世界遺産条約の誕生 — 水没から救われた遺跡

基本を学ぶ

ダム建設で遺跡が沈む

世界遺産という考え方が生まれたきっかけは、エジプトで起きた出来事でした。

1960年、エジプトはナイル川にアスワン・ハイ・ダムをつくる計画を進めます。ダムができれば農業や電力の役に立ちます。しかしダムに水をためると、上流にあるヌビアの遺跡が水の底に沈んでしまうことがわかりました。

沈む遺跡のなかには、巨大な像で知られるアブ・シンベル神殿もありました。

世界中が力を合わせた

このときユネスコは、世界中によびかけて遺跡を救うキャンペーンを行いました。多くの国がお金や技術を出し合い、神殿は切り分けて高い場所へ移築され、水没をまぬがれました。

すぐれた遺跡や自然は、その国だけの問題ではなく、世界全体で協力して守るべきではないか。

世界遺産条約へ

こうして1972年、ユネスコの総会で世界遺産条約(正式には「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)が採択されました。日本がこの条約に加わったのは1992年です。

ポイントは、世界遺産条約が「文化」と「自然」を1つの条約でいっしょに守ろうとしていることです。それまで、文化財を守る動きと自然を守る動きは別々でした。両方を人類共通の財産としてまとめて扱ったところに、この条約の新しさがあります。

3級 3級向けに理解を深める

4級ではヌビアの遺跡が救われた出来事を見ました。3級では、その経験から何が条約に書き込まれたのかを見ます。

一つの出来事から一つの考えへ

アスワン・ハイ・ダムで沈むはずだったヌビアの遺跡は、各国が力を合わせて移築され、救われました。ここで分かったのは、ある国の中にあるものでも、失われれば世界中が損をするということです。この考えが顕著な普遍的価値という言葉になり、1972年の条約へつながりました。

文化と自然を一つの条約にまとめた

条約の正式な名前は「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」です。文化と自然を別々の条約にせず、一つにまとめたところにこの条約の特徴があります。だから複合遺産という区分が生まれ、文化の基準と自然の基準が同じ一覧の中に並んでいます。

守るのは第一にその国

世界遺産は UNESCO が選んで取り上げるものではありません。推薦するのはその遺産がある国で、守り続ける責任も第一にその国にあります。条約は、その国だけでは支えきれないときに国際社会が助ける、という形をとっています。

「世界中の人々に属する」とはどういう意味か

顕著な普遍的価値とは、国や人種、信仰、文化や歴史に関わりなく、世界中の人々に属するものであることを意味します。所有者が変わるという意味ではありません。誰にとっての値打ちかを言っている言葉です。

3級で押さえること

  • ヌビアの遺跡救済が1972年の条約につながった
  • 文化と自然を一つの条約にまとめた
  • 推薦も保護も、第一にその国が担う

2級 2級向けに理解を深める

この層は作業指針 WHC.25/01(2025-07-16) から書いている。作業指針は改訂され、段落の番号も中身も変わる。教材が基準にするのは第5版・第6版(2024年の世界遺産委員会まで反映)で、現行の作業指針とは別。適用時点が確かめられていないものは、その旨を書いてある。

締約国が委員会に「知らせる」こと(第172項)

世界遺産委員会は、条約の締約国に対し、条約のもとで保護された区域において、資産の顕著な普遍的価値に影響しうる大規模な修復または新築を行う、あるいは許可する意図を、事務局を通じて委員会に知らせるよう招請する。

いつ知らせるか。

通知はできるだけ早く(たとえば、特定の事業の基本文書を作成する前に)、そして元に戻すことが難しいいかなる決定を行う前に行われるべきである。 そうすることで、委員会は、資産の顕著な普遍的価値が完全に保たれるよう、適切な解決を探る手助けができる。

「許可」ではなく「知らせる」

委員会の許可を得る条文ではありません。「招請する(invites)」という言い方で、知らせることを求めています。

目的は、取り返しがつかなくなる前に相談できるようにすることです。だから「基本文書を作成する前に」「元に戻すことが難しい決定を行う前に」と時期まで書かれています。

日本の遺産でこれが出てくる例

平泉の保護管理の記述に、こうあります。

計画にある提案のうち、埋没している他の二つの庭園を復旧・復元する事業を実施する場合は、作業指針第172項に沿って、世界遺産センターに提出し、ICOMOS の評価と世界遺産委員会の検討を受ける必要がある。

勝手に復元できません。

復元や整備をめぐる扱いは、遺産ごとに違う言葉で書かれています。

遺産書かれていること
古都奈良復原はすべての介入に明確な論拠と正当化が必要
琉球王国のグスク復原する。ただし元の材料と区別できるようにする
北海道・北東北の縄文遺跡群「復元」ではなく「レプリカ」と明示し、考古学的堆積に触れない
富岡製糸場(荒船風穴)修復は考古学的な性格に留まらなければならない
平泉作業指針第172項の手続きを経る

