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どこにあり、何が登録されたのか — 近代の町に覆われた
ボリビア、ラパス県インガビ郡。ティティカカ湖の南岸近く、アルティプラーノ、標高3,850 m。
| 本体 | 71.5 ha |
|---|---|
| 緩衝地帯 | 一覧に行が無い(ただし本文に「幅100メートルの周界の帯」がある) |
| 登録 | 2000年、基準 (iii)(iv) |
| dossier | 567rev(改訂) |
| 保存状況報告 | 10年分(2008〜2025年) |
| 境界データ | GIS のデータ未受領の注記がある |
古代の都市の大部分は、近代の町の下
古代の都市の大部分は、大きくはアドベで建てられており、近代の町に覆われてしまった。 しかしながら、儀礼の中心の記念碑的な石の建物は、保護された考古の地帯に生き延びている。
「アドベの部分は覆われ、石の部分は生き延びた」と書き分けられています。
この章では、近代の市が上に建っている資産が三つありました。
| 遺産 | 書かれ方 |
|---|---|
| ティワナク567 | 古代の都市の大部分は近代の町に覆われたが、儀礼の中心の石の建物は保護された考古の地帯に生き延びている |
| メリダ664(15章) | 近代のメリダ市はエメリタの上に建てられてきたが、考古の遺構はよく保存され、いまもローマの都市を証している |
| ポンペイ829(15章) | エルコラーノの古代の町の広い区域はいまも近代の町の下にあり、ほとんど資産に含まれていない |
栄えた時期が二通りに書かれる
| 書かれている場所 | 時期 |
|---|---|
| 説明文 | 「500年から900年のあいだに頂点に達した」 |
| 概要 | 「400年から900年のあいだに計画都市へ栄えた」 |
始まりが100年違います。
「頂点に達した」と「計画都市へ栄えた」は別のことを述べているとも読めますが、一次資料はその関係を明記していません。どちらかに決めず両方を記録します。
都市の構成
| 性格 | 建物 |
|---|---|
| 公共=宗教の空間 | 半地下の神殿(テンプレテ)、カラササヤの神殿、アカパナのピラミッド、プマプンクのピラミッド |
| 政治=行政の区域 | プトゥニの宮殿、カンタタリタ |
この建築の複合体は、その時代の複雑な政治の構造と、その強い宗教の性格を映している。
技術
中心は基本方位へ向けて空間的に組織され、精確に彫られた印象深い切石で建設され、雨水の流れを統制していた複雑な地下の排水の体系を備えていた。
この都市の定住者は、建設のための異なる石の材料を彫り磨く技術を完成させ、それが建築の技術とともに記念碑的な空間を豊かにした。
三つの記念物 — アカパナ、テンプレテ、カラササヤ
アカパナのピラミッド
ティワナクでもっとも堂々とした記念物はアカパナのピラミッドである。
| 元の形 | 七つの重なる台地。石の擁壁が18 m を超える高さに達していた |
|---|---|
| いま残るもの | もっとも低いものと、中間の壁の一つの一部だけが無傷で生き延びている |
| 元の覆い | 砂岩と安山岩で覆われ、神殿が頂いていた(調査が示した) |
| 周り | きわめてよく保存された排水の運河に囲まれている |
「元はこうだった」と「いま残るのはこれだけ」が書き分けられています。
半地下の小神殿(テンプレテ)
小さな半地下の神殿の壁は、赤い砂岩の48の柱でできている。 壁に据えられた多くの彫られた石の頭部があり、疑いなく、打ち負かされた敵の切られた頭部を神殿に晒す、より早い慣行を象徴している。
「疑いなく(doubtless)」という語が使われています。
ゼミは、この語を落として「象徴している」と断定しません。書かれているのは「疑いなく……象徴している」です。
カラササヤ
アカパナの北にあるのがカラササヤ——大きな長方形の開かれた神殿で、観測所として使われたと信じられている。 東の壁の中央の七段の階段から入る。 内部には二つの彫られた一枚石と、記念碑的な太陽の門——ティワナクの芸術のもっとも重要な標本の一つ——がある。
| 太陽の門 | |
|---|---|
| 材料 | 一枚の安山岩の板から作られた |
| 形 | 両側に壁龕(オルナシナス)を伴う大きな戸口 |
| 戸口の上 | 凝った浅浮彫のフリーズ——段の台の上に立ち、凝った頭飾りを着け、両手に杖を持つ中央の神を描く |
| 神の脇 | 擬人化された鳥の列 |
| 下部 | 一連の人間の顔 |
総体は農業の暦として解釈されてきた。
「解釈されてきた(has been interpreted)」です。断定ではありません。
経済の基盤 — ほぼ50,000の畑
この都市の経済の基盤は、ほぼ50,000の農業の畑を通じて証されている——在地ではスカコジョスとして知られる。
| 特徴 | 灌漑の技術——それが異なる作物を気候の条件へ容易に適応させることを許した |
|---|---|
| 人工の段々畑 | 農業への重要な寄与をなし、持続した形の農耕を可能にし、したがってティワナク帝国の文化の進化を可能にした |
