ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観

登録年
1988年
所在国
フランス
登録区分
文化遺産
地域
ヨーロッパ
登録基準
(ii) (iv)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 1988年の登録に2017年の拡張

フランス、ライン川の古い河床の上。グラン・ディル(大きな島=歴史的中心)とヌースタット(新市街)です。

本体 183 ha
緩衝地帯 708 ha(本体の約3.87倍)
登録 1988年、基準 (ii)(iv)=2つ
重要な境界の変更 2017年
dossier 495bis
保存状況報告 1年分(2000年)
ほかの保全の仕組み 1つの仕組み / 1要素——2003年無形文化遺産保護条約(「ヨーロッパにおける大聖堂建築工房(Bauhütten)の工芸技術と慣習的な実践、ノウハウ、伝達、知識の発展と革新」)
`Activities` 2件(世界遺産都市プログラム/「ストラスブールの世界遺産管理計画における自然の考慮」)
訳のある言語 5つ(英・仏・アラビア・西・蘭)。日本語が無い

拡張で名前が変わった

1988年に登録された部分 グラン・ディル——「大聖堂の周りに構造化されたストラスブールの歴史的中心」
2017年の拡張 ヌースタット——「ドイツの行政のもとで(1871-1918年)構想され建てられた新市街」

ページの動画の題は「Strasbourg – Grande île」で、いまのページの題は「Strasbourg, Grande-Île and Neustadt」です。拡張とともに資産の名前が変わり、旧名が動画の題に残っていると読めます。

書籍の名前は「ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観」で、ページの題より長いです。どちらも同じ資産を指すので食い違いにはしませんが、ゼミの見出しは書籍の表記を使い、ページの題を引くときはそのまま写します。

日本語の説明文が無い

訳のある言語は5つで、33章で読んだ資産(8言語)より少なく、日本語がありません。日本語名は UNESCO の日本語ページに頼れないので、書籍の表記を正とします。

二つの文化が名指しされる — フランスとゲルマン

この章は「混ざり合う文化」の章なので、一次資料がどの文化の名を挙げているかを記事ごとに記録します。

名指される文化 フランスとゲルマン(French and Germanic)
概要の位置づけ 「ライン地方ヨーロッパ(Rhineland Europe)に特徴的な都市の総体」
中心 大聖堂——「ゴシック美術の主要な傑作」

フランスとゲルマンの影響が、ヨーロッパ史の主要な意義ある時代を映す構築物を組み合わせた特定の都市空間の構成を可能にしてきた——ローマの古代、中世とライン地方のルネサンス、フランス18世紀の古典主義、そして近代の都市、新しいドイツ国家の首都と象徴の出現を見た19世紀と20世紀初頭。

基準(ii) — 大聖堂はプラハにも着想を得ている

大聖堂 「東方のロマネスク美術とフランス王国のゴシック美術に影響され、とくに尖塔の建設についてプラハにも着想を得ている」。「ゴシック美術を東へ運ぶ媒体として働いた模型である」
ヌースタット 「オスマン的(Haussmannian)影響によって鍛えられた近代都市であり、都市計画の模型でもあり、カミッロ・ジッテの理論を体現する」

基準(ii)の文に、別の都市(プラハ)と、人の名(カミッロ・ジッテ)と、別の都市改造の名(オスマン)が並びます。影響の向きは「東方とフランスから大聖堂へ」「大聖堂からさらに東へ」の両方が書かれます。一方向ではありません。

基準(iv) — 身分が三度変わった

時期 書かれていること
15世紀から17世紀後期 ルネサンス様式の私邸が「中世の都市の織物に、古代の元の織物を尊重するしかたで統合され」、「ライン地方の住居建築の唯一の総体」をなす。「際立ったゴシックの大聖堂と切り離せない」
18世紀 フランス古典建築が優勢に。王の建築家ロベール・ド・コットが建てたロアン宮がその例
1871年以降 野心的な都市計画事業によって町の顔が深く変えられ、「19世紀と20世紀の変わり目に現れつつあった技術の進歩と衛生主義の方針を象徴する近代の機能的な都市」が出現

