ロロペニの遺跡群

登録年
2009年
所在国
ブルキナファソ
登録区分
文化遺産
地域
アフリカ
登録基準
(iii)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — 緩衝地帯が本体の約250倍

ブルキナファソ。コートジボワール、ガーナ、トーゴの国境の近く。

本体 1.113 ha(説明文は 11,130 m²。一致)
緩衝地帯 278.4 ha(本体の約250倍)
登録 2009年、基準 (iii) 単独
dossier 1225rev

説明文は「この国で最初に登録された資産」と書いています。

緩衝地帯の比

これまで読んだ88件で、本体に対する緩衝地帯の比を並べます。

遺産 比
タフテ・ソレイマーン1077 約744倍
アーヘンの大聖堂3 約300倍
ロロペニ1225 約250倍
ペルシアの隊商宿1668 約108.6倍
マサダ1040 約105倍
スレイマン・トー1230 約42.75倍
ジェロニモス修道院263 約38.7倍
ラニ・キ・ヴァヴ922 約26.8倍
泉州1561 約20.8倍

ロロペニ1225 は本体が1.113 ha と小さいため、比が大きくなっています。

何があるのか

劇的で記憶に残るロロペニの遺構は、大きな放棄された集落を囲む、高さ最大6 m の堂々たる高いラテライト石の周壁からなる。

ロビ地域の類似した要塞 10。ロロペニはそのうちもっともよく保存されたもの
より大きな群 約100の石造の囲い

それらは、サハラ越えの金の交易と同時に栄えた集落の網の一部であり、その交易の力と影響、および大西洋岸とのその結びつきを映しているように見える。

「映しているように見える(appear to reflect)」と推量形です。

この章の泉州1561 も「実効的な統制のもとにあるように見える」でした。

年代

最近の発掘が放射性炭素年代を与え、ロロペニの壁の囲いが少なくとも紀元後11世紀に遡り、14世紀と17世紀のあいだに栄えたことを示唆している。こうしてそれを集落の網の重要な一部として確立している。

説明文はさらにこう書きます。

集落はロホロンまたはクーランゴの人びとによって占められ、彼らは14世紀から17世紀に頂点に達したときに地域における金の採掘と変換を支配していた。 この遺跡には多くの謎が取り巻いており、その大部分はまだ発掘されていない。集落はその長い歴史の中のいくつかの時期に放棄されたように見える。19世紀初頭に最終的に見捨てられた資産は、はるかに多くの情報をもたらすと期待されている。

「多くの謎が取り巻いている」と説明文に書かれる資産は、これまで読んだ90件でここだけです。

基準(iii) — ほかの類型との違いで説明している

ロロペニは、西アフリカの広い部分における、金の採掘の伝統に結びついた要塞化された集落の一類型のもっともよく保存された例であり、その類型は少なくとも七世紀を通じて持続したように見える。

ロロペニは、その大きさと範囲を考えると、現在のナイジェリアの城壁都市や、ガーナ・マリ・ソンガイの帝国の一部として栄えたニジェール川上流域の都市とはかなり異なる構造の類型を映している。こうしてそれは、金の交易が生んだ集落の応答への例外的な証と見ることができる。

基準の文が、ほかの類型との違いで価値を説明しています。

23章のゴア234 の基準(iv)は、ほかの世界遺産(クスコ1983ほか)の名と登録年を挙げて比較していました。ロロペニ1225 は、世界遺産ではない都市の類型と比べています。

比較の仕方 例
ほかの世界遺産の名と登録年を挙げる ゴア234(クスコ1983・オウロ・プレト1980・オリンダ1982・サルバドール1985)
世界遺産ではない都市の類型と比べる ロロペニ1225(ナイジェリアの城壁都市、ニジェール川上流域の都市)
自らの類型の中での位置を述べる ブリッゲン59(四つのハンザ商館のうち唯一)/ジッダ1361(紅海沿岸で最後に生き残った)

完全性と真正性が一つの節になっている

この資産のページでは、`Integrity and Authenticity` が一つの見出しになっています。

これまで読んだ88件で、同じ形は4章のスレイマン・トー1230 だけです。

一次資料の節の形 例
完全性と真正性が一つの節 ロロペニ1225/スレイマン・トー1230
完全性と真正性の見出しが無い ラヴォー1243
三つとも見出しが無い ロイ・マタ1280
見出しなしの導入文+基準+一文〜一段落 バハイ教聖所群1220/プレア・ビヒア1224
顕著な普遍的価値の節が丸ごと無い キャンディ450/トンガリロ421