これらの革新はその後の文明に取り入れられ、クスコまで拡げられた。
「クスコまで拡げられた」と書かれています。23章のクスコ273 とつながります。
多民族の性格
この高原の台地の人口の社会の動態は、様式化された動物形と人間形の像の多様な図像に表される強い宗教の構成要素に支えられていた。
異なる材料の支持体に表された政治とイデオロギーの力は、谷の人びとへ、そしてより遠い海岸の区域まで境界を越えて広がった。 ティワナクの支配のもとの広大な地域に、多くの町と植民地が設けられた。
政治とイデオロギーは宗教の性格を持ち、異なる地域に住む異なる民族の集団を影響圏に組み込んだ。この多民族の性格は、その考古の資料の様式と図像の多様さの形を取っている。
「多民族の性格が、資料の多様さの形を取る」と書かれています。
いつ終わったか
| 政治の支配の衰え | 11世紀に始まった |
|---|---|
| 帝国の崩壊 | 12世紀前半 |
ティワナクは、南アメリカのアンデス地域のもっとも重要なプレ・インカの都市の達成の一つである。
それは数世紀続いた強力な帝国の首都であり、建築、土器、織物、金属、籠細工のための新しい技術と材料の使用によって特徴づけられた。
五つの分野が並んでいます。
二つの基準
| 基準 | 中身 |
|---|---|
| (iii) | ティワナクの遺構は、アンデスのプレヒスパニック文明の発展において主導的な役割を果たした帝国の力へのstriking な証をなす |
| (iv) | ティワナクの建物は、アンデス地域の文明のもっとも重要な現れの一つの儀礼と公共の建築と芸術の例外的な例である |
誰が守っているか — 法令が11個列挙される
完全性
顕著な普遍的価値を伝えるすべての属性は、その境界の中に位置している。 考古の遺構はある程度までその物理の完全性を維持してきた——ただし、長期にその物理の安定と、気候の条件の悪影響に対する保護を確かにするためには、体系的な保全と維持の措置が要求されるだろう。
同様に、近代の村ティワナクと農家の下に存在する古代の都市複合体の広い区域の保護のための規制の措置の実効的な施行が、これらの遺構の完全性を維持するために決定的である。
「村と農家の下」に遺構があることが書かれています。
真正性 — 「ほとんどの考古遺跡と同じく」
ほとんどの考古遺跡と同じく、ティワナクはきわめて高い程度の真正性を保存している。 しかしながら、元の形と設計、および建設に使われた材料を考慮に入れた、介入のための精確な指針を伴う保全計画が、真正性の条件が満たされ続けることを確かにするために実施される必要があるだろう。
「ほとんどの考古遺跡と同じく(As with most archaeological sites)」という一般化が書かれる資産は、これまで読んだ136件でここだけです。
法令が11個列挙される
保護管理の節には、国・県・在地の政府の水準の規制が番号と日付つきで11個列挙されています。
| 水準 | 例 |
|---|---|
| 国 | ボリビア国憲法第191条、1906年10月3日法、1909年11月11日最高政令、1927年5月8日法、1945年1月8日法令、1961年11月6日最高政令第05918号、1961年11月27日省令第1652号、1965年6月30日最高政令第7234号、1997年6月3日省令第082/97号、1998年12月30日最高政令第25263号 |
| 県 | 1999年2月19日 RAP 第0107号 |
法令が番号と日付つきでこれだけ列挙される資産は、これまで読んだ136件でここだけです。
ゼミは、すべてを写すのではなく「国・県・在地の三つの水準に11個の規制が番号と日付つきで列挙されている」と記録します。
協定と証明
| 文書 | 日付 |
|---|---|
| ティワナクのための約束の記録 | 1999年2月22日 |
| 文化副大臣とティワナク市のあいだの機関間協力の協定 | 1998年12月1日 |
| ティワナクの考古遺産への保護の市の証明 | 2000年1月8日 |
三つの区域に分けられた
資産の保護と保全のための限界は2000年1月14日の最高政令第25647号によって定められ、そこでは文化遺産が国家の財産であることが規定され、三つの区域に分けられた。
| 区域 | 面積 | 状態 |
|---|---|---|
| カラササヤ | 23.5 ha | 物理的に保護されている |
| プマプンク | 7.0 ha | 物理的に保護されている |
| モジュコントゥ | 41 ha | 保全の主要計画の一部として保護される予定 |
23.5+7.0+41=71.5 ha で、一覧の本体と一致します。
三つのうち二つは「物理的に保護されている」、一つは「保護される予定」です。
幅100メートルの帯
ボリビア国家の財産と宣言された区域の完全性と真正性を保証するため、前に示した三つの考古の区域を単一の多角形として取り囲む、幅100メートルの周界の帯からなる保護の地帯が画されている。
一覧に緩衝地帯の行はありませんが、本文には「幅100メートルの周界の帯」があります。
15章で記録したとおり、「一覧に行が無い」の中身は資産ごとに違います。ティワナク567 は、本文に具体的な幅が書かれている例です。
