ロドス島の中世都市

登録年
1988年
所在国
ギリシャ
登録区分
文化遺産
地域
ヨーロッパ
登録基準
(ii) (iv) (v)

基本を学ぶ

どこにあり、何が登録されたのか — タブに `Best Practice` がある

ギリシャ、ドデカネス諸島最大の島ロドス。ドデカネス県、南エーゲ地方。

本体 65.85 ha
緩衝地帯 一覧に行が無い
登録 1988年、基準 (ii)(iv)(v)=3つ
dossier 493(bis / rev なし)
保存状況報告 2年分(1994・1995年)
GIS データ 未受領
ほかの保全の仕組み 一覧に記載なし
ページのタブ `Best Practice` がある

ページのタブが資産によって違う

タブ 出てきた資産
`Assistance`(国際援助) バレッタ131/クラック・デ・シュヴァリエ1229/ブラジリア445(21章)
`Best Practice` ロドス493
`Indicators` ほぼすべての資産

`Best Practice` のタブがある資産は、これまで読んだ159件でここだけです。タブは顕著な普遍的価値の本文ではないので、本文と分けて記録します。中身までは本文からは分かりません。

いつ、誰が占拠したか — アッコを失った後に来た

年 何が起きたか
1291年 聖ヨハネ騎士団がパレスティナにおける最後の拠点アッコを失った
1309年 騎士団がロドスを占拠した
1444年 エジプトのスルタンが率いた恐るべき包囲
1480年 メフメト2世の包囲
1522年 スレイマン2世が行った6か月の包囲の後、ロドスはついに陥落した
1523年 説明文と概要はどちらも「1309年から1523年まで」占拠したと書く

同じ章のアッコ1042 を失ったことが、ロドス493 の始まりとして書かれています。二つの資産が一次資料の中で直接つながる例です。

陥落が1522年、占拠の終わりが1523年と書かれます。陥落と引き渡しの差とも読めますが、一次資料に説明が無いので、両方を記録します。

騎士団は島の首都を「包囲に耐えられる要塞都市に変容させた」とされます。

高い町と低い町 — 七つの「語」と宿

中世都市は4 km の長さの壁の内側にあり、北の高い町と南南西の低い町に分かれます。元は要塞の壁で低い町から隔てられており、高い町は全体を騎士団が建てました。

騎士団は七つの「語」に組織されていた

騎士団は七つの「語(tongues)」に組織され、それぞれが自分の座すなわち「宿(inn)」を持っていた。

騎士通りに並ぶ宿 イタリア、フランス、スペイン、プロヴァンスの語の宿が、主要な東西軸である有名な騎士通りの両側に並ぶ——「ゴシック都市計画のもっとも優れた証言の一つ」
オーヴェルニュの宿 北、騎士団の最初の施療所の跡地の近くに立つ。そのファサードに1512年から1513年まで騎士団長だったギー・ド・ブランシュフォールの紋章を帯びる
大施療院 元の施療所は15世紀に1440年から1489年のあいだに建てられた大施療院に置き換えられ、騎士通りの南側にある

バレッタ131 では同じものが「宿舎(auberge)」と呼ばれ、言語ごとの座とされていました。一次資料の呼び方が資産によって違うので、どちらで書かれていたかを記録します。

低い町

密度 「低い町は高い町とほとんど同じくらい記念物で密である」
1522年 人口5,000。多くの教会があり、いくつかはビザンツの建築
増えたもの 南南東の区域で宮殿と慈善財団が増えた——商業裁判所、大司教の宮殿、聖カタリナの施療院など

1523年以後も歴史は続く — 教会がモスクになった

その歴史と1912年までの発展は、モスク、浴場、住居といった価値あるイスラムの記念物の追加をもたらした。

1523年以後、ほとんどの教会がイスラムのモスクに転換されました。

転換されたモスク
スレイマンのモスク
カヴァクリ・メスチティ
デミルリ・ジャミ
ペイアル・エド・ディン・ジャミ
アブドゥル・ジェリル・ジャミ
ドラプリ・メスチティ

