基本を学ぶ
どこにあり、何が登録されたのか
エクアドルの首都。アンデスの中に孤立し、ピチンチャ火山の斜面に沿って広がり、パネシージョとイチンビアの丘に境されるとされます。
| 本体 | 70.43 ha |
|---|---|
| 緩衝地帯 | 375.25 ha |
| 登録 | 1978年、基準 (ii)(iv) |
本体70.43 ha は、これまで読んだ資産ではシギショアラ902(33 ha)、シンガポール植物園1483(49 ha)、ポルト755(51 ha)に次ぐ小ささです。緩衝地帯は本体の約5.3倍。
標高が二通り出てくる
| 出どころ | 標高 |
|---|---|
| 説明文(Description) | 2,850 m |
| 顕著な普遍的価値(Brief synthesis) | 2,818 m |
同じ市の標高が二つ書かれています。どちらが誤りだと決めつけることはできないので、ゼミは両方を記録に残します。
シエナ717 の170/107 ha、大ジンバブエ364 の約80/約800/722 ha、キューバのコーヒー農園1008 の登録基準の表記と同じ扱いです。
創設
1534年にスペイン人によって、インカの都市の廃墟の上に創設されたキトは、スペイン領アメリカのもっとも広大でもっともよく保存された歴史地区の一つを誇らしく所有している。
説明文は「16世紀に創設」と書いており、顕著な普遍的価値は「1534年」と年を特定しています。
キト・バロック派 — 五つの伝統の融合
市はキト・バロック派(Escuela Quitena)の注目すべき例を与えている——それは先住とヨーロッパの芸術の伝統を一つに引き合わせ、スペイン領アメリカの普遍的美術への最大の貢献を与えたものとして名高い。
説明文はもっと具体的で、サン・フランシスコとサント・ドミンゴの修道院、ラ・コンパニーアの教会とイエズス会学院が、その豊かな内装とともに「キト・バロック派」の純粋な例であり、それはスペイン・イタリア・ムーア・フランドル・先住の美術の融合だとしています。
五つの伝統が名前で挙げられています。
この美術の頂点は真の霊的な城塞によって代表されるとされ、主なものとしてサン・フランシスコ、サン・ドミンゴ、サン・アウグスティン、ラ・コンパニーア、ラ・メルセー、グアプルコの聖所、サン・ディエゴのレコレタが挙げられます。
これらは建築の視点からの芸術的な価値だけでなく、その装飾の要素(祭壇画・絵画・彫刻)についても認知されている。
基準(ii)は、キト・バロック派の影響が文化の領域、とくに美術——建築・彫刻・絵画——において、アウディエンシアのすべての都市、さらには近隣のアウディエンシアの都市においてさえ認知されたことに対して認められています。
基準(iv) — 人と自然が出会う調和
市は、自然と人が一つに引き合わされて唯一無二の超越的な作品を作る調和したまとまりをなす。
基準(iv)はこれをキトは、人と自然の働きが一つに引き合わされて、その種において唯一無二の超越的な作品を作る、独自の(sui generis)調和をなしていると書いています。
地形に合わせた
植民者たちは、彼らを取り巻く現実に芸術的な感性を適応させることを知っており、きわめて複雑な地形の環境のなかに建築を築いた。それにもかかわらず、建築家たちはまとまりに様式的・容積的な調和を与えることができた。
| 都市の形 |
|---|
| 元来の計画に基づく都市の道筋 |
| 中央と二次の広場 |
| 碁盤目の街路 |
| 方位の基本点に合わせられている |
市の中心には修道院と教会、そして住宅(1階または2階建てで、一つまたは複数のパティオを持つ)があり、ふつうは土の煉瓦で建てられ漆喰で覆われ、記念碑的なものと簡素で厳格なものを組み合わせているとされます。
市はアウディエンシア・デ・キトの首都の称号に高められ、村と町への政治的な指導と保護者としての統制を引き受けた。これは社会経済的な発展を形づくる段階への最大の表象であり、その独特な有形・無形の遺産を通して表される真の国民的な特質の創造者だとされます。
完全性と真正性 — 1734年の図と比べられる
完全性
顕著な普遍的価値の基礎となる属性の大多数が存在し無傷とされます。歴史地区は元来の配置を保存し、新しい建造は植民地時代の中心の外に建てられてきたとされます。
実際、1734年にディオニシオ・アルセド・イ・エレーラが設計したキトの最初の図に基づくと、街路・街区・広場の元来の計画が——ごく稀な例外を除いて——今日見られるものと同じであることに気づく。
