覧に `Serial` の行が無い

「非公式の緩衝地帯として働く」区域

現在の詳細な地図の作成の後、この遺跡は見直され、その周囲は2008年にシャンルウルファ文化財保全地域協議会によって相互作用移行帯(Interaction Transition Zone)として指定された。最後に、非公式の緩衝地帯として働くこの帯域の境界が、文化資産の保全のために、2011年に同じ当局によって拡げられた。

`acts as an unofficial Buffer Zone`。公式の指定(相互作用移行帯)があり、それが「非公式の緩衝地帯」として働くと書かれます。これまで読んだ203件でここだけです。

遺産 緩衝地帯の代わりになっているもの
ネムルット・ダー448 相互作用移行帯(2008年指定・2011年拡大)が「非公式の緩衝地帯」として働く
エル・ビスカイノ554(39章) 陸と海の二つの「事実上の緩衝」
ファジル・ゲビ19(10章) 壁が「自然の境界」を与える
ゴレ島26 大西洋が約4 km の自然の緩衝地帯を与えている
ブリッゲン59(24章) 「緩衝地帯として機能する広大な区域」
シングヴェトリル1152 緩衝地帯ではないが「同等の保護」

「事実上」「自然の」「非公式の」「同等の」「機能する」は、それぞれ別の語です。語をそのまま写します。

自然公園は13,850 ha

国立公園法(第2873号)のもとで、ネムルット墳丘とほかの考古の区域を含む13.850 ha の区域が、1988年に自然公園と宣言された。

一次資料は `13.850 ha` と、桁区切りに点を使っています。13,850 ha と読めます(13.85 ha では本体11 ha を含む区域として成り立ちません)。27章のグリメトン1134 は小数点と桁区切りの混同で1000倍違いました。同じ型の表記です。

ヒエロテセイオン

トルコ南東部の東タウロス山脈のもっとも高い峰のひとつに冠して、ネムルット・ダーは、後期ヘレニズムのコンマゲネ王アンティオコス1世(紀元前69-34年)によって自らへの記念物として建てられたヒエロテセイオン(神殿墓であり神々の家)である。

「自らへの記念物として(as a monument to himself)」と書かれます。

何が立っているか — 三つのテラスと、握手の場面

墳丘と三つのテラス

直径145 m、高さ50 m の石の砕片の墳丘が、東、西、北の方向のテラスによって三方を囲まれている。二つの別々の古代の行列の道が東と西のテラスから放射する。

五体の巨像と、その頭

碑文によって神々と同定される五体の巨大な座った石灰岩の像が、東と西のテラスの上の段で墳丘から外を向いている。これらは、それぞれの端で一対の守護の動物の像——獅子と鷲——によって脇を固められている。

像の頭は下の段へ落ちてしまっており、そこには台座に載せられた二列の砂岩の石碑があり、それぞれの石碑の前に祭壇がある。

頭が落ちていることが、そのまま書かれます。直されたとも、戻す予定とも書かれていません。

父方と母方で、列が分かれる

列 中身
一方の列 アンティオコスの父方のペルシアの祖先の浮彫りの彫刻
もう一方の列 その母方のマケドニアの祖先

石碑の裏の碑文が系譜の結びつきを記録している。

四角い祭壇の台が東のテラスの東側に位置する。

西のテラスだけにあるもの

西のテラスには、ネムルットの特別の意義を代表する石碑の追加の列がある——握手の場面(デクシオシス)はアンティオコスが神と握手しているのを示し、そして獅子のホロスコープの石碑は崇拝の区域の建造の日付を示していると信じられている。

建造の日付が、ホロスコープ(星の配置)から推定されています。「示していると信じられている(believed to be indicating)」と、二重に限定が付きます。「建造の日付が分かっている」とは書きません。