書かれていること

廃墟としての要塞化された集落の真正性は疑いない。

ロロペニの正確な歴史は、最近の研究計画を通じてようやく焦点を結びつつあり、その機能はいまも部分的に推測の域にある。しかし、もっとも大きくもっともよく保存された要塞化された集落としての地位の点では、記念物の完全性は満足できるものである。

「機能はいまも部分的に推測の域にある」と書いたうえで、完全性は満足できるとしています。

「分かっていないこと」と「満たされていること」を同じ段落で書き分けています。

将来の拡張の可能性

やがてより多くの証拠が現れたとき、その使用・機能・歴史に結びついた属性のより多くを、より大きな区域が包含しうるかどうかを検討する必要が生じうる。

将来の拡張の可能性が書かれる資産は、この章にもう1件あります——ペルシアの隊商宿1668(付属の建物が資産の境界に含められることが有益であろう)。

ほかに13章のタフテ・ソレイマーン1077はまだ発掘されていないサーサーン朝の町が緩衝地帯の中にあり、23章のアユタヤ576 は島全体への拡張が準備中でした。

誰が守っているか — 保護管理の節が一文

この資産の保護管理の節は、一文です。

ロロペニの遺構の保護管理委員会、ロロペニの遺構の研究・保全・開発のための科学評議会、そして2005年以来実施されている管理計画が、在地の共同体の中の持続可能な発展の焦点として遺構を管理するための良い基礎をなしている。

これまで読んだ88件で、保護管理の節がもっとも短い資産です。

遺産 保護管理の節の長さ
ロロペニ1225 一文
プレア・ビヒア1224 二文(真正性・完全性と一段落にまとめられている)
バハイ教聖所群1220 一段落
グラン・プラス857 問題の列挙だけで14項目
ヴェネツィア394 管理計画の承認機関が20を超える

長さは、整っている度合いとは別のことです。ロロペニ1225 は「良い基礎をなしている」と書かれており、足りないものは書かれていません。

管理計画は2005年以来

登録は2009年なので、管理計画の実施は登録の4年前から始まっています。

この章では、登録と計画の前後がいくつか書かれています。

遺産 登録と計画
ロロペニ1225 管理計画は2005年以来実施(登録2009年)
ラニ・キ・ヴァヴ922 管理計画の実施は2013年に始まった(登録2014年)
レブカ1399 管理計画は2010年作成・2013年2月修正承認(登録2013年)
フィリピンのバロック教会群677 個別の管理計画は登録のときには無かった

ハーグ条約の第二議定書

ほかの保全の仕組みとの重なりとして、1954年ハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護)の第二議定書に「ロロペニの遺構」が記録されています。

これまで読んだ90件で、この制度が出てくる資産はここだけです。

ほかの保全の仕組み 出てきた資産の例
1954年ハーグ条約 第二議定書 ロロペニ1225
2003年条約(無形文化遺産) 多数
生物圏保存地域 黄山547・カジュラーホ240・ペルシアの隊商宿1668 ほか
ジオパーク 黄山547・石窟庵736
ラムサール ヴェネツィア394

2級で押さえること

基準(iii)単独、本体1.113 ha(説明文は11,130 m²)・緩衝278.4 ha(約250倍)、2009年登録。説明文は「この国で最初に登録された資産」とする。高さ最大6 m のラテライト石の周壁が大きな放棄された集落を囲む。ロビ地域の10の類似した要塞のうちもっともよく保存されたもので、約100の石造の囲いというより大きな群の一部。サハラ越えの金の交易と同時に栄えた集落の網の一部で、その交易の力と影響、大西洋岸との結びつきを「映しているように見える」(推量形)。最近の発掘の放射性炭素年代が、少なくとも紀元後11世紀に遡り14世紀と17世紀のあいだに栄えたことを示唆している。説明文は「この遺跡には多くの謎が取り巻いており、その大部分はまだ発掘されていない」とする。基準(iii)は、ナイジェリアの城壁都市や、ガーナ・マリ・ソンガイの帝国の一部として栄えたニジェール川上流域の都市とはかなり異なる構造の類型だと、ほかの類型との違いで説明している。`Integrity and Authenticity` が一つの節(これまで読んだなかでスレイマン・トー1230 と同じ形)。「機能はいまも部分的に推測の域にある」と書いたうえで、完全性は満足できるとしている。より多くの証拠が現れたとき、より大きな区域が属性のより多くを包含しうるかを検討する必要が生じうる。保護管理の節は一文で、保護管理委員会・科学評議会・2005年以来実施されている管理計画が「良い基礎をなしている」とされる(登録の4年前から実施)。1954年ハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護)の第二議定書に記録されている——これまで読んだ90件でこの制度が出てくるのはここだけ。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで2通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
帝国系「帝国」が、その資産に対してどの向きで働くか「ガーナ・マリ・ソンガイの帝国の一部として栄えたニジェール川上流域の都市とはかなり異なる構造の類型を映している」
伝統的な暮らし人が住んでいることを、資産がどう扱うか「廃墟としての要塞化された集落の真正性は疑いない」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:ロロペニの遺跡群の年代について、最近の発掘が与えた放射性炭素年代が示しているのは?