ボリビア国家のためのほかの区域の取得の計画もある。
二つの計画
| 計画 | 中身 |
|---|---|
| ティワナク主要計画(1999-2009) | 次の計画の実施を伴う——考古の調査、保全と修復、人類学の調査、全般のインフラ、普及と伝達、遺跡の運営 |
| 保全の主要計画 | ティワナク遺跡に影響する自然と人間の要因に取り組む |
主要計画の期間(1999-2009)が書かれています。
2級で押さえること
基準(iii)(iv)、本体71.5 ha、一覧に緩衝地帯の行が無い(ただし本文に「幅100メートルの周界の帯」がある)、2000年登録(dossier は 567rev=改訂)、保存状況報告10年分(2008〜2025年)、GIS データ未受領。ティティカカ湖の南岸近く、アルティプラーノ、標高3,850 m。「古代の都市の大部分は、大きくはアドベで建てられており、近代の町に覆われてしまった。しかしながら、儀礼の中心の記念碑的な石の建物は、保護された考古の地帯に生き延びている」——アドベと石を書き分けている。栄えた時期が二通り——説明文「500年から900年のあいだに頂点に達した」/概要「400年から900年のあいだに計画都市へ栄えた」。始まりが100年違うので両方を記録する。中心は基本方位へ向けて空間的に組織され、精確に彫られた切石で建設され、雨水の流れを統制していた複雑な地下の排水の体系を備えていた。アカパナのピラミッドは、元は七つの重なる台地で石の擁壁が18 m を超える高さだったが、もっとも低いものと中間の壁の一つの一部だけが無傷で生き延びている。元は砂岩と安山岩で覆われ、神殿が頂いていた。半地下の小神殿(テンプレテ)の壁は赤い砂岩の48の柱ででき、多くの彫られた石の頭部が「疑いなく、打ち負かされた敵の切られた頭部を神殿に晒す、より早い慣行を象徴している」——「疑いなく」を落として断定しない。カラササヤは「観測所として使われたと信じられている」大きな長方形の開かれた神殿で、東の壁の中央の七段の階段から入り、二つの彫られた一枚石と記念碑的な太陽の門がある。太陽の門は一枚の安山岩の板から作られ、戸口の上の凝った浅浮彫のフリーズが、段の台の上に立ち凝った頭飾りを着け両手に杖を持つ中央の神を描き、擬人化された鳥の列と人間の顔の列が伴う。総体は「農業の暦として解釈されてきた」——これも断定ではない。経済の基盤は「ほぼ50,000の農業の畑」(在地ではスカコジョス)で、灌漑の技術と人工の段々畑が持続した形の農耕を可能にし、「これらの革新はその後の文明に取り入れられ、クスコまで拡げられた」。政治とイデオロギーは宗教の性格を持ち、異なる民族の集団を影響圏に組み込み、「この多民族の性格は、その考古の資料の様式と図像の多様さの形を取っている」。政治の支配は11世紀に衰え始め、帝国は12世紀前半に崩壊した。完全性は、考古の遺構が「ある程度まで」物理の完全性を維持してきたとし、「近代の村ティワナクと農家の下に存在する古代の都市複合体の広い区域の保護のための規制の措置の実効的な施行」が決定的だとする。真正性は「ほとんどの考古遺跡と同じく、ティワナクはきわめて高い程度の真正性を保存している」と一般化してから、保全計画の実施が必要だとする——この一般化はこれまで読んだ136件でここだけ。保護管理に、国・県の規制が番号と日付つきで11個列挙される——これも136件でここだけ。すべてを写すのではなく「三つの水準に11個の規制が番号と日付つきで列挙されている」と記録する。2000年1月14日の最高政令第25647号が、文化遺産が国家の財産であると規定し、三つの区域に分けた——カラササヤ23.5 ha(物理的に保護)/プマプンク7.0 ha(物理的に保護)/モジュコントゥ41 ha(保全の主要計画の一部として保護される予定)。合計71.5 ha で一覧の本体と一致する。三つの考古の区域を単一の多角形として取り囲む「幅100メートルの周界の帯」が保護の地帯として画されている。ティワナク主要計画(1999-2009)と保全の主要計画。
準1級
準1級向けに理解を深める
準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。
この遺産が出てくるキーワード
| キーワード | このキーワードで見るもの | 本文の手がかり |
|---|---|---|
| 天文学関連 | 天体に合わせた造りか、暦という語の別の意味か | 「観測所として使われたと信じられている」 |
いまのところ、この遺産が出てくるキーワードは1つです。ゼミの試作46本で数えた話で、公式テキストの分類ではありません。
準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。このキーワードの練習では、ほかの参加記事と並べて読みます——同じ論点が、別の資産でどう書かれているかを見るためです。
キーワードで練習する
級別の確認問題
2級 確認問題
答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。
確認1:ティワナクの古代の都市について、UNESCO の記述に合うものは?
