サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)

登録年
1985年
所在国
スペイン
登録区分
文化遺産
地域
ヨーロッパ
登録基準
(i) (ii) (vi)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 森の中の忘れられた墓

スペインの北西のはて、ガリシア。

本体 107.59 ha
緩衝地帯 216.88 ha(本体の約2.02倍)
登録 1985年、基準 (i)(ii)(vi)
dossier 347
連続性資産 はい(Serial: yes)

始まりは「光を見た」という話

9世紀の初め、ペラギウスという名の隠者が、森の真ん中で忘れられていたローマの墓の上に不思議な光が輝いているのを見た。ほどなく、信じがたい知らせがキリスト教世界の全体に広がった——イエス・キリストの愛された使徒、大ヤコブの墓が、イベリア半島の北西、`finis terrae`、知られた地の果てに近い遠い場所で見つかった、と。

一次資料は「墓が見つかった」とは書かず、「見つかったという知らせが広がった」と書きます。光を見た話も「見た(saw)」と書かれます。ゼミは、一次資料がどこまでを事実として書いているかに合わせます。

道が町を作り、町が道を作った

数年のうちに、この場所は名高い巡礼の町、キリスト教のもっとも重要なもののひとつになった。巡礼者はヨーロッパのいたるところからカミノ・デ・サンティアゴをたどって、聖なる墓の周りに生まれた市に達し、周囲の地域に大きな影響を及ぼした。これは、墓を訪れに来た数千の巡礼者に応じるためにカミノの近くに建てられた小さな町、教会、施療院、修道院に証される。

ガリシアは北欧のサガにおいて `Jakobsland` としてさえ知られていた。

23章(大航海時代とキリスト教の海外布教)までは、キリスト教が外へ出ていく話でした。ここでは逆に、ヨーロッパの各地から人が集まってきます。

イスラムとの関係

この名高い巡礼地はまた、イスラムに対するスペインのキリスト教徒の闘いにおける象徴にもなった。10世紀の末にムスリムによって破壊され、次の世紀に完全に再建された。

破壊と再建の年は書かれません。「10世紀の末」「次の世紀」までです。

登録された二つの部分

サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街は、郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院とともに、卓越した記念物の並外れた総体をなしている。

一覧は `Serial: yes` と書きますが、顕著な普遍的価値の本文に「連続性資産」の語はありません。本文は「旧市街と、郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院」という二つの部分を書くだけです。23章のゴア234 は逆で、一覧に `Serial` の記載が無いのに本文が「連続性資産」と書いていました。一覧と本文のどちらに書かれているかを分けて記録します。

旧市街の広場と狭い街路には、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック、新古典主義の建物が含まれる。この町は調和して非常によく保存された歴史の市であるだけでなく、信仰に深く染められた場所でもある。

基準三つ — 「ロマネスクの傑作」と「都市の本物の象徴」は別の建物ではない

基準(i) — 空間ではなく「歴史の中心」

ロマネスク美術の世界に名高い傑作である大聖堂の周りに、サンティアゴ・デ・コンポステーラは、キリスト教の最大の聖なる市のひとつとして知られる貴重な歴史の中心を保存している。中世から現代までのすべてのヨーロッパの文化と芸術の潮流が、サンティアゴ・デ・コンポステーラに並外れた芸術作品を残した。

基準(ii) — ロマネスクとバロックの二つの時期

ロマネスクとバロックの両方の時期に、サンティアゴ・デ・コンポステーラの聖域は、ガリシアだけでなく、イベリア半島の北部においても、建築と美術の発展に決定的な影響を及ぼした。

「ロマネスクとバロックの両方の時期」と、時期が二つ名指しされます。一つの様式の資産ではありません。

基準(vi) — ホタテ貝と巡礼者の杖

サンティアゴ・デ・コンポステーラは、中世史の主要な主題のひとつと結びついている。北海とバルト海の岸から、ホタテ貝の象徴と巡礼者の杖を携えた数千の巡礼者が、幾世紀にもわたって、サンティアゴ・デ・コンポステーラの道、まさしく信仰の道に沿ってガリシアの聖域へ歩いた。

13章では10件のうち6件に基準(vi)が付いていませんでした。ここでは付いていて、しかも中身は「道を歩いた人」そのものです。

ロマネスクの傑作と、バロックの「本物の象徴」

大聖堂は、ロマネスク建築の傑作とみなされ、中世の彫刻の宝石である名高い栄光の門(ポルティコ・デ・ラ・グロリア)を保っている。しかしながら、市の本物の象徴は大聖堂のバロックの西のファサードであり、それが世界でもっとも美しい都市の区域のひとつ、オブラドイロ広場の一辺をなしている。