北のテラスには、浮彫りも碑文も無い

北のテラスは長く、狭く、矩形の形で、一連の砂岩の台座を宿している。北のテラスの台座の近くに横たわる石碑には、浮彫りも碑文も無い。

無いことが書かれます。失われたとも、もともと無かったとも書かれていません。

技術

アンティオコス1世のヒエロテセイオンはヘレニズムの時期のもっとも野心的な建造のひとつである。その複雑な設計と巨大な規模が組み合わさって、古代世界に比肩するもののない事業を創り出した。高度に発達した技術が巨像とオルトスタット(石碑)を建てるために用いられ、この時期についてほかのどこにも同等のものが見つかっていない。

基準(i):……ネムルット・ダーの自然の遺跡の造景はヘレニズムの時期のもっとも巨大な企てのひとつである(用いられた石のブロックのいくつかは九トンまでの重さがある)。

基準(iii)(iv)

基準(iii):……アンティオコス1世はこの記念物において、父ミトリダテスによるダレイオスの子孫として、そして母ラオディケによるアレクサンドロスの子孫として代表されている。この半ば伝説の祖先は、東と西の両方の力から独立したままであろうとした王朝の野心を系譜の言葉に翻訳している。

基準(iv):カラクシュとエスキ・カフタの墓よりもなお、ネムルット・ダーの墳丘は、きわめて独自の万神殿の自由な混合を通じて、意義ある歴史の時期を例示している。ゼウスとオロマスデス(イランの神アフラマズダ)の同一視、ヘラクレスとアルタグネス(イランの神ウェラトラグナ)の同一視が、彫像と浅浮彫りにおけるギリシャ、ペルシア、アナトリアの美学の親密な混合にその芸術の等価物を見いだす。

基準(iv)が、資産に含まれないほかの墓(カラクシュとエスキ・カフタ)と比べて書かれます。比較の相手が世界遺産とは書かれていません。

完全性と真正性 — 研究と訪問者が、墳丘を低くした

境界が、儀礼の道の全体を含まない

重要なコンマゲネの崇拝の区域はいまも存在し、構造は元のものであり、その元の相互の関係はいまも観察され知覚されうる。資産の境界は墳丘と東、西、北のテラスを含むが、儀礼の道の全体の広がりを含まない。

境界が、価値を表す属性の一部を含まないと明記されます。しかも真正性の節は「ヒエロテセイオンへの元の儀礼の道は知られており、いまも今日の進入のために使われている」と書きます。使われているのに、境界の外です。

墳丘が低くなった。原因が三つ書かれる

資産の完全性へのもっとも大きな脅威は、深刻な季節と日々の気温の変化、凍結と融解の循環、風、雪の堆積、日射のような環境の条件によって引き起こされる材料の損傷である。

墳丘の高さは、風化、以前の統制されない研究の調査、訪問者による登攀のために、その推定される元の60 m からいまでは減っている。

原因 中身
風化 自然の条件
以前の統制されない研究の調査 調べる行為そのもの
訪問者による登攀 訪問者が登ること

研究の調査が、損傷の原因として名指しされる資産です。これまで読んだ203件でここだけです。

概要は「高さ50 m の墳丘」と書き、完全性は「推定される元の60 m からいまでは減っている」と書きます。50 m と60 m は食い違いではなく、いまと元の違いです。ただし60 m は「推定される(estimated)」なので、確かめられた値ではありません。

地震

さらに、ネムルットの資産は第一等の地震帯の内側に位置し、東アナトリア断層にきわめて近く、それは地震の活動がある。したがって、墳丘、彫像、石碑は地震に脆弱である。

真正性 — 「適度によく保存された状態」

ネムルット・ダーは、壮観な環境における記念碑的な彫刻の魅惑的な美しさを伴う、ヘレニズムの時期の唯一無二の芸術の達成のひとつとして、形、材料、設計の点でその真正性を保っている。それは適度によく保存された状態で生き残ってきた。

`It has survived in a moderately well-preserved state.`「適度に(moderately)」と、控えめな評語です。10章のエチミアジン1011 の「相応である(reasonable)」と同じ型です。