292年前の図と比べられるという書き方です。
歴史の過程で市に影響した数多くの地震にもかかわらず、市はラテンアメリカのすべてのなかでもっとも改変の少ない歴史地区を保存している——キト大都市圏の市当局とエクアドル政府の協調した行動のおかげで。
説明文は1917年の地震を挙げています。麗江811 は1996年2月3日の大地震にもかかわらず明清の配置を保ったと書かれていました。
真正性
一般に、都市計画とその景観への統合は完全に本物(entirely authentic)と考えられうる——元来の総称的な形が改変されないまま残り、プラサ・マヨール(中央広場)がごく少ない変化で有機的に発展してきたため。
伝統的な職の保存、古来の知識を持つ職人の寄与、そして地元の材料(石・石灰・泥・木)の使用が、異なる建築の構成要素とその装飾の要素の重要な特徴を維持することを可能にしている。
ジェンネ116 の真正性が「土が特権的な材料」で、技法の伝承が「バレイ同業組合」に委ねられていました。キトは「伝統的な職の保存」と「地元の材料」です。同じ考え方が別の言葉で書かれています。
誰が守っているか — 承認を待っている法がある
法
| 法 | 状態 |
|---|---|
| 国の憲法 | |
| 文化遺産のための法と規則 | |
| 領域組織・自治・分権法(COTAD) | |
| 文化法 | 承認を待っている(awaiting approval) |
「承認を待っている法」が保護の一覧に挙がっています。
この章と前の章では、法や計画が未完成の例がいくつもありました——紅河1111(管理計画が法的承認を経ていない)、バッティール1492(村議会が最終化中)、メイマンド1423(登録のうえで法的に保護されると理解されている)、ナン・マドール1503(法案が成立見込み)。キトは「法そのものが承認待ち」です。
国立文化遺産研究所(INPC)は、文化遺産の保護と保全のような権限を地方政府に委任しつつ、統制の権利を留保している。
管理の道具
キト大都市圏自治体が使える管理の道具は——領域都市開発計画、キト歴史地区のための特別計画、そして年次の運用計画。
これらは領域住宅局が計画し、その実施は大都市圏自治体が、自治体の文化局、大都市圏文化研究所(旧・文化遺産保全基金)を通じて責任を負うとされます。
2級で押さえること
同じ市の標高が二通り出てくる——説明文2,850 m、顕著な普遍的価値2,818 m(両方を記録に残す)。1534年にスペイン人がインカの都市の廃墟の上に創設(説明文は「16世紀」、顕著な普遍的価値は年を特定)。キト・バロック派(Escuela Quitena)はスペイン・イタリア・ムーア・フランドル・先住の五つの伝統の融合で、スペイン領アメリカの普遍的美術への最大の貢献とされる。完全性は1734年のディオニシオ・アルセド・イ・エレーラの図と比べて、街路・街区・広場の元来の計画がごく稀な例外を除いて今日と同じと書かれている。数多くの地震にもかかわらずラテンアメリカでもっとも改変の少ない歴史地区(市当局と政府の協調した行動のおかげ)。真正性は「完全に本物」とされ、伝統的な職の保存・古来の知識を持つ職人・地元の材料(石・石灰・泥・木)が支える。保護の一覧に「承認を待っている文化法」が挙がっている。本体70.43 ha・緩衝375.25 ha(約5.3倍)。
準1級
準1級向けに理解を深める
準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。
この遺産は、準1級のキーワードで2通りに出てきます
| キーワード | このキーワードで見るもの | 本文の手がかり |
|---|---|---|
| 歴史上の人物 | 人の名が、その資産でどんな働きをしているか | 「1734年にディオニシオ・アルセド・イ・エレーラが設計したキトの最初の図」 |
| ヨーロッパの建築 | 様式の名が、移った先でどう変わるか | 「キト・バロック派(Escuela Quitena)の注目すべき例」 |
準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。
キーワードで練習する
級別の確認問題
2級 確認問題
答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。
確認1:キトの市街の標高について、UNESCO のページの記述に合うものは?