- 大部分は大きくはアドベで建てられており近代の町に覆われたが、儀礼の中心の記念碑的な石の建物は保護された考古の地帯に生き延びている
- 古代の都市の全体が保護された考古の地帯にある
- 古代の都市についての記述は無い
- 大部分は大きくはアドベで建てられており近代の町に覆われてしまい、儀礼の中心の記念碑的な石の建物も含めて、いまは何も生き延びていない
正解と解説を開く
正解:1.大部分は大きくはアドベで建てられており近代の町に覆われたが、儀礼の中心の記念碑的な石の建物は保護された考古の地帯に生き延びている
> 古代の都市の大部分は、大きくはアドベで建てられており、近代の町に覆われてしまった。しかしながら、儀礼の中心の記念碑的な石の建物は、保護された考古の地帯に生き延びている。アドベの部分と石の部分が書き分けられています。完全性でも「近代の村ティワナクと農家の下に存在する古代の都市複合体の広い区域」の保護が決定的とされます。
確認2:ティワナクのアカパナのピラミッドについて、UNESCO の記述に合うものは?
- 七つの台地すべてが無傷で生き延びている
- アカパナについての記述は無い
- 元は七つの重なる台地で石の擁壁が18 m を超えていたが、いまは、もっとも低いものも中間の壁の一部も含めて何も残っていないとされる
- 元は七つの重なる台地で石の擁壁が18 m を超えていたが、もっとも低いものと中間の壁の一つの一部だけが無傷で生き延びている
正解と解説を開く
正解:4.元は七つの重なる台地で石の擁壁が18 m を超えていたが、もっとも低いものと中間の壁の一つの一部だけが無傷で生き延びている
> それは元は七つの重なる台地を持つピラミッドで、石の擁壁が18 m を超える高さに達していた。これらのもっとも低いものと、中間の壁の一つの一部だけが無傷で生き延びている。元は砂岩と安山岩で覆われ、神殿が頂いていたことも調査が示しています。「元はこうだった」と「いま残るのはこれだけ」が書き分けられています。
確認3:ティワナクの真正性の節の書き方の特徴は?
- 「この資産に固有のことだが」という限定から始まる
- 「ほとんどの考古遺跡と同じく」という一般化から始まる
- 真正性の節は無い
- 「ほとんどの考古遺跡と同じく」という一般化から始まり、そのため保全計画は不要だとされている
正解と解説を開く
正解:2.「ほとんどの考古遺跡と同じく」という一般化から始まる
> ほとんどの考古遺跡と同じく、ティワナクはきわめて高い程度の真正性を保存している。しかしながら、……保全計画が……実施される必要があるだろう。保全計画は必要とされています。「ほとんどの考古遺跡と同じく(As with most archaeological sites)」という一般化が書かれる資産は、これまで読んだ136件でここだけです。
確認4:ティワナクの三つの区域について、UNESCO の記述に合うものは?
- 三つとも物理的に保護されている
- 区域の区分は書かれていない
- カラササヤ23.5 ha とプマプンク7.0 ha は物理的に保護され、モジュコントゥ41 ha は保全の主要計画の一部として保護される予定
- カラササヤ23.5 ha とプマプンク7.0 ha は物理的に保護され、モジュコントゥ41 ha も同様にすでに物理的に保護されており、三つとも同じ扱いである
正解と解説を開く
正解:3.カラササヤ23.5 ha とプマプンク7.0 ha は物理的に保護され、モジュコントゥ41 ha は保全の主要計画の一部として保護される予定
> 最初の二つの区域(カラササヤ23.5 ha とプマプンク7.0 ha)は物理的に保護されており、第三の区域(モジュコントゥ41 ha)は保全の主要計画の一部として保護される予定である。23.5+7.0+41=71.5 ha で、一覧の本体と一致します。さらに三つの区域を単一の多角形として取り囲む「幅100メートルの周界の帯」が保護の地帯として画されています。
参考資料
確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。