遺産 真正性の評語
ネムルット・ダー448 「適度によく保存された状態で生き残ってきた」
エチミアジン1011(10章) 教会の記念物は「相応である」
トロイア849 「真正性は高い」
ブトリント570 「1924年以来の仕事の質は高かった」
エピダウロス491 「古代世界の知られた劇場のあいだでもっとも真正なものの一つ」

評語の強さが資産によって違います。「真正性がある/ない」の二分にせず、語をそのまま写します。

誰が守っているか — 大学と組んで、計画は「完成と実施を要する」

法令が二つ

遺跡の文化の構成要素は、国家保全法第2863号と国立公園法第2873号のもとで保護されている。

国家保全法第2863号は、同じ章のトロイア849 と同じ法律です。

ネムルット墳丘は1986年に法第2863号のもとで第一等考古遺跡として登録された。

計画と、1:25000 の縮尺

これに関して、1:25000 の縮尺の「ネムルット山国立公園長期開発計画」が2002年に承認され、2009年と2011年に見直された。

計画の縮尺が書かれる資産です。しかもこれは国立公園の計画で、資産そのものの管理計画ではありません。

大学と組んだ事業

2006年8月に文化観光省と中東工科大学(METU)のあいだで署名された議定書とともに開始されたコンマゲネ・ネムルット保全開発計画(CNCDP)の枠組みのなかで、地質の研究、材料の研究、構造の分析が行われ、ブロックの材料の性質を同定し、石の劣化の仕組みを調べ、両立する(compatible)モルタルを調査し、適切な構造の介入を決めてきた。

大学が議定書で事業の相手になる資産です。10章のエチミアジン1011 は守る側に「関心を持つ人々」が並び、9章のサンティアゴ347 は大学がコンソルシオの構成員でした。ここは事業の協定の相手です。

構造は詳細に記録され、元の設計の考慮とすべての以前の介入を理解するために使われる復元構成(reconstitution)の研究が完了した。

「以前の介入を理解するため」の研究が完了したと書かれます。何が以前に行われたかを調べ直す作業です。

修復の計画と「限られた美的な適用」

区域でなされた建造材料の詳細な研究と構造の分析からのデータに基づいて、修復の事業が準備され、石の固定、構造の介入の定義、起こりうる危険を統制する予防の措置、そして侵食されたブロックへの限られた美的な適用を含む。それがヒエロテセイオンの元の設計の考慮のより良い知覚を許すだろう。

「限られた美的な適用(limited aesthetic applications)」という語が使われます。何をするかは書かれていないので、補いません。

実測図、復元(restitution)と修復の事業が2011年に地域協議会によって承認された。

管理計画は「完成と実施を要する」

コンマゲネ・ネムルット管理計画は完成と実施を要する。

一文だけです。どの段階かは「完成を要する」までで、起草中とも草案とも書かれていません。

訪問者センターは資産の外

2009年に、資産の外の二つの訪問者センターのための事業が準備された。一つはアディヤマンへの道の上に、もう一つはマラティヤへの道の上に。

資産の外に二つ、しかも別々の方向の道の上に置かれます。9章のサンティアゴ347 はガイアス山に建てて訪問者の流れを郊外へ振り向けました。ここは資産へ向かう二つの道に分けて置く形です。

一覧の下部

記載 中身
緩衝地帯 行が無い(本文に「非公式の緩衝地帯」)
`Serial` 行が無い
保存状況報告 記載なし
ほかの保全の仕組み 記載なし
タブ `Assistance` は無い

