オルホン渓谷の文化的景観

登録年
2004年
所在国
モンゴル
登録区分
文化遺産
地域
アジア
登録基準
(ii) (iii) (iv)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 遊牧が背骨

モンゴル中部、ウランバートルの南西約360 km。歴史あるオルホン川に沿う草原です。

本体 121,967 ha
緩衝地帯 61,044 ha
登録 2004年、基準 (ii)(iii)(iv)。推薦書は 1081rev

考古学的に豊かなオルホン川流域は、先史の起源から草原の自然景観と調和して進化し、この地域に固有の経済的・社会的・文化的な政体をもたらした継起的な遊牧文化の故郷でした。

何世紀にもわたって継起する遊牧帝国の主要な政治・交易・文化・宗教の活動の場であり、オルホン渓谷は文明の十字路として、広大なユーラシア大陸をまたいで東と西を結んだとされます。

人の居住の古さ

もっとも早い人の占有の証拠はモイルティン・アム(4万〜1万5千年前)と「オルホン-7」の遺跡からのもので、それらは渓谷が約6万2千〜5万8千年前に最初に人の住む場所になったことを示す。

その後、先史時代と青銅器時代を通じて継続して占有され、原史・初期歴史時代にはフン・テュルク系の人びと・ウイグル・契丹(キダン)、そして最後にモンゴルが継起して定住しました。

何が建っているか — 四つの時代が重なる

文化的な頂点において、資産は1220年にチンギス・ハーンが確立した広大なモンゴル帝国の大首都カラコルム(Kharakhorum)の場所でした。

遺構 時代
テュルクの記念の場 6〜7世紀
ウイグルの首都 ハル・バルガス(Khar Balgas) 8〜9世紀
モンゴル帝国の古都 カラコルム 13〜14世紀
エルデネ・ゾー——現存するモンゴル最古の仏教僧院
トゥブフン(Tuvkhun)の隠棲所、シャンフ(Shank)西僧院

これらの僧院は北伝仏教(Northern School of Buddhism)の広く行き渡った持続する宗教の伝統と文化的慣行の証であり、あらゆる生命の形への敬意をもって、この中央アジアの草原の独特な文化的景観の持続可能な管理の慣行を内に秘めているとされます。

基準 対象
(ii) 強く持続した遊牧文化が広範な交易網の発展と、大きな行政・商業・軍事・宗教の中心の創出へ導いたことを明らかに示す。これらの都市の中心が支えた帝国はアジアを越えヨーロッパまで社会に影響し、東と西の両方から影響を吸収した——真の人間的価値の交流
(iii) 過去2千年のオルホン渓谷の発展のすべてを支えてきたのは遊牧牧畜の強い文化。この文化はいまもモンゴル社会の崇敬された、まさに中心的な部分であり、景観と調和して生きる「高貴な」生き方として高く尊重されている
(iv) 人類史のいくつかの重要な段階を示す渓谷の際立った例。第一にモンゴル帝国の中心、第二にテュルクの力のモンゴル的な変奏、第三にエルデネ・ゾーとトゥブフンの隠棲僧院がモンゴル的な仏教の形の発展の舞台、第四にハル・バルガスがウイグル帝国の首都におけるウイグル都市文化を反映する

完全性 — 弱さが三つに分けて書かれている

資産はオルホン川をまたぎ、川は水と隠れ場を与えます。それが草原を越える古代の交易路の中継地としての役割と、広大な中央アジアの帝国の中心としての発展の鍵となる要件でした。

顕著な普遍的価値を表すのに必要なすべての要素が登録区域の境界内に含まれているとされます。

そのうえで、弱さが三つの文に分けて書かれています。

弱さ 中身
生態と牧畜の慣行 地下水位の低下(伐採と採掘に伴う)、水路の汚染、過放牧の影響に脆弱
視覚的完全性 近代の道・轍・送電線に脆弱
維持の不足 僧院の建物・都市の城壁・テュルクの墓の維持の不足が完全性に影響しうる

「生態」「視覚」「維持」の三方向から書かれています。

この章では、視覚的完全性がティムリチ・オヒンガ(1450・周囲の植生)、スレイマン・トー(1230・山への眺めと山からの眺め)でも問題になりました。オルホン渓谷は「道・轍・送電線」と具体的です。

