殷墟

登録年
2006年
所在国
中国
登録区分
文化遺産
地域
アジア
登録基準
(ii) (iii) (iv) (vi)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 面積が三か所で一致する

中国河南省、安陽の北西。洹河(かんが)の両岸。

一覧 概要 完全性
本体 414 ha 414 ha 414 ha
緩衝地帯 720 ha 720 ha 720 ha
比 約1.74倍
登録 2006年、基準 (ii)(iii)(iv)(vi)
dossier 1114
連続性資産 はい(Serial: yes)

一覧と二つの節が、まったく同じ数を書く

本体414 ha と緩衝地帯720 ha が、一覧・概要・完全性の節の三か所で完全に一致します。これまで読んだ209件で、面積が三か所に書かれてすべて一致する資産はここだけです。

9章のサンティアゴ347 は四捨五入の違い、平和教会1054 は両方向の食い違い、14章のエピダウロス491 は足して説明できる違いでした。食い違いを探すだけでなく、一致していることも記録します。

二つの場所

洹河の両岸に位置し、……殷墟の考古の遺構は紀元前1,300年に遡り、二つの場所からなる——宮殿と王の祖先の祠の区域と王の墓の区域。合わせて414ヘクタールを覆い、720ヘクタールの囲む緩衝地帯を伴う。

年数が計算で合う

商王朝の第二十代の王盤庚(はんこう)が、紀元前1,300年ごろに首都を奄(えん)から殷(現在の安陽の小屯村のあたり)に移し、永続して安定した首都を確立した。それは12人の王と8世代とともに255年にわたり、壮麗で輝かしい殷商文明を創り出した。

説明文は「商王朝後期(紀元前1300-1046年)」と書きます。1300 − 255 = 1045 で、説明文の1046年とほぼ合います。「255年」「12人の王」「8世代」が、年代と整合します。

12人の王で8世代なので、兄弟での継承があったと読めますが、一次資料はそう書いていません。書かれていないことを補いません。

「中国史で最初の首都の遺跡」

殷墟は、歴史の文書、甲骨の碑文、考古の発掘によって中国史における最初の首都の遺跡として確認されてきた。

三つの出どころが並んで挙げられます。

文明の要素

殷墟は文明の要素を備えたもっとも早い遺跡であった。木の構造の遺構を伴う叩き固めた土の80を超える家の基礎、祖先の祠と祭壇を含み、それらは洪水統制の体系としても機能した防御の濠の内側に囲まれていた。

一つの構造が、防御と洪水統制の二つの機能を持つと書かれます。

宮殿の区域内の多数の穴が、中国の書かれた言語のもっとも早い証拠を担うと考えられる刻まれた甲骨を含んでいた。

より高い地にある王の墓の区域は、戦車と、犠牲の被害者であったと考えられる人の遺骸を含む犠牲の穴を含む。副葬品には装飾された青銅の儀礼の器、玉と骨の彫刻、陶磁が含まれた。

「考えられる(considered to)」が二度出ます。甲骨が最古の証拠であることも、人の遺骸が犠牲であることも、断定ではありません。

「一千年近く早く」

殷墟の王の墓の区域は中国における最も早い大規模な王の墓地であり、中国の王と皇帝の陵墓の体系の源である。甲骨の碑文は中国における知られたなかで最も早い成熟した書き物であり、中国における商王朝の歴史のための証拠をなし、記録された中国史を一千年近く早く遡らせるのを助けている。

一次資料は `mausoleums;oracle bone` と、セミコロンの後の空白が抜けています。

基準四つ — 暦と青銅器が基準に入る

基準(ii):殷墟、商王朝後期の首都は、書き物の体系を含む、重要な影響の交換と中国の古代の青銅の文化における発展の最高の水準を示している。

基準(iii):殷墟の文化の遺構は、商後期における文化の伝統の例外的な証拠を与え、太陽と月の暦の体系、そして甲骨における体系的に書かれた中国語の最も早い証拠のような、多くの科学と技術の達成と革新への証しである。

暦が基準の文に入ります。

基準(iv):殷墟の宮殿、祖先の祠、王の墓は初期中国建築の卓越した例である。それらは、中国の宮殿建築と王の墓の複合の初期の原型を確立することにおいて大きな意義を持つ。

基準(vi):殷墟で発見された物質の遺構は、中国の書き物と言語の体系の初期の歴史、古代の信仰、社会の体系、主要な歴史の出来事の有形の証拠を与え、それらは顕著な普遍的意義を持つとみなされている。