2級で押さえること

基準(i)(iii)(iv)、トルコ南東部・東タウロス山脈・アディヤマン県、本体11 ha、緩衝地帯と `Serial` の行は無い、1987年登録。2008年に相互作用移行帯として指定され2011年に拡げられた区域が「非公式の緩衝地帯として働く」と書かれる——203件でここだけ。国立公園法第2873号のもとで、ネムルット墳丘とほかの考古の区域を含む13,850 ha の区域が1988年に自然公園と宣言された(一次資料は `13.850 ha` と桁区切りに点を使う)。後期ヘレニズムのコンマゲネ王アンティオコス1世(紀元前69-34年)が「自らへの記念物として」建てたヒエロテセイオン(神殿墓であり神々の家)。直径145 m・高さ50 m の石の砕片の墳丘が東・西・北のテラスで三方を囲まれ、二つの古代の行列の道が東と西のテラスから放射する。五体の巨大な座った石灰岩の像が墳丘から外を向き、一対の守護の動物(獅子と鷲)が脇を固める。像の頭は下の段へ落ちている。台座に載せられた二列の砂岩の石碑は、一方が父方のペルシアの祖先、もう一方が母方のマケドニアの祖先で、裏の碑文が系譜の結びつきを記録する。西のテラスだけに握手の場面(デクシオシス)と獅子のホロスコープの石碑があり、後者は「崇拝の区域の建造の日付を示していると信じられている」(二重の限定)。北のテラスの石碑には浮彫りも碑文も無い。「高度に発達した技術」が巨像とオルトスタットに用いられ「この時期についてほかのどこにも同等のものが見つかっていない」。基準(i)は「用いられた石のブロックのいくつかは九トンまでの重さがある」。基準(iii)はアンティオコス1世を父ミトリダテスによるダレイオスの子孫、母ラオディケによるアレクサンドロスの子孫として代表し、この「半ば伝説の祖先」が「東と西の両方の力から独立したままであろうとした王朝の野心」を系譜の言葉に翻訳しているとする。基準(iv)は「カラクシュとエスキ・カフタの墓よりもなお」と、資産に含まれないほかの墓と比べて書かれる。ゼウスとオロマスデス(アフラマズダ)、ヘラクレスとアルタグネス(ウェラトラグナ)の同一視。完全性は「資産の境界は墳丘と東、西、北のテラスを含むが、儀礼の道の全体の広がりを含まない」と明記する(真正性は「元の儀礼の道は知られており、いまも今日の進入のために使われている」)。墳丘の高さは「風化、以前の統制されない研究の調査、訪問者による登攀のために、その推定される元の60 m からいまでは減っている」——研究の調査が損傷の原因に名指しされる資産は203件でここだけ。脅威は季節と日々の気温の変化・凍結と融解の循環・風・雪の堆積・日射、そして第一等の地震帯と東アナトリア断層。真正性は「それは適度によく保存された状態で生き残ってきた」(控えめな評語)。保護は国家保全法第2863号(トロイア849 と同じ)と国立公園法第2873号。1986年に第一等考古遺跡として登録。1:25000 の縮尺の「ネムルット山国立公園長期開発計画」が2002年承認、2009年と2011年に見直し(国立公園の計画)。2006年8月に文化観光省と中東工科大学(METU)が署名した議定書でコンマゲネ・ネムルット保全開発計画(CNCDP)が開始され、地質の研究・材料の研究・構造の分析が行われ、両立するモルタルを調査した。「以前の介入を理解するために使われる復元構成の研究」が完了。修復の事業は石の固定・構造の介入の定義・予防の措置・「侵食されたブロックへの限られた美的な適用」を含み、2011年に地域協議会が承認。「コンマゲネ・ネムルット管理計画は完成と実施を要する」の一文だけ。2009年に資産の外の二つの訪問者センターの事業が準備された(アディヤマンへの道とマラティヤへの道)。保存状況報告・ほかの保全の仕組みの記載なし、`Assistance` のタブも無い。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで4通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
古代文明何を「古さ」と「位置づけ」の根拠にしているか「東と西の両方の力から独立したままであろうとした王朝の野心」
聖山山を、一次資料がどんな役で書いているか「ヒエロテセイオン(神殿墓であり神々の家)」
学術関連「学術」が、価値の側と守る側のどちらに出るか「中東工科大学(METU)」
観光課題「多い=脅威」の一本道では書かれない「訪問者による登攀」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:ネムルット・ダー448 の緩衝地帯について、一次資料が書いていることは?