同じ大聖堂について、「ロマネスク建築の傑作」と「市の本物の象徴はバロックの西のファサード」が一続きに書かれます。別の建物ではなく、同じ建物の別の部分です。`However`(しかしながら)で接がれているので、一次資料は二つを並べたうえで、象徴のほうをバロックに置いています。

巡礼は「終わった事実」ではない

巡礼の現象は、関連する歴史の事実であるだけでなく、聖年の祝いのおかげで継続する動きでもある。

「継続する動き(a continuous movement)」と書かれます。聖年の祝いがその理由として挙げられます。

完全性と真正性 — 概数と実数の違いは食い違いではない

完全性 — 本文の面積は概数

資産は108 ha を包含し、217 ha の緩衝地帯を伴う。

一覧 完全性の節
本体 107.59 ha 108 ha
緩衝地帯 216.88 ha 217 ha

どちらも四捨五入で説明がつくので、これは食い違いとして扱いません。大ジンバブエ364 の約80/約800/722 ha やグアナフアト482 の190/2,167.5 ha のような説明のつかない食い違いと、同じ扱いにしないためです。

サンティアゴ・デ・コンポステーラは、記念物と、民間と宗教の建築の総体をなす建物の完全性を保存してきた保存の政策のおかげで、大きくは、顕著な保存の状態を示している。

中世からの要素が、ルネサンスからのもの、ならびに17世紀と18世紀の建造物とともに、質の高い都市の織物へ統合されている。

「住める、生きている場所」

旧市街は、住民と商いが観光と共存する、住める、生きのよい場所である。都市の開発は、緑のガリシアの野が歴史の市に接する自然の空間を尊重してきた。この点で、資産は都市の総体、歴史的な樫の林、そして開けた緑の空間を統合している。

7章(歴史地区と旧市街)で読んだ資産のいくつかは、住民の減少や観光化が完全性の弱点として書かれていました。ここでは共存が肯定的に書かれます。ただし、この同じ観光が保護管理の節では圧力として書かれます(次の節)。の形です。

真正性 — 木のガレリアと、石・木・鉄

その歴史を通じて、サンティアゴ・デ・コンポステーラはさまざまな影響を受け、旧市街はこれらの異なる様式と潮流を在地の伝統と統合してきた。この混合の結果が、典型的な木のガレリアと、石、木、鉄のような伝統的な材料を伴う元のガリシアの建築が、ヨーロッパと普遍の美術の歴史を横切る壮麗な巡りをなす大きな記念物と結びつく、ひとつの市である。

真正性の節は短く、脅威も課題も書かれません。「真正性が高い」という評語も、年代も、交換の周期もありません。の逆で、評価だけで止まる節です。評価だけであることを「問題が無い」とは読みません。

誰が守っているか — 1991年のコンソルシオと、観光を郊外へ振り向ける

大司教区と大学が一緒に入る組織

サンティアゴ・デ・コンポステーラの保存は、1991年に創設され、国、地域、在地の公的な行政、ならびに大司教区と大学によって構成されるサンティアゴ・デ・コンポステーラ・コンソルシオの責任である。

宗教の当局(大司教区)と教育の機関(大学)が、国・地域・市と同じ組織の構成員として並ぶ資産です。

遺産 教会との関係
サンティアゴ347 大司教区が、国・地域・在地の行政と大学とともにコンソルシオを構成する
バレッタ131(22章) 宗教文化遺産委員会が同じ権限を持ち、文化遺産監督官は教会財産に管轄権を持たない
ラヴェンナ788(20章) 教区の Opera di Religione が記念物の一部の所有者で、管理委員会に代表される
アトランティダの教会1612(21章) 司教区と修道女会が所有し、所有を司教区に集める措置が進行中

「所有している」「管理に参加している」「組織を構成している」「管轄が及ばない」は別のことです。

住居と商いの両方に補助を出す

創設以来、コンソルシオは記念物と公共空間の重要な修復の仕事を行い、歴史の中心の伝統的な活動を保存するために、住居と商いの構内の両方について、再生の事業に補助を与え実施してきた。それはまた、市の市庁とガリシアの自治政府によって行われる保存の行為も支援する。

