ポンペイ、エルコラーノ、トッレ・アヌンツィアータの考古地区

登録年
1997年
所在国
イタリア
登録区分
文化遺産
地域
ヨーロッパ
登録基準
(iii) (iv) (v)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 軽微な範囲変更の年が二つ

イタリア、ヴェスヴィオ山の周辺。

本体 98.05 ha(本文は「98 ha」)
緩衝地帯 1,788.79 ha(本体の約18.2倍)
登録 1997年
軽微な範囲変更 2023年・2026年(一覧に年が二つ並ぶ)
基準 (iii)(iv)(v)
dossier 829ter(三度目)
連続性資産 はい(Serial: yes)。三つの考古の区域
保存状況報告 9年分(2011〜2026年)
境界データ GIS のデータ未受領の注記がある
ほかの保全の仕組み 生物圏保存地域1要素——ソンマ=ヴェスヴィオとミリオ・ドーロ

軽微な範囲変更の年が二つ並ぶ

一覧には「Minor boundary modification inscribed year: 2023, 2026」と二つの年が並んでいます。

これまで読んだ129件では、軽微な範囲変更の年は一つだけでした。

遺産 軽微な範囲変更の年
ポンペイ829 2023年・2026年(二つ)
ヒマー1619(16章) 2024年
ヴェゼール渓谷85(16章) 2023年
マルタの巨石神殿群132(16章) 2015年
プレチニクの作品群1643(8章) 2023年
ダマスカス20(11章) 2011年

dossier が `ter`(三度目)なのと整合しています。

三つの考古の区域

区域 含まれるもの
ポンペイ 古代の町+秘儀荘(ポンペイの西)
エルコラーノ 古代の町+パピルス荘(エルコラーノの西)
トッレ・アヌンツィアータ 別荘A(ポッパエアの別荘)と別荘B(ルキウス・クラッシウス・テルティウスの別荘)

噴火

ヴェスヴィオが79年に噴火したとき、それはポンペイとエルコラーノという二つの栄えていたローマの町と、区域の多くの富裕な田園の別荘を飲み込んだ。

町 何に埋もれたか
ポンペイ 大部分が厚い火山灰とラピリの層
エルコラーノ 火砕サージと火砕流の下に消えた

埋もれ方が書き分けられています。

この違いが保存の違いを生みました——エルコラーノは「町を埋めた火砕物のおかげで、上階の注目すべき保全を伴うより高い水準の保存を示す」。有機物はしばしば高温で炭化し、例外的に保存された発見物には食物・建築の要素・木の家具のような日常の物が含まれる。

登録されていない部分がある

これらの遺跡は18世紀半ば以来次々に発掘され、公衆に近づけるようにされてきた。

エルコラーノの大部分は、まだ近代の町の下

しかしながら、エルコラーノの場合には、古代の町の広い区域がいまも近代の町の下に横たわっており、18世紀のトンネルの網によってのみ探査され測量されてきた——その網がグランド・ツアーの訪問者の注意を引き、今日もエルコラーノの地下の古代の劇場を訪れるための基礎である。

これらの区域は、ほとんど現在、世界遺産資産に含まれていない。

「含まれていない」と明記されています。

24章で記録した `_part_of_a_whole`(これが全部ではない)の系統です。

遺産 登録されていない部分
ポンペイ829 エルコラーノの古代の町の広い区域はいまも近代の町の下にあり、ほとんど資産に含まれていない
ヴェゼール渓谷85(16章) 地域に147(または150超)あるが、登録されているのは15件
メディナ・アサーラ1560(11章) 遺跡の10%だけが発掘されている(登録範囲の中の話)
ラバト1401(11章) アルモハード朝カリフの大首都の事業の唯一現存する部分

完全性の改善方法が具体的に書かれる

資産の三つの部分は、その顕著な普遍的価値を表す属性を含むのに十分な大きさである——エルコラーノを除いて。そこでは、劇場と、近代のエルコラーノの下にいまも横たわるもっとも意義ある公共の記念物を伴う古代の町の最大の部分を、軽微な境界変更を通じて資産の中に含めることによって、完全性が改善されるだろう。

