個人
ジョディ・ウィリアムズ
Jody Williams
1950年生まれ
何をした人か
アメリカ生まれの活動家です。地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)の創設時からのコーディネーターとして、対人地雷の禁止を求める運動を率いました。
受賞理由のやさしい要約
1997年 平和賞(賞の1/2)
対人地雷の禁止と除去に向けた活動が評価されました。地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)との同時受賞で、受賞発表は、両者がわずか数年のうちに地雷の禁止を夢から実現できるものへ変えたと述べています。ICBLに加わる1000を超える団体の網の目が、人々の幅広い思いをかつてない形で届けたとも述べました。
同じ年・部門の共同受賞:International Campaign to Ban Landmines(未収録)
公式の受賞理由(英語)
for their work for the banning and clearing of anti-personnel mines活動の何が新しかったか
1980年代には戦争で荒れたエルサルバドルで援助活動に関わり、手足を失った子どもたちに義肢を届ける仕事を任されました。1992年に6つのNGOで正式に始まったキャンペーンは、60か国以上の1000を超えるNGOに広がり、政府や国連機関、赤十字国際委員会と協力して条約を実現しました。
私たちの生活や社会とのつながり
オタワ条約は120か国が署名して1999年に発効し、対人地雷の使用・生産・売買・貯蔵を禁じました。地雷の除去や人道支援の義務も定めています。受賞発表は、地雷が無差別に人を死傷させ、市民の暮らしと、被害を受けた国々の社会や経済の発展を脅かしていると指摘していました。
関連する受賞者・団体
- 核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)研究の継承
ノーベル賞の公式サイトは、ICANの活動がジョディ・ウィリアムズと地雷禁止国際キャンペーンにも刺激を受けたと紹介しています。どちらも市民の運動から、ある種類の兵器を条約で禁じることを目指しました。
- 化学兵器禁止機関(OPCW)編集上の関連
対人地雷を禁じたオタワ条約と、化学兵器の生産と貯蔵を禁じた化学兵器禁止条約は、どちらも特定の種類の兵器を条約で取り除こうとするものです。ウィリアムズは市民の運動から条約づくりを後押しし、OPCWは条約が守られているかを監視しながら、化学兵器をなくす努力で受賞しました。
「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。
次に読むためのキーワード
出典と確認日
- NobelPrize.org 受賞者ページ(Jody Williams)
- 1997年 ノーベル平和賞(NobelPrize.org)
- International Campaign to Abolish Nuclear Weapons (ICAN) – Facts
- Jody Williams – Facts
- Organisation for the Prohibition of Chemical Weapons (OPCW) – Facts
- Press release - Nobel Peace Prize 1997 - NobelPrize.org
- Jody Williams – Biographical - NobelPrize.org
受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。