「復元してよいか」ではなく、「どう扱えば真正性を損なわないか」が問われます。

守るための工事が、価値を損なうことがある

2級で何度も出てくる論点です。

遺産何のための構造物かどう書かれているか
平泉金色堂を守る覆堂景観の中の真正性をある程度損なっている
富士山落石から道を守る防護壁山の精神的な雰囲気に反して働く
百舌鳥・古市古墳群保存のための整備(seibi)影響評価の対象とし、見直す必要がある
明治日本松下村塾の公開のための整備環境の視覚的完全性が影響を受けている
ル・コルビュジエロンシャンの公開のためのビジターセンター礼拝堂を瞑想的な丘の環境から切り離している

安全・保存・公開のためのものでも、別の面の価値を損ないうる。だから第172項は「元に戻すことが難しい決定を行う前に」知らせよ、と書いています。

2級で押さえること

  • 第172項 … 顕著な普遍的価値に影響しうる大規模な修復や新築の意図を、事務局を通じて委員会に知らせる
  • 「許可」ではなく「知らせる」。「招請する」という書き方
  • 時期はできるだけ早く、元に戻すことが難しい決定を行う前に
  • 目的は、取り返しがつかなくなる前に適切な解決を探る手助けができるようにすること
  • 平泉の埋没する二つの庭園の復元は、第172項に沿って世界遺産センターへ提出し、ICOMOS の評価と委員会の検討を受ける
  • 復元の扱いは遺産ごとに違う(論拠と正当化/材料の区別/レプリカと明示/考古学的な性格に留まる)
  • 守るための工事が、別の面の価値を損なうことがある(5件に同じ論点が出る)

同じ論点が出てくる記事

2級の中心は、個別の暗記ではなく横断にあります。この記事で出てきた論点は、ほかの記事にも出てきます。

復元・復原への向き合い方が、遺産ごとに違う

「復元してよいか」ではなく「どう扱えば真正性を損なわないか」が問われる。

この記事の出どころ

  • UNESCO, Operational Guidelines for the Implementation of the World Heritage Convention, WHC.25/01(2025-07-16) https://whc.unesco.org/document/222376(2026-10-06 取得)

級別の確認問題

3級 確認問題

確認1:文化と自然を一つの条約にまとめたことの結果として生まれたものは?

  1. 文化遺産と自然遺産で、それぞれ別の一覧がつくられるという形
  2. 自然遺産だけを対象にする条約が、あとから必要になるという流れ
  3. 複合遺産という区分と、文化の基準と自然の基準が同じ一覧に並ぶ形
  4. 推薦できる国が、文化遺産と自然遺産とで分かれるという決まり
正解と解説を開く

正解:3.複合遺産という区分と、文化の基準と自然の基準が同じ一覧に並ぶ形

条約の正式な名前は「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」です。一つにまとめたから、複合遺産という区分が成り立ちます。

確認2:世界遺産を守る責任の所在についての説明として正しいものは?

  1. UNESCOがすべての遺産を直接管理する
  2. 第一にその遺産がある国が担い、支えきれないときに国際社会が助ける
  3. 世界遺産委員会が各国に代わって、保全の計画づくりから工事まで引き受ける
  4. 登録された時点で所有権が国際機関へ移る
正解と解説を開く

正解:2.第一にその遺産がある国が担い、支えきれないときに国際社会が助ける

推薦するのもその国、守り続けるのもその国です。条約は、その国だけでは支えきれないときの助け合いの形を定めています。

確認3:顕著な普遍的価値という言葉が意味している内容として正しいものは?

  1. 国や人種、信仰、文化や歴史に関わりなく、世界中の人々に属するものであること
  2. 世界中のどこを探しても、同じようなものがほかに見つからない珍しさのこと
  3. すべての国が同じ数だけ持っていること
  4. 所有者が国際機関に移ること
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正解:1.国や人種、信仰、文化や歴史に関わりなく、世界中の人々に属するものであること

誰にとっての値打ちかを言っている言葉で、所有者が変わるという意味ではありません。

確認4:ヌビアの遺跡の救済が世界遺産条約につながった理由として正しいものは?

  1. エジプトが遺跡の所有権を手放したから
  2. ダムの建設が中止されたから
  3. 移築にかかった費用を、UNESCOがすべて負担することになったから
  4. ある国の中にあるものでも、失われれば世界中が損をすると分かったから
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正解:4.ある国の中にあるものでも、失われれば世界中が損をすると分かったから

各国が力を合わせて遺跡を移築し救ったという経験が、顕著な普遍的価値という考え方につながりました。

2級 確認問題

確認1:作業指針第172項が締約国に求めていることは?

  1. 条約で保護された区域で顕著な普遍的価値に影響しうる大規模な修復や新築を行う意図を、事務局を通じて委員会に知らせること
  2. 年次の保存状況報告書を提出すること
  3. 遺産影響評価を必ず実施すること
  4. すべての修復工事について事前に世界遺産委員会の許可を得ること
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正解:1.条約で保護された区域で顕著な普遍的価値に影響しうる大規模な修復や新築を行う意図を、事務局を通じて委員会に知らせること

「許可」ではなく「知らせる」ことを招請する条文です。通知はできるだけ早く(例: 特定の事業の基本文書を作成する前に)、そして元に戻すことが難しい決定を行う前に行うべきとされます。平泉では、埋没する残り二つの庭園の復元事業がこの第172項に沿って世界遺産センターへ提出されることになっています。(作業指針 WHC.25/01(2025-07-16) 第172項)

読み終えたら、同じ級のクイズで確認してみましょう。