「軽微な境界変更を通じて含めれば完全性が改善されるだろう」と、方法まで書かれる資産は、これまで読んだ129件でここだけです。

一覧には2023年と2026年の軽微な範囲変更があります。本文が将来形のまま残っているとも読めますが、節に年が付いていないので、どの時点の記述かは分かりません。ゼミは、本文の将来形と一覧の年を並べて記録します。

ポンペイの数値

発掘された区域 44 ha
位置づけ 古代ローマの都市の完全な姿を与える世界で唯一の考古遺跡

「世界で唯一」と書かれています。

何が残ったか — 落書き、蝋板、パピルス、鋳型

落書き

ポンペイの特別な特徴は、その壁の落書きの豊かさである。 噴火の時点で選挙が迫っており、多くの政治のスローガンが壁に書きなぐられていた——より個人的な性質のもの、しばしば中傷的なものも。

「選挙が迫っていた」ことが書かれる資産は、これまで読んだ129件でここだけです。

エルコラーノの文書

見つかったもの 数
蝋板 何百も。一部は法的文書を保っている
パピルスの巻物 1,800を超える。ギリシア哲学のテキストを含み、パピルス荘で見つかった

ポンペイとエルコラーノで利用できる多様な範囲の文学の典拠は、これらの古代の都市の最後の数十年の姿と、社会的に複雑で動的な共同体の像を与えており、1世紀のローマ社会における典型的な生き方と、政治と私的な生活における文書の重要性への例外的な証拠を表している。

「文書の重要性」が価値として書かれています。

人の遺存と鋳型

ポンペイは早い考古学の実験を目にした——火山の物質の中に見つかった空洞に石膏が注がれ、それが人と動物の犠牲者と、ほかの有機の物質の形の鋳型を作ることを可能にした。

他方、エルコラーノでは、約300の骨格が古代の海岸線沿いで発見された。

鋳型自身が重要な資源である——それらは骨の遺存と、19世紀と20世紀の考古の実践の証拠の両方を含んでいるので。

「鋳型が、考古の実践の証拠でもある」と書かれる資産は、これまで読んだ129件でここだけです。

「野外博物館」

20世紀のもう一つの重要な遺産は、エルコラーノを「野外博物館」として公衆に提示したことであり、おそらくヨーロッパ最初のもので、考古の証拠に基づいて再建された建物と、考古遺跡の中での元の物の展示を伴っていた。 この「野外博物館」の考えは、19世紀末にポンペイの一部の建物でもすでに採られていた——古代の空間の意味を伝える媒体として。

「おそらくヨーロッパ最初」です。断定ではありません。

11章のカイロ89 は「歴史的カイロを野外博物館として枠づける」でした。ポンペイ829 は実際に行われたことの記録です。

地震への応答

所有者の変わる事情に応じて、これらの建物には時を越えて多くの変更があった。これには、79年の噴火に先立つ地震の出来事への応答であった修理と調整が含まれ、変わる環境と経済の条件とともに生きる共同体を映している。

「噴火の前の地震への応答」が書かれています。

誰が守っているか — 来訪者数が数値で書かれる

真正性 — 1980年代より前の修復

最初の発見以来、発掘・保全・固め・修復・維持の作業が、さまざまな強度でこれらの遺跡の顕著な遺構に実施されてきた。 遺跡は、過去二世紀にわたる考古の実践、保全の技術、提示への取り組みの進化を示している。

再建の水準と、1980年代より前の修復で活用されたコンクリートと鋼のような材料の使用は、今日では違う扱いをされるだろう。より永続的な技術と材料が次々に導入されてきた。

これらの初期の修復は、場合によってそれ自身の歴史の意義を持つと論じられうる——それらが都市の規模での全体の一貫性に寄与するときには守られるべきである——1950年代に頂点にあったエルコラーノのアメデオ・マイウリの野外博物館の場合のように。