  1. 少なくとも紀元後11世紀に遡り、14世紀と17世紀のあいだに栄えた
  2. 紀元後7世紀に遡り、11世紀に栄えた
  3. 19世紀初頭に築かれ、まもなく放棄された
  4. 少なくとも紀元後11世紀に遡るが、栄えた時期は発掘が及んでいないため書かれていない
正解と解説を開く

正解:1.少なくとも紀元後11世紀に遡り、14世紀と17世紀のあいだに栄えた

概要は `Recent excavations have provided radio-carbon dates suggesting the walled enclosure at Loropéni dates back at least to the 11th century AD and flourished between the 14th and 17th centuries` と書きます。遡る年代と栄えた時期の両方が書かれています。説明文は同じことを「少なくとも1,000年前」と丸めて書くので、二つの言い方を取り違えないようにします。19世紀初頭は、最終的に見捨てられた年代のほうです。

確認2:ロロペニの遺跡群の基準(iii)が、価値をどう説明しているか?

  1. ほかの世界遺産の名と登録年を挙げて比較する
  2. ナイジェリアの城壁都市や、ガーナ・マリ・ソンガイの帝国の一部として栄えたニジェール川上流域の都市とはかなり異なる構造の類型を映しているとする
  3. 比較は行われていない
  4. ナイジェリアの城壁都市やニジェール川上流域の都市と異なる類型だとし、さらにほかの世界遺産の名と登録年も挙げて比較するが、具体的な都市名は挙げていない
正解と解説を開く

正解:2.ナイジェリアの城壁都市や、ガーナ・マリ・ソンガイの帝国の一部として栄えたニジェール川上流域の都市とはかなり異なる構造の類型を映しているとする

> ロロペニは、その大きさと範囲を考えると、現在のナイジェリアの城壁都市や、ガーナ・マリ・ソンガイの帝国の一部として栄えたニジェール川上流域の都市とはかなり異なる構造の類型を映している。ほかの世界遺産の名と登録年を挙げて比較するのは23章のゴア234(クスコ1983・オウロ・プレト1980・オリンダ1982・サルバドール1985)です。ロロペニ1225 は世界遺産ではない都市の類型と比べています。

確認3:ロロペニの遺跡群の完全性について、UNESCO の記述に合うものは?

  1. 機能が分かっていないため完全性は満たされていないとしている
  2. 完全性についての記述は無い
  3. 機能はいまも部分的に推測の域にあり、そのため完全性の評価は将来に持ち越され、もっともよく保存された集落としての地位も定まっていないとしている
  4. 機能はいまも部分的に推測の域にあると書いたうえで、もっともよく保存された要塞化された集落としての地位の点では完全性は満足できるとしている
正解と解説を開く

正解:4.機能はいまも部分的に推測の域にあると書いたうえで、もっともよく保存された要塞化された集落としての地位の点では完全性は満足できるとしている

> ロロペニの正確な歴史は、最近の研究計画を通じてようやく焦点を結びつつあり、その機能はいまも部分的に推測の域にある。しかし、もっとも大きくもっともよく保存された要塞化された集落としての地位の点では、記念物の完全性は満足できるものである。「分かっていないこと」と「満たされていること」を同じ段落で書き分けています。評価を将来に持ち越すとは書かれていません(将来に書かれているのはより大きな区域の検討です)。

確認4:ロロペニの遺跡群に記録されている、ほかの保全の仕組みは?

  1. 生物圏保存地域
  2. ラムサール条約
  3. 1954年ハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護)の第二議定書
  4. 1954年ハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護)の第二議定書と、生物圏保存地域の両方
正解と解説を開く

正解:3.1954年ハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護)の第二議定書

1954年ハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護)の第二議定書に「ロロペニの遺構」が記録されています。これまで読んだ90件で、この制度が出てくる資産はここだけです。生物圏保存地域は黄山547・カジュラーホ240・ペルシアの隊商宿1668 など、ラムサールはヴェネツィア394 に記録されています。

参考資料

確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。