個人
イレーヌ・ジョリオ=キュリー
Irène Joliot-Curie
1897年生まれ・1956年没
何をした人か
アルミニウムにアルファ線を当てて、人工的に放射性の原子をつくり出したフランスの科学者です。マリーとピエール・キュリーの娘です。
受賞理由のやさしい要約
1935年 化学賞(賞の1/2)
人工的に新しい放射性元素をつくり出したことが評価され、夫フレデリック・ジョリオとの共同受賞となりました。授賞式では、24年前に母マリーが化学賞を受けた式典に、幼いイレーヌも出席していたことが紹介されました。
同じ年・部門の共同受賞:Frédéric Joliot(未収録)
公式の受賞理由(英語)
in recognition of their synthesis of new radioactive elements何が新しかったか
1934年、夫とともに薄いアルミニウム板にアルファ粒子を当てると、線源を取り除いたあとも放射線が出続けることに気づきました。アルミニウムの原子が、リンの放射性同位体に変わっていたのです。自然の鉱物に頼らず、ありふれた元素を原料に放射性の原子をつくれる道を開きました。
私たちの生活や社会とのつながり
人工の放射性元素は、生物の体内で物質がどう動くかを追う手がかりとして、受賞当時から期待されていました。第一次世界大戦中には母とともに移動式のX線装置を届け、1936年には科学研究担当の政務次官にも任命されました。女性の社会的・知的な地位向上にも強い関心を寄せていました。
関連する受賞者・団体
- エンリコ・フェルミ研究の継承
フェルミは、ジョリオ=キュリー夫妻による人工放射能の発見を受けて、中性子を当てるとほとんどの元素で原子核の変換が起こることを示しました。
- マリー・キュリー編集上の関連
イレーヌはマリーとピエール・キュリーの娘で、両親が創設した研究所で受賞研究を行いました。1911年に母が化学賞を受けた式典には、幼いイレーヌも出席していました。
- ジェームズ・チャドウィック編集上の関連
ジョリオ=キュリー夫妻は、ベリリウムからの放射線をパラフィンに当てると陽子の強い流れが出ることを観察しました。チャドウィックは、この放射線が中性子だと仮定した計算が実験とよく合うことを示しました。
- ゲオルク・ド・ヘヴェシー編集上の関連
天然の放射性元素を目印にする方法は、鉛などの重い金属にしか使えませんでした。イレーヌとフレデリック・ジョリオ=キュリー、そしてフェルミが粒子を当てて放射性同位体をつくれるようにしたことで、状況は大きく変わりました。
「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。
次に読むためのキーワード
出典と確認日
- NobelPrize.org 受賞者ページ(Irène Joliot-Curie)
- 1935年 ノーベル化学賞(NobelPrize.org)
- Enrico Fermi – Biographical – NobelPrize.org
- Irène Joliot-Curie – Facts - NobelPrize.org
- Irène Joliot-Curie – Biographical - NobelPrize.org
- Award ceremony speech - NobelPrize.org
受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。