「過去の修復がそれ自身の歴史の意義を持つ」と書かれる例です。

16章のヒマー1619 の「古代の再敲打は真正性の一部と考えられうる」と同系統です。どちらも「論じられうる」「考えられうる」で、断定ではありません。

21世紀の転換

21世紀における保全の取り組みの全般の転換が真正性を優先している——単一の建物に集中するのではなく、保全の取り組みは古代の町の区域全体(一つまたは複数のインスラからなる)に焦点を合わせ、そうしてより調整された均質な結果を達している。

「インスラ」はローマの街区です。

法と重なる保護

仕組み 中身
過去の1939年法1089 → 2004年以降は立法令42/2004(「文化遺産・景観法典」) —
1929年6月10日の政令 ポンペイの遺跡の周界を保護する
立法令42/2004 環境の法令として、この保護をより広い区域へ拡張した
ヴェスヴィオ山の高リスク地帯の開発制限とより広い地域領域計画 エルコラーノで、古代の都市の大部分が近代の町の下にあるところに追加の保護を与える
ヴェスヴィオ国立公園 より広い環境の追加の保護の層
MAB 生物圏指定 さらなる調整を促す枠組み

六つの仕組みが重なっています。

遺跡の周りの近代の町の中のすべての建物と発掘の作業は、関連する遺産の当局によって承認されなければならない。

二つの自律的な機関

三つの構成要素は国有であり、直近の周囲の区域とともに、ポンペイ考古公園(トッレ・アヌンツィアータの別荘も監督する)とエルコラーノ考古公園——最近設立された二つの自律的な機関——によって管理されている。 それらは、決定を遺跡そのものへより近づけようとする、より広い省の改革の一部である。

「決定を遺跡そのものへ近づける」という言い方です。

来訪者数

これらの在地の遺産の当局には、技術/科学(考古学者、建築家、修復家)、保安、受付の職員が含まれる。 遺跡での年間の来訪者数は250万を超える(そのうち半分が外国人の訪問者と推定される)。

来訪者数が数値で書かれる資産は限られています。

遺産 来訪者
ポンペイ829 年間250万超。半分が外国人と推定
サンギラン593(16章) 四つのクラスターすべてを訪れるには1日を超える時間を要するだろう
ジャイプール1605(8章) 増加する観光客の数

二つの事業

事業 中身
エルコラーノ保全プロジェクト 主要な官民連携。2001年以来、エルコラーノでの保全と遺跡の管理と向上を形づくってきた
「グランデ・プロジェット・ポンペイ」 2012年に欧州連合と始めた、おおよそ5年の事業。ほかのことに加えて、ポンペイのもっとも高いリスクの区域の建物を安定させ保全した

管理計画

新しい管理計画が、2014年に世界遺産センターへ検討のため提出された。 この管理計画の策定は、既存の措置に加えて、資産の構成要素の環境における開発を規制し統制する規定を同定し実施するための重要な道具であることをすでに証明してきた。