保存の対象が建物だけでなく「伝統的な活動」で、そのために商店にも補助が出ます。

規制の枠組みは一つの計画

保存と管理の行為を可能にする規制の枠組みは、サンティアゴ・デ・コンポステーラ市の保護と再生のための特別計画に規定されている。

法令の名ではなく計画の名が規制の枠組みとして挙げられます。

観光の圧力と、流れを振り向ける建物

管理の課題の点では、サンティアゴ・デ・コンポステーラは大量観光の圧力に直面しており、それが大聖堂の周りの過密を生み、伝統的な商いの活動における変化を引き起こしている。

観光の提供を多様化し、訪問者の流れを市の郊外へ振り向けることに向けた行為が着手されてきた——たとえば、サンティアゴ・デ・コンポステーラの歴史の中心の近く、ガイアス山の上に地域政府によって建てられた近代の複合、ガリシア文化都市(シウダー・デ・ラ・クルトゥーラ・デ・ガリシア)の建設によって。

資産の外に新しい建物を建てて訪問者を分散させることが、対策として書かれます。の対策は、入場制限や予約だけではありません。

将来形で終わる

将来においては、旧市街の伝統的な商いの活動を保存するため、また建物と記念物の保存の政策、ならびに劣化した空間の回復を支えるため、サンティアゴ・デ・コンポステーラ市の保護と再生のための特別計画において、適応の変更が予見される必要があるだろう。

の形です。「変更された」とは書き換えません。

一覧の下部

記載 中身
保存状況報告 1年分(1993年)
ほかの保全の仕組み 2003年無形文化遺産保護条約 1要素——「ポルトガル・ガリシア国境の無形文化遺産:Ponte…nas ondas! によって作られた保全のモデル」

無形文化遺産条約の要素が挙がるのは、ケルン大聖堂292(20章)・バレッタ131(22章)・天日塩生産所203(27章)に続いて四つ目です。要素の中身は毎回違い、ここでは「国境をまたぐ保全のモデル」そのものです。

2級で押さえること

基準(i)(ii)(vi)、スペイン・ガリシア、本体107.59 ha・緩衝216.88 ha(約2.02倍)、1985年登録、一覧は `Serial: yes`。9世紀の初め、ペラギウスという名の隠者が、森の真ん中で忘れられていたローマの墓の上に不思議な光が輝いているのを見た——一次資料は「大ヤコブの墓が見つかったという知らせが広がった」と書く。ガリシアは北欧のサガで `Jakobsland` としてさえ知られていた。イスラムに対するスペインのキリスト教徒の闘いにおける象徴にもなり、10世紀の末にムスリムによって破壊され、次の世紀に完全に再建された(年は書かれない)。登録は旧市街と、郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院で、一覧は `Serial: yes` だが本文に「連続性資産」の語は無い(23章のゴア234 は逆)。基準(ii)は「ロマネスクとバロックの両方の時期」と時期を二つ名指しする。基準(vi)は「ホタテ貝の象徴と巡礼者の杖を携えた数千の巡礼者」。大聖堂は「ロマネスク建築の傑作」で名高い栄光の門を保つが、「市の本物の象徴は大聖堂のバロックの西のファサード」で、それがオブラドイロ広場の一辺をなす。巡礼は「聖年の祝いのおかげで継続する動き」。完全性の節の108 ha/217 ha は一覧の107.59/216.88 の四捨五入で、食い違いとして扱わない。「旧市街は、住民と商いが観光と共存する、住める、生きのよい場所」で、資産は都市の総体、歴史的な樫の林、開けた緑の空間を統合する。真正性は「典型的な木のガレリアと、石、木、鉄のような伝統的な材料」で、評価だけで脅威を書かない。保存は1991年創設のサンティアゴ・デ・コンポステーラ・コンソルシオの責任で、国・地域・在地の行政に加えて大司教区と大学が構成員。住居と商いの構内の両方に再生の補助を出し、伝統的な活動の保存を目的とする。規制の枠組みは「市の保護と再生のための特別計画」(法令の名ではない)。大量観光の圧力が大聖堂の周りの過密と伝統的な商いの変化を引き起こし、ガイアス山のガリシア文化都市の建設によって訪問者の流れを郊外へ振り向ける。特別計画における適応の変更は将来形。一覧下部は保存状況報告1年分(1993年)と、無形文化遺産条約1要素(ポルトガル・ガリシア国境の保全のモデル)。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで4通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
道の遺産道そのものか、道沿いの施設か、道が残した跡か「カミノ・デ・サンティアゴ」
ヨーロッパの建築様式の名が、移った先でどう変わるか「ロマネスクとバロックの両方の時期に」
旧市街「どこまでが旧市街か」を、何が引いているか「本文は「旧市街と、郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院」という二つの部分を書くだけです。」
観光課題「多い=脅威」の一本道では書かれない「ガイアス山」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:サンティアゴ・デ・コンポステーラの面積が、一覧では107.59 ha・216.88 ha、完全性の節では108 ha・217 ha と書かれている。これをどう扱うか?