真正性 — 土地の使い方が変わっていない

全体として、オルホン渓谷は継続する文化的景観として高い水準の真正性を保っており、中央アジアの遊牧牧畜の長く続く伝統を反映している。 土地の基本的な使い方は数世紀にわたって一貫しており、景観の考古学的な構成要素に悪影響を与えてこなかった——それらの真正性は個別にも集合的にも高いままである。

いくつかの近代の特徴が景観に突き出てきてはいるが、景観の使われ方はいまも本質的に伝統的に遊牧的であり、牧夫たちが季節の移牧で群れを連れて移動している。

草原の管理の牧畜的な体制と、遊牧の暮らしに結びついた継続する無形・有形の伝統が、資産の継続する真正性にとって不可分とされます。

メイマンド(1423)の真正性の弱点は「担う人が減っている」でした。オルホン渓谷は「いまも移牧が続いている」と書かれています。同じ遊牧/移牧の資産で、書かれ方が違います。

誰が守っているか — 牧畜を支えることが管理

保護管理の節の最初の一文が、この資産の要点です。

中央と地方の当局は、この文化的景観を管理する手段として牧畜を持続させることがいかに不可欠かを認識している。

「牧畜を続けさせること」が管理の手段です。バンディアガラ(516)の「地域共同体の福利を考慮することによってのみ保全されうる」、英国の湖水地方(422)の「補助金の制度の変化が完全性の危険」と同じ論点です。

法の層

根拠 中身
1992年に採択されたモンゴル憲法 各市民が健康で安全な環境に住む権利を持つ。さらに土地と天然資源は国の所有と国家の保護の対象となりうる
特別保護区域法(1994年)のもとの国会決議第43号 オルホン渓谷文化的景観の上部を含むハンガイ山脈の区域を国家特別保護区域と宣言し、1996年にハンガイ山岳公園を設立
特別保護区域緩衝地帯法(1997年) オルホン渓谷文化的景観の北部に「限定保護の地位」を与えた
指定 渓谷の五つの主要な遺跡が特別保護区域に指定され、20の歴史的な……(記述はここで続く)

憲法が環境に住む権利から書き起こされている点が特徴です。ナン・マドール(1503)は憲法が伝統的な首長の慣習上の利益を認めているでした。どちらも憲法に根拠がありますが、向きが違います。

2級で押さえること

遊牧牧畜が2千年の発展すべての背骨で、基準(iii)はそれがいまもモンゴル社会の中心的な部分であり「高貴な」生き方として尊重されていることに対して認められている。四つの時代が重なる(6-7世紀テュルクの記念の場/8-9世紀ウイグルのハル・バルガス/13-14世紀モンゴルのカラコルム/エルデネ・ゾーは現存するモンゴル最古の仏教僧院)。完全性の弱さが三方向に分けて書かれている——生態(地下水位の低下・採掘・過放牧)/視覚(近代の道・轍・送電線)/維持の不足。真正性は土地の基本的な使い方が数世紀一貫しており、いまも季節の移牧が続いていること(メイマンドの「担う人が減っている」と対照的)。管理の手段は「牧畜を持続させること」と最初に書かれている。1992年の憲法が「健康で安全な環境に住む権利」から書き起こされている。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産が出てくるキーワード

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
道の遺産道そのものか、道沿いの施設か、道が残した跡か「草原を越える古代の交易路」

いまのところ、この遺産が出てくるキーワードは1つです。ゼミの試作46本で数えた話で、公式テキストの分類ではありません。

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。このキーワードの練習では、ほかの参加記事と並べて読みます——同じ論点が、別の資産でどう書かれているかを見るためです。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:オルホン渓谷の文化的景観の完全性で、弱さはどのように書かれているか。

  1. 弱さは書かれていない
  2. 採掘による地下水位の低下だけが挙げられている
  3. 生態と牧畜の慣行、視覚的完全性、維持の不足という三方向に分けて書かれている
  4. 生態と牧畜の慣行、視覚的完全性、維持の不足の三つが挙げられているが、いずれも将来の脅威として予想されているにとどまる
正解と解説を開く