基準(iii)と(vi)の両方に「書かれた中国語」が入ります。(iii)は「体系的に書かれた中国語の最も早い証拠」として、(vi)は「書き物と言語の体系の初期の歴史」としてです。同じものが二つの基準で違う役を果たします。

一つだけ、ほかの資産に触れない

基準の四つとも、ほかの遺跡や資産を名指ししません。「中国における最も早い」「中国の……の源」と書くだけです。

完全性と真正性 — 掘ったあと埋め戻し、植生で見せる

緩衝地帯の中に、まだ掘られていない遺跡がある

殷墟の推薦された資産は414ヘクタールの資産の区域と720ヘクタールの緩衝地帯を持つ。それは殷墟の顕著な普遍的価値を実証するのに十分なよく保存された要素を含む。資産の境界内の宮殿と祖先の祠、王の墓の遺跡と、緩衝地帯内の未発掘の洹北商城(かんぽくしょうじょう)の遺跡を含めて。

まだ掘られていない遺跡が、完全性の要素として数えられます。しかもそれは緩衝地帯の中です。「緩衝地帯は本体を守るためのもの」という見方だけでは読めません。

掘り出された甲骨の碑文、青銅の器、玉の彫刻、陶器と骨の品、ほかの精巧な歴史の遺物は、3,300年前の中国の商王朝の首都の特徴と壮麗な殷商文明を世界中の人々に包括的に体系的に示してきたが、遺跡の博物館に展示されている。

殷墟における長年の科学の考古の発掘と保全の仕事を通じて、発掘された遺跡と掘り出された歴史の遺物は自然と人の両方の脅威と損害から適切に保護され、殷墟の最大限の歴史の情報が保存されてきた。

真正性 — 埋め戻して、植生で見せる

「歴史の条件を保ち、真正性を尊重する」という遺産保全の原則に厳密に従って、殷墟の考古遺跡とそのすべての発掘された文化の遺物はできるかぎり現地に(in situ)保全されてきた。

発掘の後、遺跡はその保護のために埋め戻され、地上の植生を展示に使った。一方で、掘り出された甲骨の碑文は元の遺跡で示されている。

掘ったあと埋め戻し、地上に植生を植えて「展示」にする方法です。これまで読んだ209件でここだけです。

遺産 遺構の見せ方
殷墟1114 埋め戻し、地上の植生を展示に使う。甲骨の碑文だけ元の遺跡で示す
ドーラヴィーラ1645 露出した構造をその元の配置と現地の条件のうちに維持。付加も改変も無い
エピダウロス491(14章) 将来の計画に「脆弱な記念物を保護するための覆い(シェルター)」を建てることが入る
デルフィ393(14章) 古代の建築材料をその元の場所に移し戻す

「見せる」と「守る」が衝突するとき、殷墟1114 は見えなくすることを選んでいます。ただし一次資料は衝突とは書いていません。

博物館を資産の中に建てた

発掘された文化の遺物をより良く保全するため、殷墟庭園博物館と博物館展示館が殷墟の宮殿と祖先の祠の区域に建てられた。重要な文化の遺物が博物館の環境で最善の手入れを受けられるようにである。

14章のデルフィ393 も「資産の内側で、考古博物館だけが建てられた」と書いていました。殷墟1114 は二つの建物です。

保全と修復の仕事を行うにあたり、伝統の技法と近代の技術を組み合わせる特別の努力が払われている。一方で、保護区域における村、道路、環境の注意深い処置と実効的な改善を通じて、殷墟の歴史の環境はその真正性を保っている。

誰が守っているか — 第二段落の全体が将来形

国の制度と、遺跡に固有の条例

殷墟は国家重点保護遺跡であり、中国における最初の国家考古遺跡公園の一つである。

根拠
中華人民共和国文物保護法
中華人民共和国文物保護法実施条例
河南省安陽における殷墟の保護と管理の条例(遺跡に固有の条例)

資産の名が入った条例がある資産です。10章のキーウ527 は閣僚会議の政令が「遺跡固有の法的枠組み」を与えると書き、ファジル・ゲビ19 は「特別の法的枠組みは与えられていない」と書いていました。

殷墟の保護のためのマスタープランが起草され、文物の保護のための管理の体系と規則が、殷墟の保護を高めるために絶えず改善されてきた。

「起草され(has been drawn up)」です。承認とも実施とも書かれていません。

第二段落の全体が将来形

遺産の保護は長期の事業である。在地の政府と管理の機関は、遺産保護の法と規則を注意深く実施し続けるだろう。発掘の活動を厳密に統制し、考古の発掘についてのより良く規制された審査と承認の手続きに従うだろう。