  1. 四捨五入で説明がつくので食い違いとして扱わず、一覧の値を使う
  2. 一覧と本文で説明のつかない食い違いなので、両方を並べて記録する
  3. 完全性の節のほうが新しいので、108 ha と217 ha を正とする
  4. 一覧の値と本文の値の平均を取り、107.8 ha と216.9 ha として記録する
正解と解説を開く

正解:1.四捨五入で説明がつくので食い違いとして扱わず、一覧の値を使う

一覧107.59 ha/216.88 ha と、完全性の節の108 ha/217 ha は、どちらも四捨五入で説明がつきます。ゼミは概数と実数の違いを食い違いとして扱いません(ナハニ24・ホローケー401・ラパ・ヌイ715 と同じ扱い)。説明のつかない食い違い(大ジンバブエ364 の約80/約800/722 ha、グアナフアト482 の190/2,167.5 ha)とは分けて記録します。

確認2:サンティアゴ・デ・コンポステーラ347 の一覧の `Serial: yes` と、顕著な普遍的価値の本文の関係は?

  1. 一覧と本文の両方が「連続性資産」と書いている
  2. 一覧は `Serial: yes` と書くが、本文に「連続性資産」の語は無く、旧市街と郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院という二つの部分が書かれる
  3. 一覧に `Serial` の記載が無いのに、本文だけが「連続性資産」と書いている
  4. 一覧は `Serial: yes` と書くが、本文は旧市街だけを挙げており、郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院は緩衝地帯の中にあって資産には含まれていないと明記されている
正解と解説を開く

正解:2.一覧は `Serial: yes` と書くが、本文に「連続性資産」の語は無く、旧市街と郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院という二つの部分が書かれる

> サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街は、郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院とともに、卓越した記念物の並外れた総体をなしている。本文に「連続性資産」の語はありません。23章のゴア234 は逆で、一覧に `Serial` の記載が無いのに本文が「連続性資産」と書いていました。一覧と本文のどちらに書かれているかを分けて記録します。

確認3:サンティアゴ・デ・コンポステーラ347 の一次資料が、「市の本物の象徴(the authentic symbol of the city)」としているものは?

  1. 中世の彫刻の宝石である栄光の門(ポルティコ・デ・ラ・グロリア)
  2. 郊外のサンタ・マリア・デ・コンショ修道院
  3. 大聖堂のバロックの西のファサードで、それがオブラドイロ広場の一辺をなす
  4. 大聖堂のロマネスクの構造そのもので、バロックのファサードは18世紀の付加として真正性を損なうものとされている
正解と解説を開く

正解:3.大聖堂のバロックの西のファサードで、それがオブラドイロ広場の一辺をなす

> 大聖堂は、ロマネスク建築の傑作とみなされ、中世の彫刻の宝石である名高い栄光の門を保っている。しかしながら、市の本物の象徴は大聖堂のバロックの西のファサードであり、それが世界でもっとも美しい都市の区域のひとつ、オブラドイロ広場の一辺をなしている。別の建物ではなく、同じ大聖堂の別の部分です。`However`(しかしながら)で接がれているので、一次資料は二つを並べたうえで象徴のほうをバロックに置いています。

確認4:サンティアゴ・デ・コンポステーラ347 の保護管理の節が、大量観光の圧力への行為として挙げているものは?

  1. 大聖堂への入場を予約制にし、1日あたりの訪問者数に上限を設けること
  2. 旧市街の商店を住居に戻し、観光に関わる商いを緩衝地帯の外へ移すこと
  3. 巡礼路の利用を聖年に限り、ほかの年は旧市街への車の進入を全面的に禁じて歩行者だけの区域にし、過密を解消すること
  4. 観光の提供を多様化し、ガイアス山のガリシア文化都市の建設によって訪問者の流れを市の郊外へ振り向けること
正解と解説を開く

正解:4.観光の提供を多様化し、ガイアス山のガリシア文化都市の建設によって訪問者の流れを市の郊外へ振り向けること

> 観光の提供を多様化し、訪問者の流れを市の郊外へ振り向けることに向けた行為が着手されてきた——たとえば……ガイアス山の上に地域政府によって建てられた近代の複合、ガリシア文化都市の建設によって。資産の外に新しい建物を建てて訪問者を分散させることが対策として書かれます。入場制限や予約の記述はありません。

参考資料

確認日:2026年10月28日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。