「すでに証明してきた」と書かれています。

2級で押さえること

基準(iii)(iv)(v)、本体98.05 ha(本文は「98 ha」)・緩衝1,788.79 ha(約18.2倍)、1997年登録・軽微な範囲変更が2023年と2026年の二つ(一覧に年が二つ並ぶのはこれまで読んだ129件でここだけ。dossier が `829ter`=三度目なのと整合)、連続性資産(Serial: yes)で三つの考古の区域、保存状況報告9年分、GIS データ未受領、生物圏保存地域1要素(ソンマ=ヴェスヴィオとミリオ・ドーロ)。三つの区域——ポンペイ(古代の町+秘儀荘)/エルコラーノ(古代の町+パピルス荘)/トッレ・アヌンツィアータ(別荘Aポッパエアの別荘と別荘Bルキウス・クラッシウス・テルティウスの別荘)。79年の噴火で、ポンペイは大部分が厚い火山灰とラピリの層、エルコラーノは火砕サージと火砕流の下に消えた——埋もれ方の違いが保存の違いを生み、エルコラーノは火砕物のおかげで上階の注目すべき保全を伴うより高い水準の保存を示し、有機物はしばしば高温で炭化して、食物・建築の要素・木の家具が例外的に保存された。18世紀半ば以来、次々に発掘され公衆に近づけるようにされてきた。エルコラーノの古代の町の広い区域はいまも近代の町の下にあり、18世紀のトンネルの網でのみ探査・測量されてきた(その網がグランド・ツアーの訪問者の注意を引き、今日も地下の古代の劇場を訪れるための基礎)。これらの区域は「ほとんど現在、世界遺産資産に含まれていない」。完全性の改善方法が具体的に書かれる——「劇場と、近代のエルコラーノの下にいまも横たわるもっとも意義ある公共の記念物を伴う古代の町の最大の部分を、軽微な境界変更を通じて資産の中に含めることによって、完全性が改善されるだろう」——方法まで書かれるのは129件でここだけ。一覧に2023年と2026年の軽微な範囲変更があるので、本文の将来形と一覧の年を並べて記録する(節に年が付いていないので、どの時点の記述かは分からない)。ポンペイの発掘された区域は44 ha で、「古代ローマの都市の完全な姿を与える世界で唯一の考古遺跡」。ポンペイの特別な特徴は壁の落書きの豊かさで、噴火の時点で選挙が迫っており、多くの政治のスローガンが壁に書きなぐられていた(より個人的で、しばしば中傷的なものも)。エルコラーノでは何百もの蝋板(一部は法的文書)と、パピルス荘で1,800を超えるパピルスの巻物(ギリシア哲学のテキスト)が見つかった。「1世紀のローマ社会における典型的な生き方と、政治と私的な生活における文書の重要性への例外的な証拠」。ポンペイは「早い考古学の実験」を目にした——火山の物質の空洞に石膏が注がれ、人と動物の犠牲者の鋳型を作ることを可能にした。鋳型自身が「骨の遺存と、19世紀と20世紀の考古の実践の証拠の両方」を含むので重要な資源。エルコラーノでは約300の骨格が古代の海岸線沿いで発見された。エルコラーノを「野外博物館」として公衆に提示したことは「おそらくヨーロッパ最初」(断定ではない)で、この考えは19世紀末にポンペイの一部の建物でもすでに採られていた。79年の噴火に先立つ地震の出来事への応答であった修理と調整も記録されている。真正性で「1980年代より前の修復で活用されたコンクリートと鋼のような材料の使用は、今日では違う扱いをされるだろう」としながら、「これらの初期の修復は、場合によってそれ自身の歴史の意義を持つと論じられうる」(1950年代に頂点にあったアメデオ・マイウリの野外博物館)——16章のヒマー1619 と同系統で、どちらも断定ではない。21世紀の保全の転換が真正性を優先し、単一の建物ではなく古代の町の区域全体(一つまたは複数のインスラ)に焦点を合わせている。六つの仕組みが重なる——1939年法1089→立法令42/2004・1929年6月10日の政令・立法令42/2004 による拡張・ヴェスヴィオ山の高リスク地帯の開発制限と地域領域計画・ヴェスヴィオ国立公園・MAB 生物圏指定。三つの構成要素は国有で、ポンペイ考古公園(トッレ・アヌンツィアータの別荘も監督)とエルコラーノ考古公園の「最近設立された二つの自律的な機関」が管理し、それは「決定を遺跡そのものへより近づけようとする、より広い省の改革の一部」。年間の来訪者数は250万を超える(半分が外国人と推定)。エルコラーノ保全プロジェクト(2001年以来の官民連携)と「グランデ・プロジェット・ポンペイ」(2012年に欧州連合と始めた約5年の事業)。新しい管理計画が2014年に世界遺産センターへ検討のため提出され、その策定は「重要な道具であることをすでに証明してきた」。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで3通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
文学文学が、価値のどこに入るか「多様な範囲の文学の典拠」
火山火山が、その資産でどの向きで働いているか「エルコラーノは火砕物のおかげで上階の注目すべき保全を伴うより高い水準の保存を示し」
観光課題「多い=脅威」の一本道では書かれない「250万を超える」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:ポンペイの一覧の軽微な範囲変更について、UNESCO のページに合うものは?