文化遺産を危うくする増える観光と都市の建設の圧力のような要因に対抗するため、これらの当局は資産とその環境を緊密に監視し、殷墟の保全と管理の仕事における問題を時宜を得て見つけ解決し、強化された研修を通じて職員の専門の能力と資格を高め、保全と管理の水準を絶えず向上させ、そして殷墟の保護のためのマスタープランの時宜を得た改訂を通じて、保全と管理の体系と仕組みを改善し、殷墟の文化遺産の持続可能な発展をさらに促すだろう。

保護管理の節の第二段落の全体が、これから何をするかで書かれています。七つの行いがすべて将来形です。

将来形で書かれていること
法と規則を注意深く実施し続ける
発掘の活動を厳密に統制する
審査と承認の手続きに従う
資産とその環境を緊密に監視する
問題を時宜を得て見つけ解決する
研修を通じて職員の専門の能力と資格を高める
マスタープランを時宜を得て改訂する

「遺産の保護は長期の事業である」という一般の言明が顕著な普遍的価値の節に入る資産です。これまで読んだ209件でここだけです。

一覧の下部

記載 中身
保存状況報告 記載なし
GIS のデータ 未受領
ほかの保全の仕組み 記載なし
タブ `Assistance` は無い

2級で押さえること

基準(ii)(iii)(iv)(vi)、中国河南省安陽の北西、洹河の両岸、本体414 ha・緩衝720 ha(約1.74倍)、2006年登録、`Serial: yes`。本体と緩衝地帯の数が、一覧・概要・完全性の節の三か所で完全に一致する——209件でここだけ。二つの場所は宮殿と王の祖先の祠の区域、王の墓の区域。商王朝の第二十代の王盤庚が紀元前1,300年ごろに首都を奄から殷に移し、「12人の王と8世代とともに255年にわたり」殷商文明を創り出した(1300−255=1045 で、説明文の「紀元前1300-1046年」とほぼ合う)。「歴史の文書、甲骨の碑文、考古の発掘によって中国史における最初の首都の遺跡として確認されてきた。」木の構造の遺構を伴う叩き固めた土の80を超える家の基礎が、「洪水統制の体系としても機能した防御の濠」の内側に囲まれていた(一つの構造が二つの機能を持つ)。甲骨は「中国の書かれた言語のもっとも早い証拠を担うと考えられる」、犠牲の穴の人の遺骸は「犠牲の被害者であったと考えられる」(二度の限定)。王の墓の区域は「中国における最も早い大規模な王の墓地」で王と皇帝の陵墓の体系の源、甲骨の碑文は「知られたなかで最も早い成熟した書き物」で「記録された中国史を一千年近く早く遡らせる」。基準(iii)に太陽と月の暦の体系、基準(iii)と(vi)の両方に書かれた中国語が入る((iii)は最古の証拠として、(vi)は体系の初期の歴史として)。基準の四つとも、ほかの遺跡や資産を名指ししない。完全性は「緩衝地帯内の未発掘の洹北商城の遺跡」を要素に数える(まだ掘られていない遺跡が、しかも緩衝地帯の中で完全性の要素になる)。遺物は「3,300年前」の首都の特徴を示し、遺跡の博物館に展示されている。真正性は「歴史の条件を保ち、真正性を尊重する」原則に従ってできるかぎり現地に保全し、「発掘の後、遺跡はその保護のために埋め戻され、地上の植生を展示に使った」——209件でここだけ。甲骨の碑文だけ元の遺跡で示される。殷墟庭園博物館と博物館展示館が宮殿と祖先の祠の区域に建てられた。保全と修復では「伝統の技法と近代の技術を組み合わせる」努力が払われ、保護区域の村・道路・環境の注意深い処置と実効的な改善が行われている。国家重点保護遺跡で「中国における最初の国家考古遺跡公園の一つ」。根拠は文物保護法・同実施条例・河南省安陽における殷墟の保護と管理の条例(資産の名が入った条例)。マスタープランは「起草され」たところで、承認とも実施とも書かれていない。保護管理の節の第二段落の全体が将来形で、法と規則の実施/発掘の統制/審査と承認の手続き/監視/問題の発見と解決/職員の能力と資格/マスタープランの改訂の七つが「〜するだろう」で書かれる。脅威は「増える観光と都市の建設の圧力」。「遺産の保護は長期の事業である」という一般の言明が顕著な普遍的価値の節に入る唯一の資産。一覧下部は保存状況報告・ほかの保全の仕組みの記載なし、GIS 未受領、`Assistance` のタブも無い。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで3通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
古代文明何を「古さ」と「位置づけ」の根拠にしているか「記録された中国史を一千年近く早く遡らせる」
墓地・埋葬墓が、資産の内と外のどちらに置かれているか「中国の王と皇帝の陵墓の体系の源である」
天文学関連天体に合わせた造りか、暦という語の別の意味か「太陽と月の暦の体系」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:殷墟1114 の本体と緩衝地帯の面積は、一次資料のどこに書かれているか?