  1. 一覧に行が無く、本文にも緩衝地帯の記述が無い
  2. 一覧に13,850 ha と書かれている
  3. 一覧に行は無いが、2008年に相互作用移行帯として指定され2011年に拡げられた区域が「非公式の緩衝地帯として働く」と書かれる
  4. 一覧に行は無いが、1988年に宣言された自然公園がそのまま公式の緩衝地帯として登録され、2011年にその境界が拡げられたと書かれている
正解と解説を開く

正解:3.一覧に行は無いが、2008年に相互作用移行帯として指定され2011年に拡げられた区域が「非公式の緩衝地帯として働く」と書かれる

> 最後に、非公式の緩衝地帯として働くこの帯域の境界が、文化資産の保全のために、2011年に同じ当局によって拡げられた。公式の指定(相互作用移行帯、2008年)があり、それが「非公式の緩衝地帯」として働くと書かれます。203件でここだけです。13,850 ha は国立公園法のもとで1988年に宣言された自然公園の面積で、緩衝地帯として登録されたとは書かれていません。

確認2:ネムルット・ダー448 の墳丘の高さが減った原因として、一次資料が挙げているものは?

  1. 風化、以前の統制されない研究の調査、訪問者による登攀の三つ
  2. 地震と風化の二つ
  3. 原因は書かれていない
  4. 風化と訪問者による登攀の二つで、研究の調査は墳丘の保護に寄与したとされている
正解と解説を開く

正解:1.風化、以前の統制されない研究の調査、訪問者による登攀の三つ

> 墳丘の高さは、風化、以前の統制されない研究の調査、訪問者による登攀のために、その推定される元の60 m からいまでは減っている。研究の調査が損傷の原因として名指しされる資産は、これまで読んだ203件でここだけです。地震は別に「墳丘、彫像、石碑は地震に脆弱である」として書かれますが、高さが減った原因には挙げられていません。

確認3:ネムルット・ダー448 の資産の境界と儀礼の道の関係は?

  1. 境界は儀礼の道の全体を含んでいる
  2. 儀礼の道は失われており、どこを通っていたか分かっていない
  3. 境界は儀礼の道の全体の広がりを含まないが、その道は相互作用移行帯の内側にあるので十分に保護されていると書かれている
  4. 境界は墳丘と東、西、北のテラスを含むが儀礼の道の全体の広がりを含まず、その道はいまも今日の進入のために使われている
正解と解説を開く

正解:4.境界は墳丘と東、西、北のテラスを含むが儀礼の道の全体の広がりを含まず、その道はいまも今日の進入のために使われている

> 資産の境界は墳丘と東、西、北のテラスを含むが、儀礼の道の全体の広がりを含まない。真正性の節は「ヒエロテセイオンへの元の儀礼の道は知られており、いまも今日の進入のために使われている」と書きます。使われているのに、境界の外です。その道が緩衝地帯の中にあるとは書かれていません。書かれていないことを補いません。

確認4:ネムルット・ダー448 の獅子のホロスコープの石碑について、一次資料が書いていることは?

  1. 崇拝の区域の建造の日付を示している
  2. 崇拝の区域の建造の日付を示していると信じられている
  3. 建造の日付とは無関係の装飾であると書かれている
  4. 崇拝の区域の建造の日付を示していると信じられているが、中東工科大学の研究によってその日付が確定したと書かれている
正解と解説を開く

正解:2.崇拝の区域の建造の日付を示していると信じられている

> 獅子のホロスコープの石碑は崇拝の区域の建造の日付を示していると信じられている。「示していると信じられている(believed to be indicating)」と、二重に限定が付きます。「建造の日付が分かっている」とは書きません。METU と組んだ事業で行われたのは地質の研究、材料の研究、構造の分析で、日付の確定については書かれていません。

参考資料

確認日:2026年10月28日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。