ザモシチの旧市街

登録年
1992年
所在国
ポーランド
登録区分
文化遺産
地域
ヨーロッパ
登録基準
(iv)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 「理想都市」の理論から

ポーランド南東部。

本体 75.0391 ha
緩衝地帯 214.916 ha(本体の約2.86倍)
登録 1992年、基準 (iv) 単独
dossier 564
所在 ザモシチ市および郡、ルブリン県(かつてのザモシチ県)

一覧の所在の行に「かつての県名」が併記されています。

誰が、何をもとに作ったか

創建 16世紀、大法官ヤン・ザモイスキ
場所 西と北のヨーロッパを黒海と結ぶ交易路の上
もとにした理論 イタリアの「理想都市」の理論
建築家 ベルナルド・モランド(パドヴァの出身)

この都市計画への革新的な取り組みは、その町の啓蒙された創建者と、卓越したイタリア人建築家ベルナルド・モランドとのきわめて緊密な協働の結果であった。

計画が「二人の協働の結果」として書かれています。

はじめから多民族の町として構想された

黒海と西・北ヨーロッパを結ぶ交易路に位置し、ザモシチは交易に基づく経済の中心として構想された。はじめから多国籍であることが意図され、高い水準の宗教の寛容を持っていた。

それはルネサンスの社会と文化の観念の有形の反映となった——それはポーランドで進んで受け入れられたもので、ヤン・ザモイスキによる大学(ザモシチ・アカデミー)の設立に例示されるとおりである。

彼の建築家ベルナルド・モランドの都市計画は、居住の宮殿・都市の総体・要塞の機能を、すべてルネサンスの考え方に従って組み合わせた。

三つの機能が一つの計画に入っています。

二つの部分

位置 中身
西 ザモイスキ宮殿
東 町そのもの。三つの広場の周りに配置

中央の大市場広場は、町の二つの主要な軸の街路の接点に位置し、アーケードのある商人の家で囲まれ、壮麗な市庁舎によって錨を下ろされている。

基準(iv)だけ — 一つの基準で登録された都市

(iv): ザモシチは16世紀後半のルネサンスの計画された町の際立った例であり、元の配置と要塞、および特別な関心を引く多数の建物を保っていて、イタリアと中央ヨーロッパの建築の伝統を混ぜ合わせている。

基準は(iv)一つだけです。

この章では、基準の数が1から3まで分かれました。

基準の数 遺産
1つ ザモシチ564(iv)/ラ・ショー・ド・フォン/ル・ロクル1302(iv)/リュブリャナのプレチニクの作品群1643(iv)
2つ アスマラ1550(ii・iv)/ルーネンバーグ741(iv・v)/北京中軸線1714(iii・iv)/ル・アーヴル1181(ii・iv)
3つ ジャイプール1605(ii・iv・vi)/アムステルダム1349(i・ii・iv)

9件すべてに基準(iv)が付いています。

(iv) は「建物・建築または技術の総体、あるいは景観の際立った例」で、都市計画の章がここに集まるのは筋が通ります。ただし「都市計画だから(iv)」と決めつけず、ほかにどの基準が付いているかを見ます。

創建者の意図が、そのまま実現した

モランドの計画の、時を越えた一貫した実施が、様式の点で均質な都市の構成をもたらし、高い水準の建築と景観の価値を伴っている。

「時を越えた一貫した実施」という書き方です。

完全性と真正性 — 「開発や放置の悪影響に苦しんでいない」

完全性

ザモシチの旧市街は、イタリアの建築の理論に基づいて新たに「生地のまま(in cruda radice)」設定された私的なルネサンスの町の、一体であり完全な例である。

「in cruda radice」というラテン語が使われています。

「私的な(private)町」——創建者が所有していた町です。

その境界の中に、75.03 ha の資産の顕著な普遍的価値を支えるのに必要なすべての要素が位置している。

顕著な普遍的価値の本文は「75.03 ha」、一覧は「75.0391 ha」です。丸めの違いなので、ゼミは一覧の数値を使います。

資産は、開発および/または放置の悪影響に苦しんでいない。

この一文が書かれる資産は限られています。

遺産 書かれ方
ザモシチ564 「開発および/または放置の悪影響に苦しんでいない」
ルーネンバーグ741 「開発および/または放置の悪影響に過度には苦しんでいない」(`unduly`=過度には、が入る)
アスマラ1550 少なからぬ数の建物が維持の欠如に苦しんでいる
ジャイプール1605 無許可の新築と増築、市壁の一部に影響するもの、通信塔、駐車場のための開かれた空間の開発

「苦しんでいない」と「過度には苦しんでいない」は別のことです。`unduly` の一語を落として読みません。

真正性 — 戦争を免れた

近代のザモシチの町は大部分が古い要塞の外に育ち、また第二次世界大戦のあいだにほかの多くのポーランドの町が受けた広大な破壊を免れたため、ザモシチの旧市街は今日、高い程度の真正性を示している。