都市の総体の私的・公的な建物は、町の身分が神聖ローマ帝国の自由都市からフランス王国の自由都市へ、そして地域の首都になるという政治・社会・文化の変化を証す。

「どちらの文化のものか」ではなく「どちらの影響も受けた建物が並ぶ」という書き方です。

完全性と真正性 — 建て直しがあったのに都市の織物は残った

完全性

景観 「大聖堂の輪郭に支配されたストラスブールの際立った景観は、今日まで保存されてきた」。「それは最初に建てられたときと同じように都市景観を支配し続ける」
区画 大聖堂は「無傷の中世の区画の体系」のなかに統合されている。グラン・ディルの建造構造の更新は「早い時期の土地の区画の体系を尊重してきた」

壊れたのに織物が残った

出来事 結果
1870年の包囲 「ときおりの再建(occasional reconstructions)」を生んだが、「都市の織物と既存の体積を尊重して行われた」
1944年の爆撃 同じ
グランド・ペルセ 「新しい駅をオーステルリッツ港に結ぶグランド・ペルセだけが、都市の織物の意図的な再構築を伴った」(20世紀前半)

「壊れた」ことと「織物が変わった」ことを書き分けています。戦災による再建は織物を変えず、意図的な都市計画の一本の道だけが変えたと書かれます。「戦争で壊れたから真正性が低い」とは読みません。

真正性

場所 評語
都市の総体 「よく保存されており、元の状態に近い物質の状態にある」。「都市景観はおおむねその特徴を保全してきた」
シャトー広場のファサード 「元の外観を保ってきた」
共和国広場と帝国の軸 「その記念碑的性格」を保ってきた
ヌースタットの主要な公共建築 「元の大きさ、物理的な質、材料を保ってきた」

20世紀の建物についても書かれます——「ヴォーバンのダムの近くでは、20世紀の構造、たとえば県議会の建物と近代現代美術館が、都市景観への影響が小さい」。新しい建物があることと、景観が損なわれることを別に書いています。

計画の文書そのものが真正性の理由として挙げられます。

19世紀以来、注目すべき連続性をもって作られた都市計画の文書が、資産の境界の内側の建物の保全を容易にし、都市景観における際立った連続性をもたらした。

「文書の連続性」が景観の連続性の根拠として書かれる資産は、これまで読んだ226件でここだけです。

保護管理 — 管理計画が資産の一部しか覆っていない

保護

大聖堂 1862年から歴史的記念物。手入れはフランス国家とFondation de l’Œuvre Notre-Dame の協定が覆う
ほかの建造物 資産の区域で「ほかの170の建造物または建造物の部分」が歴史的記念物として保護され、フランス国家の遺産の役務の統制の便益を受ける
保全地区 1974年に作られ、2011年以来「改訂・拡張の手続」を経ている。いまは拡張された資産の全体を覆う。「資産の保護はおおむね保全地区の保全と価値付けの計画に依存する」

保護の件数(170)が書かれる資産は少数です。大聖堂だけが別の仕組み(国家と財団の協定)で手入れされます。

管理計画が「グラン・ディルのための」ものである

文書 対象 年
管理計画 グラン・ディル(ヌースタットは入らない) 2013年に市議会が承認(2017年の拡張より前)
行動計画 グラン・ディルとヌースタット 年は書かれない

2017年に資産がヌースタットまで広がったのに、管理計画の名は「グラン・ディルのための」ままです。拡張後の資産の全体を覆う文書としては、別に「行動計画」が挙げられます。

一次資料は「計画が足りない」とも「改訂する予定」とも書いていません。二つの文書の名と対象をそのまま並べて記録し、評価を足しません。

管理の体系

主な相手 国・ストラスブール市・ユーロメトロポール
財源 共有されている
法 フランスの法制、とくに遺産法典・都市計画法典・環境法典

計画の中身が暮らしに及ぶ

計画・規則 中身
地方住宅計画 社会的多様性の維持と、資産の内側の空き家の割合の制限
都市交通計画 歩行者と自転車を促すことによって車に与えられる重要性を減らす
路面電車 1989年以来、公共空間の再構成と歩行者道路の導入とあわせて導入
テラス憲章/公共空間占用の規則/地方の広告規則 「公共空間の調和した利用を達成する努力を映す」

住宅の空き家率や広告まで管理の対象として書かれる資産は少数です。

最後に、顕著な普遍的価値そのものの伝え方が書かれます。

グラン・ディルとヌースタットのための行動計画に従って、顕著な普遍的価値の万人による受容(appropriation)を改善するために、とくに「芸術と歴史の都市(Ville d’art et d’histoire)」の標章の枠組みの一部として媒介の道具を発展させ、万人のための接近可能性を改善することによって、さまざまな行動が始められてきた。

