個人

グレン・シーボーグ

Glenn Theodore Seaborg

1912年生まれ・1999年没

  • 1951年 化学賞

何をした人か

ウランより重い「超ウラン元素」をつくり出し、その化学的な性質を明らかにした、カリフォルニア大学バークレー校の化学者です。

受賞理由のやさしい要約

1951年 化学賞(賞の1/2)

超ウラン元素の化学における発見が評価され、エドウィン・マクミランとの2人で受賞しました。マクミランは1940年、アベルソンとともにウランに中性子を当て、93番元素ネプツニウムをつくりました。演説は、シーボーグが自然の限界とも思われた周期表の先へ、新しい元素の列を広げたとたたえています。

同じ年・部門の共同受賞:Edwin M. McMillan(未収録)

公式の受賞理由(英語)
for their discoveries in the chemistry of the transuranium elements

何が新しかったか

1940年、マクミランやシーボーグらは、ネプツニウムが壊れると94番元素ができることを報告し、これがプルトニウムと名づけられました。戦後はシーボーグが研究グループを率い、さらに4つの超ウラン元素がつくられ、ごく微量で調べる技術によって性質が確かめられました。シーボーグは、これらの重い元素がランタノイドに似た「アクチノイド」という一続きの仲間をなすという考え方も示しました。

私たちの生活や社会とのつながり

プルトニウムは核兵器と原子力の両方に関わる物質となり、シーボーグは戦時中、マンハッタン計画のプルトニウム研究を率いました。1961年からはアメリカ原子力委員会の委員長を務めました。アクチノイドの考え方は、重い元素が周期表のどこに入るかを示しました。

関連する受賞者・団体

  • ニールス・ボーア編集上の関連

    ボーアは、ウランより重い元素があれば、よく似た元素が並ぶ新しい列をつくるだろうと述べていました。超ウラン元素が希土類と同じような仲間をなすというこの予言は、シーボーグたちの研究で確かめられました。

  • オットー・ハーン編集上の関連

    ハーンとマイトナーは中性子を当てて超ウラン元素ができると考えましたが、1938年末、ハーンとシュトラスマンはそれが原子核の分裂だったことを見つけました。確かな証拠のある最初の超ウラン元素は、1940年にマクミランらがつくったネプツニウムでした。

「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。

次に読むためのキーワード

出典と確認日

  1. NobelPrize.org 受賞者ページ(Glenn T. Seaborg)
  2. 1951年 ノーベル化学賞(NobelPrize.org)
  3. Award ceremony speech - NobelPrize.org
  4. Glenn T. Seaborg – Facts - NobelPrize.org
  5. Glenn T. Seaborg – Biographical - NobelPrize.org

受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。

主な受賞者・団体を選んで掲載しています。全受賞者の網羅ではありません。 Neutrope Biz が制作する独立した学習コンテンツです。ノーベル財団・NobelPrize.org の公式サイトや公認の企画ではありません。