ル・アーヴル1181 は逆に、第二次世界大戦で激しく爆撃され、その後の再建が登録の対象になりました。同じ章に、戦争を免れた町と、戦争の後に建て直された町が入っています。

何が変わったか

時期 変化
バロック期 軽微な改変。ルネサンスの町の基本の構造と構成を乱さず、むしろ豊かにした
19世紀前半 最大の変化。町が国有の戦略的要塞に指定された。いくつかの取り壊しと建築の細部の減少があったが、町の基本的な内部の構造は影響を受けなかった
同 要塞の体系は当時の最新の軍事技術の解決を使って近代化され、いまは部分的にしか現存しない

「改変が豊かにした」と書かれる例です。

心配されていること

都市のインフラの一部の要素——地上の輸送のインフラと局所の公共設備——はとくに懸念されるもので、計画の方針と指針が厳格かつ一貫して適用されないかぎり、脆弱でありうる。

真正性の節の最後に、将来の条件つきで書かれています。

誰が守っているか — 緩衝地帯が保護管理の節で説明される

二つの水準の法

水準 仕組み
国 国家遺産登録簿への記載と、「歴史の記念物」の地位
在地 在地の空間開発計画

ザモシチの旧市街は、最高水準の法的保護の対象である。

「最高水準」と書かれる資産はほかにもあります(4章の英国の湖水地方422 は「法は英国法で最高水準」)。

誰が持っているか

資産は——在地の行政・経済・宗教・文化の中心として機能する現代の町の中に位置しており——在地の政府の権限のもとにある。 歴史的な区域の保護に関わる事柄は、市議会の構造の中で動く特別な部局と、国の記念物保護業務の地域の機関の権限のもとに入る。

市議会の「中に」部局があり、国の機関は「地域の」機関です。

緩衝地帯が、ここで説明される

資産の保全を強めるため、緩衝地帯(214.91 ha)が描かれた。遺産保護の原則は、資産とその緩衝地帯を、その目的と保護の規則の両方を決める構造の単位へ分けることについての詳細とともに、都市計画の登録簿に記録されている。

緩衝地帯の説明が、完全性の節ではなく保護管理の節にあります。

また、緩衝地帯の数値が本文「214.91 ha」と一覧「214.916 ha」で違います(丸め)。

この章では、緩衝地帯がどの節で説明されるかが分かれました。

遺産 緩衝地帯の説明の場所
ザモシチ564 保護管理の節(「保全を強めるため描かれた」)
ジャイプール1605 完全性の節(「町の計画の設定と整列を支配した自然の地形と周囲の峰を含む」)
ルーネンバーグ741 完全性の節(「32.44 ha の緩衝地帯がある」)
北京中軸線1714 完全性の節(「保護の層を加え、都市の圧力を抑えるのを助ける」)
アスマラ1550/アムステルダム1349/ラ・ショー・ド・フォン1302/プレチニクの作品群1643/ル・アーヴル1181 本文に説明が無く、一覧の数値だけ

「緩衝地帯の数値がある」ことと、「緩衝地帯が何のために引かれたか書かれている」ことは別です。

2級で押さえること

基準(iv)単独、本体75.0391 ha・緩衝214.916 ha(約2.86倍)、1992年登録。ポーランド南東部。16世紀に大法官ヤン・ザモイスキが、西と北のヨーロッパを黒海と結ぶ交易路の上に創建。イタリアの「理想都市」の理論をもとに、パドヴァ出身の建築家ベルナルド・モランドが建てた——「啓蒙された創建者と卓越したイタリア人建築家とのきわめて緊密な協働の結果」。はじめから多国籍であることが意図され、高い水準の宗教の寛容を持っていた。ヤン・ザモイスキは大学(ザモシチ・アカデミー)も設立した。モランドの計画は、居住の宮殿・都市の総体・要塞の機能を一つに組み合わせた。西にザモイスキ宮殿、東に町そのもので、三つの広場の周りに配置。中央の大市場広場は二つの主要な軸の街路の接点にあり、アーケードのある商人の家で囲まれ壮麗な市庁舎が錨を下ろす。完全性は「新たに『生地のまま(in cruda radice)』設定された私的なルネサンスの町の、一体であり完全な例」とし、「資産は、開発および/または放置の悪影響に苦しんでいない」と書く(ルーネンバーグ741 は同じ文に `unduly`=過度には が入る。一語を落として読まない)。真正性は、近代の町が古い要塞の外に育ち、第二次世界大戦の広大な破壊を免れたことによる——同じ章のル・アーヴル1181 は逆に激しく爆撃され、再建が登録の対象になった。バロック期の軽微な改変は「むしろ豊かにした」、19世紀前半の国有の戦略的要塞への指定が最大の変化で、要塞の体系はいまは部分的にしか現存しない。地上の輸送のインフラと局所の公共設備は、計画の方針が厳格かつ一貫して適用されないかぎり脆弱でありうる。国は国家遺産登録簿と「歴史の記念物」の地位、在地は在地の空間開発計画で、最高水準の法的保護。資産は在地の政府の権限のもとにあり、保護の事柄は市議会の中で動く特別な部局と国の記念物保護業務の地域の機関が扱う。緩衝地帯の説明が完全性の節ではなく保護管理の節にある(「保全を強めるため描かれた」)。本文の数値(75.03 ha/214.91 ha)と一覧の数値(75.0391 ha/214.916 ha)は丸めが違うので、ゼミは一覧を使う。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで2通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
道の遺産道そのものか、道沿いの施設か、道が残した跡か「交易に基づく経済の中心として構想された」
戦争・紛争戦争が、登録の理由・真正性・完全性のどこに出るか「破壊を免れた」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:ザモシチの都市計画がもとにしたものについて、UNESCO の記述に合うものは?