正解:3.生態と牧畜の慣行、視覚的完全性、維持の不足という三方向に分けて書かれている

三つの文に分けて書かれています。生態と牧畜の慣行は地下水位の低下(伐採と採掘に伴う)・水路の汚染・過放牧に脆弱。視覚的完全性は近代の道・轍・送電線に脆弱。僧院の建物・都市の城壁・テュルクの墓の維持の不足が完全性に影響しうる。いずれもすでに脆弱である/影響しうるという書き方で、将来の予想にとどまるものではありません。

確認2:オルホン渓谷の文化的景観の保護管理の節が、最初に述べていることは?

  1. 中央と地方の当局が、この文化的景観を管理する手段として牧畜を持続させることがいかに不可欠かを認識していること
  2. 1992年のモンゴル憲法が環境に住む権利を定めていること
  3. 1996年にハンガイ山岳公園が設立されたこと
  4. 五つの主要な遺跡が特別保護区域に指定されており、渓谷の北部には限定保護の地位が与えられ、20の歴史的な遺跡も指定されていること
正解と解説を開く

正解:1.中央と地方の当局が、この文化的景観を管理する手段として牧畜を持続させることがいかに不可欠かを認識していること

> 中央と地方の当局は、この文化的景観を管理する手段として牧畜を持続させることがいかに不可欠かを認識している。「牧畜を続けさせること」が管理の手段です。バンディアガラ516 の「地域共同体の福利を考慮することによってのみ保全されうる」、英国の湖水地方422 の「補助金の制度の変化が完全性の危険」と同じ論点です。憲法・公園の設立・遺跡の指定は、そのあとに続く法の層の説明です。

確認3:オルホン渓谷の文化的景観に重なる時代として正しいものは?

  1. 青銅器時代の墓群と13〜14世紀のカラコルムの二つだけ
  2. 13〜14世紀のカラコルムのみ
  3. 6〜7世紀のテュルクの記念の場、8〜9世紀のウイグルの首都、13〜14世紀のカラコルムに加え、17世紀の清朝の行政の中心
  4. 6〜7世紀のテュルクの記念の場、8〜9世紀のウイグルの首都ハル・バルガス、13〜14世紀のモンゴルの首都カラコルム
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正解:4.6〜7世紀のテュルクの記念の場、8〜9世紀のウイグルの首都ハル・バルガス、13〜14世紀のモンゴルの首都カラコルム

重なっているのは6〜7世紀のテュルクの記念の場、8〜9世紀のウイグルの首都ハル・バルガス、13〜14世紀のモンゴル帝国の古都カラコルム、そして現存するモンゴル最古の仏教僧院エルデネ・ゾー、トゥブフンの隠棲所、シャンフ西僧院です。カラコルムは1220年にチンギス・ハーンが確立したモンゴル帝国の大首都でした。清朝の行政の中心についての記述はありません。

確認4:オルホン渓谷の文化的景観の真正性について、UNESCO の記述に合うものは?

  1. 遊牧の慣行は失われ、考古遺構だけが真正性を保っている
  2. 土地の基本的な使い方が数世紀にわたって一貫しており、いまも牧夫が季節の移牧で群れを連れて移動している
  3. 近代の特徴が突き出たため真正性は低い水準にある
  4. 土地の基本的な使い方は数世紀一貫しているが、季節の移牧はすでに行われておらず、定住の牧畜に移っている
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正解:2.土地の基本的な使い方が数世紀にわたって一貫しており、いまも牧夫が季節の移牧で群れを連れて移動している

> 土地の基本的な使い方は数世紀にわたって一貫しており、景観の考古学的な構成要素に悪影響を与えてこなかった。> いくつかの近代の特徴が景観に突き出てきてはいるが、景観の使われ方はいまも本質的に伝統的に遊牧的であり、牧夫たちが季節の移牧で群れを連れて移動している。全体として高い水準の真正性を保っているとされます。メイマンド1423 の真正性の弱点が「担う人が減っている」だったのと対照的です。

参考資料

確認日:2026年10月26日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

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