個人
フレデリック・ライネス
Frederick Reines
1918年生まれ・1998年没
何をした人か
原子炉から出る放射線を水のタンクに通し、ニュートリノの存在を示す反応を見つけたアメリカの物理学者です。
受賞理由のやさしい要約
1995年 物理学賞(賞の1/2)
ニュートリノの検出が評価されました。1995年の物理学賞はレプトン物理学への先駆的な実験的貢献に贈られ、半分をライネスが、残る半分をタウ粒子を発見したマーティン・パールが受けました。受賞発表によると、ライネスは1950年代、この研究をクライド・カワンとともに進めました。カワンは発表の時点ですでに亡くなっていました。
同じ年・部門の共同受賞:Martin L. Perl(未収録)
公式の受賞理由(英語)
for the detection of the neutrino何が新しかったか
ニュートリノは1930年、原子核のベータ崩壊でエネルギー保存の法則が成り立たないように見える謎を解くため、パウリが手紙の中で考えた仮説上の粒子でした。その存在を確かめるのは不可能に思われていました。ライネスとカワンは塩化カドミウムを含む約400リットルの水を標的にし、陽電子と中性子の両方をとらえることで誤った解釈の危険を減らしました。
私たちの生活や社会とのつながり
受賞発表によると、この成果は「不可能」とされたニュートリノ実験への扉を開きました。1950年代の2人の検出器の水は1立方メートルに満たない量でしたが、1990年代の大規模な実験では何千立方メートルもの検出器が使われ、太陽や超新星から来るニュートリノがねらわれていました。
関連する受賞者・団体
- ジョルジュ・シャルパク編集上の関連
シャルパクは粒子検出器の発明と発展で、ライネスはニュートリノの検出で受賞しており、目に見えない粒子をどうとらえるかという同じ問いに別々の答えを出した2人です。
- 小柴昌俊編集上の関連
小柴昌俊らのカミオカンデは、1987年2月23日に遠くの超新星爆発からのニュートリノをとらえました。ライネスのアーバインの研究グループも、カミオカンデとの共同観測として超新星1987Aのニュートリノをとらえ、1989年にブルーノ・ロッシ賞を受けています。
- 梶田隆章編集上の関連
1995年の受賞発表では、電子ニュートリノにわずかでも質量が残るかどうかは未解決の問題とされていました。梶田隆章は、宇宙線と大気の反応で生まれたニュートリノを調べ、種類が入れ替わることから質量を持つはずだと示しました。
「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。
次に読むためのキーワード
出典と確認日
- NobelPrize.org 受賞者ページ(Frederick Reines)
- 1995年 ノーベル物理学賞(NobelPrize.org)
- Frederick Reines – Facts - NobelPrize.org
- Press release: The 1995 Nobel Prize in Physics - NobelPrize.org
- Award ceremony speech - NobelPrize.org
受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。