アケメネス朝ペルシアの都の跡です。(i)(iii)(vi)の三つで登録されていて、(vi)の中身が少し変わっています。
UNESCO の説明から
イラン南西部、クーヘ・ラフマト(慈悲の山)のふもとにある遺跡です。紀元前518年ごろ、アケメネス朝の王ダレイオス1世がテラスを築き始めました。半分は自然の地形、半分は人の手でつくられた13haのテラスの上に、歴代の王が宮殿を建てていきました。
三代の王が建てた
ダレイオス1世(前522〜前486年)、その子クセルクセス1世(前486〜前465年)、その孫アルタクセルクセス1世(前465〜前424年)。三代にわたって建てられたため、一つの時代を切り取った遺産ではありません。謁見の間アパダナと、百柱の間(王座の間)が中心にあります。
(i) — つくりそのものの壮大さ
(i)は「人間の創造的才能を表す傑作」。UNESCO が挙げるのは、二重の階段、さまざまな高さに刻まれた浮彫りの帯、アッシリア風の門、巨大な有翼の牡牛像、大広間の跡です。屋根を軽くする工夫や木の使い方まで評価されています。
(iii) — 古代文明の、他に類のない証拠
(iii)は「文化的伝統や文明の、ある時期を伝える証拠」。UNESCO は、この遺跡を他に同じものがない古代文明の証拠だとしています。縄文遺跡群の(iii)が農耕前の定住を証言していたのと、同じ形の読み方です。
(vi) — 王権そのものとの結びつき
(vi)は「出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術・文学的作品と直接または明白に関連するもの」。ペルセポリスの(vi)は変わっています。UNESCO は、このテラスがアケメネス朝の王権そのものの姿であり続けていると書きます。怪物を倒す者として、また担がれた王座の上の者として、王の似姿が繰り返し現れる場所だ、という説明です。原爆ドームは出来事、法隆寺は宗教の伝来、日光は一族の歴史、ル・コルビュジエは思想。ここは王権という考え方です。
覚えておきたいこと
- 1979年・イラン・文化遺産・登録基準(i)(iii)(vi)
- 紀元前518年ごろ、ダレイオス1世がテラスを築き始めた。13ha
- (vi)は王権そのものとの結びつき。王の似姿が繰り返し現れる
オリジナル確認問題
答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。
確認1:ペルセポリスのテラスについての説明として正しいものは?
- 岩山をすべて削り出してつくられた
- 半分は自然の地形、半分は人の手でつくられた
- 湖の上に杭を打って築かれた
- 地下を掘り下げてつくられた
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正解:2.半分は自然の地形、半分は人の手でつくられた
紀元前518年ごろ、ダレイオス1世が築き始めました。13haの広さがあります。
確認2:ペルセポリスが三代の王にわたって建てられたことから分かることは?
- 建てるのに失敗して何度もやり直したということ
- 王が代わるたびに建物を壊していたということ
- 一つの時代を切り取った遺産ではないということ
- 完成までに千年以上かかったということ
正解と解説を開く
正解:3.一つの時代を切り取った遺産ではないということ
ダレイオス1世、クセルクセス1世、アルタクセルクセス1世の三代です。
確認3:ペルセポリスの登録基準(vi)が結びついているものは?
- ゾロアスター教が生まれた出来事
- アレクサンドロス大王による征服
- シルク・ロードの交易
- アケメネス朝の王権そのもの
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正解:4.アケメネス朝の王権そのもの
UNESCO は、テラスが王権そのものの姿であり続けていると書きます。王の似姿が繰り返し現れる場所だ、という説明です。
確認4:(vi)の使われ方として、ペルセポリスが当てはまるものは?
- 王権という考え方との結びつき
- ある一族の歴史との結びつき
- 起きた出来事との結びつき
- 宗教が伝わった時期との結びつき
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正解:1.王権という考え方との結びつき
原爆ドームは出来事、法隆寺は宗教の伝来、日光は一族の歴史、ル・コルビュジエは思想。(vi)はひとつの意味ではありません。
参考資料
- UNESCO 世界遺産一覧 114 Persepolis(2026-10-03 取得)
- 英語で読んでみよう!日本語訳(3級)第5版。遺産名と掲載ページ46件(2026-10-02 取得)
- 世界遺産検定 受検の目安(2026-10-01 取得)
確認日:2026年10月2日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。