「顕著な普遍的価値を人びとが自分のものとして受け取ること」が管理の目標として書かれる資産は、これまで読んだ226件でここだけです。

2級で押さえること

本体183 ha/緩衝地帯708 ha=本体の約3.87倍、1988年登録・重要な境界の変更2017年、基準(ii)(iv)=2つ、dossier 495bis、保存状況報告1年分(2000年)、2003年無形文化遺産保護条約1要素(ヨーロッパにおける大聖堂建築工房=Bauhütten の工芸技術と慣習的な実践、ノウハウ、伝達、知識の発展と革新。)、`Activities` 2件、訳のある言語は5つで日本語が無い(。日本語名は書籍の表記を正とする)。拡張で名前が変わった——1988年に登録されたのはグラン・ディル(大聖堂の周りに構造化された歴史的中心)、2017年の拡張で加わったのがヌースタット(「ドイツの行政のもとで(1871-1918年)構想され建てられた新市街」)。ページの動画の題は「Strasbourg – Grande île」で、いまのページの題は「Strasbourg, Grande-Île and Neustadt」。書籍の名前はページの題より長いが、どちらも同じ資産を指すので食い違いにはしない。名指される文化はフランスとゲルマン——概要は「ライン地方ヨーロッパに特徴的な都市の総体」で、中心は「ゴシック美術の主要な傑作」である大聖堂。「フランスとゲルマンの影響が、ヨーロッパ史の主要な意義ある時代を映す構築物を組み合わせた特定の都市空間の構成を可能にしてきた——ローマの古代、中世とライン地方のルネサンス、フランス18世紀の古典主義、そして近代の都市、新しいドイツ国家の首都と象徴の出現を見た19世紀と20世紀初頭」。基準(ii)は、大聖堂が「東方のロマネスク美術とフランス王国のゴシック美術に影響され、とくに尖塔の建設についてプラハにも着想を得ている」「ゴシック美術を東へ運ぶ媒体として働いた模型である」、ヌースタットが「オスマン的影響によって鍛えられた近代都市であり、都市計画の模型でもあり、カミッロ・ジッテの理論を体現する」。影響の向きは受ける側と与える側の両方が書かれるので一方向と読まない。基準(iv)は時期ごとに書く——15世紀から17世紀後期のルネサンス様式の私邸が「ライン地方の住居建築の唯一の総体」で「際立ったゴシックの大聖堂と切り離せない」、18世紀は王の建築家ロベール・ド・コットのロアン宮に例示されるフランス古典建築が優勢、1871年以降は「19世紀と20世紀の変わり目に現れつつあった技術の進歩と衛生主義の方針を象徴する近代の機能的な都市」。町の身分は神聖ローマ帝国の自由都市→フランス王国の自由都市→地域の首都と三度変わった。壊れたのに都市の織物は残った——1870年の包囲と1944年の爆撃は「ときおりの再建」を生んだが「都市の織物と既存の体積を尊重して行われた」。「新しい駅をオーステルリッツ港に結ぶグランド・ペルセだけが、都市の織物の意図的な再構築を伴った」。「戦争で壊れたから真正性が低い」とは読まない。真正性は場所ごとに書かれる——都市の総体は「元の状態に近い物質の状態にある」、シャトー広場のファサードは「元の外観」、共和国広場と帝国の軸は「記念碑的性格」、ヌースタットの主要な公共建築は「元の大きさ、物理的な質、材料」。20世紀の構造(県議会の建物と近代現代美術館)は「都市景観への影響が小さい」とされ、新しい建物があることと景観が損なわれることを別に書く。計画の文書そのものが真正性の理由になる——「19世紀以来、注目すべき連続性をもって作られた都市計画の文書が、資産の境界の内側の建物の保全を容易にし、都市景観における際立った連続性をもたらした」。226件でここだけ。保護は件数で書かれる——大聖堂は1862年から歴史的記念物で、手入れはフランス国家とFondation de l’Œuvre Notre-Dame の協定が覆う。資産の区域でほかの170の建造物または建造物の部分が歴史的記念物。1974年に作られた保全地区は2011年以来「改訂・拡張の手続」を経ていて、いまは拡張された資産の全体を覆う。管理計画が資産の一部しか覆っていない——2013年に市議会が承認した管理計画は「グラン・ディルのための」もので、2017年の拡張で加わったヌースタットは入らない。拡張後の全体を覆う文書としては別に「グラン・ディルとヌースタットのための行動計画」が挙げられる。一次資料は「計画が足りない」とも「改訂する予定」とも書いていないので、二つの文書の名と対象をそのまま並べて記録し、評価を足さない。管理の体系は国・ストラスブール市・ユーロメトロポールで財源は共有、法はフランスの遺産法典・都市計画法典・環境法典。計画の中身が暮らしに及ぶ——地方住宅計画は社会的多様性の維持と資産の内側の空き家の割合の制限、都市交通計画は歩行者と自転車を促して車の重要性を減らすこと、路面電車は1989年以来、テラス憲章と公共空間占用の規則と地方の広告規則は「公共空間の調和した利用を達成する努力を映す」。「顕著な普遍的価値の万人による受容(appropriation)を改善する」ことが管理の目標として書かれ、「芸術と歴史の都市(Ville d’art et d’histoire)」の標章の枠組みで媒介の道具を発展させ、万人のための接近可能性を改善する行動が始められた。226件でここだけ。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで2通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
無形文化遺産別の条約のもの。要素の名は資産の名と違うことが多い「大聖堂建築工房(Bauhütten)」
戦争・紛争戦争が、登録の理由・真正性・完全性のどこに出るか「1944年の爆撃」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:ストラスブールの管理計画について、保護管理の節に書かれているのは?