  1. 一覧にだけ書かれ、本文には出てこない
  2. 一覧・概要・完全性の節の三か所に書かれ、414 ha と720 ha で完全に一致する
  3. 一覧と概要で数が違い、どちらが正しいかは書かれていない
  4. 一覧・概要・完全性の節の三か所に書かれるが、完全性の節だけ緩衝地帯を700 ha と書いている
正解と解説を開く

正解:2.一覧・概要・完全性の節の三か所に書かれ、414 ha と720 ha で完全に一致する

本体414 ha と緩衝地帯720 ha が、一覧・概要・完全性の節の三か所で完全に一致します。これまで読んだ209件で、面積が三か所に書かれてすべて一致する資産はここだけです。9章のサンティアゴ347 は四捨五入の違い、平和教会1054 は両方向の食い違い、14章のエピダウロス491 は足して説明できる違いでした。食い違いを探すだけでなく、一致していることも記録します。

確認2:殷墟1114 の完全性の節が、緩衝地帯について書いていることは?

  1. 緩衝地帯には遺跡が無いと書かれている
  2. 緩衝地帯の遺跡はすべて発掘済みだと書かれている
  3. 緩衝地帯内の未発掘の洹北商城の遺跡があるため、将来の境界の変更で本体に含める予定だと書かれている
  4. 緩衝地帯内の未発掘の洹北商城の遺跡を、完全性の要素として含めている
正解と解説を開く

正解:4.緩衝地帯内の未発掘の洹北商城の遺跡を、完全性の要素として含めている

> 資産の境界内の宮殿と祖先の祠、王の墓の遺跡と、緩衝地帯内の未発掘の洹北商城の遺跡を含めて。まだ掘られていない遺跡が、しかも緩衝地帯の中で、完全性の要素として数えられます。「緩衝地帯は本体を守るためのもの」という見方だけでは読めません。境界の変更についての記述はありません。

確認3:殷墟1114 の真正性の節が、発掘した遺跡をどう扱っていると書いているか?

  1. 保護のために埋め戻し、地上の植生を展示に使っている
  2. 露出したまま覆いをかけて保護している
  3. 発掘した部分をすべて元の材料で再建している
  4. 保護のために埋め戻し、地上の植生を展示に使っているが、甲骨の碑文も含めてすべて博物館に移している
正解と解説を開く

正解:1.保護のために埋め戻し、地上の植生を展示に使っている

> 発掘の後、遺跡はその保護のために埋め戻され、地上の植生を展示に使った。一方で、掘り出された甲骨の碑文は元の遺跡で示されている。掘ったあと埋め戻し、地上に植生を植えて「展示」にする方法で、これまで読んだ209件でここだけです。甲骨の碑文は元の遺跡で示されており、すべてを博物館に移してはいません。覆い(シェルター)は14章のエピダウロス491 の将来の計画のほうです。

確認4:殷墟1114 の保護管理の節の第二段落の書き方は?

  1. すべてが過去形で、達成されたことだけが書かれている
  2. 第二段落は無く、法令の名が並ぶだけである
  3. 法と規則の実施から職員の研修、マスタープランの改訂まで、七つの行いがすべて将来形で書かれている
  4. 七つの行いが将来形で書かれているが、それぞれに達成の期限の年が添えられており、マスタープランの改訂だけが期限なしになっている
正解と解説を開く

正解:3.法と規則の実施から職員の研修、マスタープランの改訂まで、七つの行いがすべて将来形で書かれている

第二段落の全体が「これから何をするか」で書かれています。法と規則の実施/発掘の統制/審査と承認の手続き/監視/問題の発見と解決/職員の能力と資格/マスタープランの改訂の七つが「〜するだろう」です。期限の年は書かれていません。なお「遺産の保護は長期の事業である」という一般の言明が顕著な普遍的価値の節に入るのも、209件でここだけです。

参考資料

確認日:2026年10月28日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。