- どちらも2,850 m で一致している
- どちらも2,818 m で一致している
- 説明文は2,850 m、顕著な普遍的価値は2,818 m と二通り出てきて、ページ下部の一覧には2,834 m と書かれている
- 説明文は2,850 m、顕著な普遍的価値は2,818 m と二通り出てくる
正解と解説を開く
正解:4.説明文は2,850 m、顕著な普遍的価値は2,818 m と二通り出てくる
説明文は2,850 m、顕著な普遍的価値は2,818 m です。ページ下部の一覧に標高の記載はありません。どちらが誤りだと決めつけることはできないので、ゼミは両方を記録に残します。シエナ717 の170/107 ha、大ジンバブエ364 の約80/約800/722 ha と同じ扱いです。
確認2:キト・バロック派(Escuela Quitena)について、説明文が挙げている融合の内容は?
- スペインと先住の美術の融合のみ
- スペイン・イタリア・ムーア・フランドル・先住の美術の融合
- イタリアとフランドルの美術の融合のみ
- スペイン・イタリア・ムーア・フランドル・先住の美術の融合で、さらにポルトガルとインカの様式も取り込んでいる
正解と解説を開く
正解:2.スペイン・イタリア・ムーア・フランドル・先住の美術の融合
説明文は、サン・フランシスコとサント・ドミンゴの修道院、ラ・コンパニーアの教会とイエズス会学院が「キト・バロック派」の純粋な例であり、それはスペイン・イタリア・ムーア・フランドル・先住の美術の融合だとしています。五つの伝統が名前で挙げられています。ポルトガルとインカの様式についての記述はありません。
確認3:キトの市街の完全性で、元来の都市計画が今日と同じであることを確かめる手がかりとされているものは?
- 1534年の創設時の記録
- 1917年の地震の前の写真
- 1734年にディオニシオ・アルセド・イ・エレーラが設計したキトの最初の図
- 1734年にディオニシオ・アルセド・イ・エレーラが設計したキトの最初の図と、1917年の地震の前に作られた都市の模型
正解と解説を開く
正解:3.1734年にディオニシオ・アルセド・イ・エレーラが設計したキトの最初の図
> 実際、1734年にディオニシオ・アルセド・イ・エレーラが設計したキトの最初の図に基づくと、街路・街区・広場の元来の計画が——ごく稀な例外を除いて——今日見られるものと同じであることに気づく。模型や写真についての記述はありません。1917年の地震は説明文に出てきますが、完全性の節は「数多くの地震にもかかわらず」と一般に書いています。
確認4:キトの市街の保護の法の一覧について、UNESCO の記述に合うものは?
- 文化法が承認を待っている状態であることが明記されている
- すべての法が整備済みである
- 文化遺産についての法は存在しない
- 文化法が承認を待っている状態であり、領域組織・自治・分権法(COTAD)も審議中であると明記されている
正解と解説を開く
正解:1.文化法が承認を待っている状態であることが明記されている
保護の一覧には国の憲法、文化遺産のための法と規則、領域組織・自治・分権法(COTAD)、そして承認を待っている文化法が挙げられています。COTAD は審議中とは書かれていません。「承認を待っている法」が保護の一覧に挙がっているのがこの資産の特徴で、紅河1111 の「管理計画が法的承認を経ていない」などと同じ型の読みどころです。
参考資料
確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。