個人
ガートルード・エリオン
Gertrude B. Elion
1918年生まれ・1999年没
何をした人か
正常な細胞と、がん細胞や病原体の核酸代謝の違いに注目し、白血病や痛風、ヘルペスなどの薬の開発につなげた化学者です。ニューヨーク生まれです。 [根拠 4・5]
受賞理由のやさしい要約
1988年 生理学・医学賞(賞の1/3)
薬による治療の重要な原理の発見が評価されました。1945年から共同研究を続けたジョージ・ヒッチングス、心臓病や胃潰瘍の薬を開発したジェームズ・ブラックとの3人での受賞です。3人の発見から生まれた薬は、白血病や痛風、感染症などの治療に欠かせないものになったと紹介されました。
同じ年・部門の共同受賞:Sir James W. Black(未収録)、George H. Hitchings(未収録)
公式の受賞理由(英語)
for their discoveries of important principles for drug treatment何が新しかったか
それまでの薬づくりは、主に天然の物質を化学的に手直しすることに頼っていました。エリオンらは、核酸の材料となる物質の代謝の違いを利用して、がん細胞や病原体の増殖だけを狙って止める薬を探しました。この考え方から、白血病の薬や、移植した臓器への拒絶反応を抑える薬、ヘルペスの薬などが生まれました。 [根拠 4]
私たちの生活や社会とのつながり
大恐慌の影響で大学院に進めず、研究所の職も女性には開かれていなかった時代に、無給の助手から研究の道に入りました。仕事を続けるために博士号はあきらめましたが、のちに複数の名誉博士号を受けています。受賞発表では、同じ研究所で開発されたエイズの薬AZTにも、この考え方が生かされたと紹介されています。 [根拠 4]
関連する受賞者・団体
- ゲルハルト・ドーマク編集上の関連
エリオンとヒッチングスの研究では、マラリアや細菌感染の薬の効き目がサルファ剤と組み合わせると大きく高まることも見つかりました。サルファ剤の道を開いたドーマクの発見が、のちの創薬にも生きた例です。
- リータ・レーヴィ=モンタルチーニ編集上の関連
レーヴィ=モンタルチーニは父の方針と人種差別的な法律に、エリオンは女性に開かれていなかった研究職の壁に向き合いながら、研究の道を切り開きました。
「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。
次に読むためのキーワード
出典と確認日
- NobelPrize.org 受賞者ページ(Gertrude B. Elion)
- 1988年 ノーベル生理学・医学賞(NobelPrize.org)
- Gertrude B. Elion – Facts - NobelPrize.org
- The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1988 - Press release - NobelPrize.org
- Gertrude B. Elion – Biographical - NobelPrize.org
受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。