  1. 2023年と2026年の二つの年が並んでいる
  2. 2023年の一つだけである
  3. 軽微な範囲変更の記載は無い
  4. 2023年と2026年の二つの年が並んでおり、それはほかの資産でもよく見られる形である
正解と解説を開く

正解:1.2023年と2026年の二つの年が並んでいる

一覧には「Minor boundary modification inscribed year: 2023, 2026」と二つの年が並んでいます。これまで読んだ129件では、軽微な範囲変更の年は一つだけでした。dossier が `829ter`(三度目)なのと整合しています。

確認2:エルコラーノの古代の町について、UNESCO の記述に合うものは?

  1. 古代の町の全体が世界遺産資産に含まれている
  2. エルコラーノについての記述は無い
  3. 広い区域がいまも近代の町の下にあり、それらの区域はほとんど現在、世界遺産資産に含まれていない
  4. 広い区域がいまも近代の町の下にあって、それらの区域は資産に含まれておらず、まだ探査も測量もされていない
正解と解説を開く

正解:3.広い区域がいまも近代の町の下にあり、それらの区域はほとんど現在、世界遺産資産に含まれていない

探査と測量はされています——「18世紀のトンネルの網によってのみ探査され測量されてきた」(その網がグランド・ツアーの訪問者の注意を引き、今日も地下の古代の劇場を訪れるための基礎です)。「これらの区域は、ほとんど現在、世界遺産資産に含まれていない」と明記されます。24章の「これが全部ではない」の系統です。

確認3:ポンペイの完全性に書かれている、これまで読んだ132件でここだけの記述は?

  1. すべての属性が資産の境界の中にある
  2. 完全性についての記述は無い
  3. エルコラーノで劇場と古代の町の最大の部分を「軽微な境界変更を通じて」資産に含める方法が書かれており、その変更はすでにすべて完了している
  4. エルコラーノで劇場と古代の町の最大の部分を「軽微な境界変更を通じて」資産に含めれば完全性が改善されるだろう、と方法まで書かれている
正解と解説を開く

正解:4.エルコラーノで劇場と古代の町の最大の部分を「軽微な境界変更を通じて」資産に含めれば完全性が改善されるだろう、と方法まで書かれている

> 資産の三つの部分は……十分な大きさである——エルコラーノを除いて。そこでは、劇場と……古代の町の最大の部分を、軽微な境界変更を通じて資産の中に含めることによって、完全性が改善されるだろう。完了したとは書かれていません。一覧にはその後の軽微な範囲変更が記載されているので、本文の将来形と一覧の記載を並べて記録します(節に年が付いていないので、どの時点の記述かは分かりません)。

確認4:ポンペイの真正性で、1980年代より前の修復についてどう書かれているか?

  1. 初期の修復はすべて取り除かれるべきだとされている
  2. コンクリートと鋼のような材料の使用は今日では違う扱いをされるだろうが、初期の修復は場合によってそれ自身の歴史の意義を持つと論じられうる
  3. 初期の修復についての記述は無い
  4. コンクリートと鋼のような材料の使用は今日では違う扱いをされるだろうとされ、初期の修復は場合によってもそれ自身の歴史の意義を持つとは認められていない
正解と解説を開く

正解:2.コンクリートと鋼のような材料の使用は今日では違う扱いをされるだろうが、初期の修復は場合によってそれ自身の歴史の意義を持つと論じられうる

> これらの初期の修復は、場合によってそれ自身の歴史の意義を持つと論じられうる——それらが都市の規模での全体の一貫性に寄与するときには守られるべきである——1950年代に頂点にあったエルコラーノのアメデオ・マイウリの野外博物館の場合のように。取り除くべきとは書かれていません。16章のヒマー1619 の「古代の再敲打は真正性の一部と考えられうる」と同系統で、どちらも断定ではありません。

参考資料

確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。