  1. 地元ポーランドの伝統的な都市計画
  2. もとにした理論は書かれていない
  3. イタリアの「理想都市」の理論。パドヴァ出身の建築家ベルナルド・モランドが、創建者ヤン・ザモイスキとの緊密な協働で建てた
  4. イタリアの「理想都市」の理論で、パドヴァ出身の建築家ベルナルド・モランドが、創建者ヤン・ザモイスキの指示を受けずに単独で設計した
正解と解説を開く

正解:3.イタリアの「理想都市」の理論。パドヴァ出身の建築家ベルナルド・モランドが、創建者ヤン・ザモイスキとの緊密な協働で建てた

> この都市計画への革新的な取り組みは、その町の啓蒙された創建者と、卓越したイタリア人建築家ベルナルド・モランドとのきわめて緊密な協働の結果であった。「単独で」ではありません。モランドの計画は居住の宮殿・都市の総体・要塞の機能を一つに組み合わせました。

確認2:ザモシチの完全性の節に書かれている開発と放置についての一文は?

  1. 「資産は、開発および/または放置の悪影響に過度には苦しんでいない」
  2. 開発と放置についての記述は無い
  3. 「開発および/または放置の悪影響に苦しんでいない」だが、別の節では放置による被害が挙げられている
  4. 「資産は、開発および/または放置の悪影響に苦しんでいない」
正解と解説を開く

正解:4.「資産は、開発および/または放置の悪影響に苦しんでいない」

ザモシチ564 は `unduly`(過度には)が入りません。「過度には苦しんでいない」はルーネンバーグ741 です。放置による被害は、この資産のどの節にも書かれていません(アスマラ1550 は「少なからぬ数の建物が維持の欠如に苦しんでいる」)。一語の有無で意味が変わるので、落として読みません。

確認3:ザモシチの真正性が高いことの理由として UNESCO が挙げているのは?

  1. 近代の町が大部分が古い要塞の外に育ち、第二次世界大戦の広大な破壊を免れたこと
  2. 第二次世界大戦の後に忠実に再建されたこと
  3. 真正性についての記述は無い
  4. 近代の町が要塞の外に育って戦争の破壊を免れ、さらに19世紀以降も一切の改変を受けていないこと
正解と解説を開く

正解:1.近代の町が大部分が古い要塞の外に育ち、第二次世界大戦の広大な破壊を免れたこと

> 近代のザモシチの町は大部分が古い要塞の外に育ち、また第二次世界大戦のあいだにほかの多くのポーランドの町が受けた広大な破壊を免れたため、ザモシチの旧市街は今日、高い程度の真正性を示している。改変はあります——バロック期の軽微な改変は「むしろ豊かにした」とされ、19世紀前半に国有の戦略的要塞に指定されたのが最大の変化です。同じ8章のル・アーヴル1181 は逆に、激しく爆撃された後の再建が登録の対象になりました。

確認4:ザモシチの緩衝地帯について、UNESCO のページの書き方に合うものは?

  1. 完全性の節で説明されている
  2. 保護管理の節で「保全を強めるため描かれた」と説明されている
  3. 緩衝地帯は設定されていない
  4. 保護管理の節で説明されているが、一覧には緩衝地帯の行が無く数値は分からない
正解と解説を開く

正解:2.保護管理の節で「保全を強めるため描かれた」と説明されている

> 資産の保全を強めるため、緩衝地帯(214.91 ha)が描かれた。一覧にも行があり、214.916 ha です(本文は 214.91 ha で、丸めが違う。ゼミは一覧を使う)。緩衝地帯が完全性の節で説明されるのは、同じ8章のジャイプール1605・ルーネンバーグ741・北京中軸線1714 です。

参考資料

確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。