  1. 管理計画については書かれていない
  2. 2013年に市議会が承認した「グラン・ディルのための」管理計画である
  3. 2017年の拡張に合わせて作られ、グラン・ディルとヌースタットの両方を覆う管理計画が市議会で承認され、以後は毎年改訂されていると書かれている
  4. 管理計画はまだ無く、最初の計画の作成がこれから始まることが二つの節で繰り返されている
正解と解説を開く

正解:2.2013年に市議会が承認した「グラン・ディルのための」管理計画である

2017年に資産がヌースタットまで広がったのに、管理計画の名は拡張の前のままです。拡張後の全体を覆う文書としては、別の名の文書が挙げられます。

確認2:ストラスブールの基準(ii)が、大聖堂の尖塔について書いているのは?

  1. 尖塔については書かれていない
  2. フランス王国のゴシック美術だけに影響され、ほかのどの都市からも着想を得ていないと書かれている
  3. 東方のロマネスク美術の影響だけを受け、ゴシック美術とは無関係に建てられたと書かれている
  4. プラハにも着想を得ている
正解と解説を開く

正解:4.プラハにも着想を得ている

基準(ii)の文に、別の都市の名と人の名が並ぶ例です。大聖堂は影響を受ける側としても、「ゴシック美術を東へ運ぶ媒体として働いた模型」としても書かれます。

確認3:ストラスブールの都市の織物の意図的な再構築として、完全性の節に名指しされているのは?

  1. グランド・ペルセ
  2. 意図的な再構築は書かれていない
  3. 1870年の包囲と1944年の爆撃による再建であり、どちらも都市の織物を大きく作り変えたと書かれている
  4. 1989年以来の路面電車網の導入であり、公共空間の再構成を伴ったと完全性の節に書かれている
正解と解説を開く

正解:1.グランド・ペルセ

戦災による再建は「都市の織物と既存の体積を尊重して行われた」とされ、意図的な再構築と区別されています。「壊れた」ことと「織物が変わった」ことは別です。

確認4:ストラスブールの訳のある言語について、ページから読めるのは?

  1. 訳のある言語は並んでいない
  2. 8つで、日本語とオランダ語を含む標準的な組み合わせがそろっていることがページの冒頭に示されている
  3. 5つで、日本語が無い
  4. 9つで、フランス語とドイツ語に加えて地域の言語であるアルザス語まで並んでいる
正解と解説を開く

正解:3.5つで、日本語が無い

訳のある言語の数と組み合わせは資産ごとに違います。ゼミで日本語名を決めるときは、UNESCO の日本語ページの有無に頼らず書籍の表記を正とします。

参考資料

確認日:2026年10月28日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。