城壁は絶えず作り直された

基礎 部分的にビザンツの囲いの基礎の上に建てられた
維持 14世紀から16世紀にかけて、騎士団長たちのもとで絶えず維持され改造された
最後の特徴 砲の射撃陣地が最後に加えられた特徴だった
アンボワーズ門の区間 16世紀初頭、1512年に北西の角に建てられた区間で、カーテンウォールは厚さ12 m、銃眼を貫いた高さ4 m の胸壁を持っていた

「ロドスの要塞は中世末期に東地中海全域に影響を及ぼした」とされます。

三つの基準

基準 中身
(ii) 「長く攻略不可能と考えられてきた『フランク人の』町」の要塞が、中世末期に東地中海盆全域に影響を及ぼした
(iv) 「包囲への強迫的な恐れによって特徴づけられる文脈のなかで、十字軍の間に創設された軍事/施療の修道会が東地中海地域で生き延びた歴史の重要な時期を例示する建築アンサンブルの際立った例」。エーゲ海の島にあること、古代ギリシアの都市の跡地にあること、かつて古代世界の七不思議の一つであるリンドスのカレスが建てたコロッソスで飾られた港を見下ろすことが、その関心をさらに増している。「最後に、歴史の鎖は1523年に断ち切られたのではなく、むしろ1912年まで、価値あるイスラムの記念物の追加とともに続いたことに注意しなければならない」
(v) 「フランク人とオスマンの建物を持つロドスの旧市街は、相次ぐ複雑な文化変容(acculturation)の現象によって特徴づけられる伝統的な人間の居住の重要なアンサンブル」。「ドデカネスの伝統との接触がゴシック建築の形を変え、1523年以後の建設は、二つの世界の出会いから生じる土着の形を、オスマン起源の装飾の要素と組み合わせた」。「1912年より前の年代のすべての建造された要素は、生活条件の進化のために脆弱になっており、大きな宗教・市民・軍事の記念物と同じくらい保護されなければならない」

基準(iv)が「歴史の鎖は1523年に断ち切られたのではない」と明記します。騎士団の章の資産でも、一次資料は騎士団の後の時代まで価値に含めています。

完全性の節に、完全性の評価が書かれていない

この節は一文だけです。

観光開発と資産の商業的過剰利用による増大する危険、土地利用と建築規制の変更が、資産の戦略的な管理を絶えず強化することを要し、それによって環境と都市組織(1912年より前のすべての要素を含む)に加えられる圧力が最小化される。

書かれているのは脅威と必要な対応だけで、「資産は顕著な普遍的価値を表現するために必要な要素を含んでいる」といった完全性そのものの評価がありません。これまで読んだ159件でここだけです。

遺産 完全性の節の書き方
ロドス493 脅威と必要な対応だけ。完全性そのものの評価が無い
ケルン大聖堂292(20章) 二文。「必要なすべての要素を含み、適切な大きさである」だけで、弱点も圧力も書かない
バウハウス729(21章) 二文。弱点も圧力も書かない
紅河ハニ族棚田群1111(4章) 弱点をはっきり並べる(材料・土砂崩れ・生計・観光)
アッコ1042 要素を列挙したうえで、「市の全体の一貫性は、とくに維持と保全の活動がまだ着手されていないところで脆弱である」

「完全性の節に何が書かれていないか」まで記録します。評価が無いことを「完全性が低い」とは読みません。

真正性は、後の時代の痕跡を価値として扱う

保たれたもの 中世都市の建築の性格と都市組織、および第一次の建設材料
オスマン期の改変 「城壁と市内の記念物へのオスマン期の改変は、歴史的居住の性格をまったく損なわず、資産の歴史の層成の唯一無二で不可分の証拠である」
1912年以後のイタリアの占領 「いくつかの主要な建物の再建とともに、ロドスの都市景観に強い痕跡を残した。それでもなお、ロドスの都市の歴史の恒久的で不可分の一部とみなされなければならない」

後の時代の改変を「損ねたもの」ではなく「不可分の証拠」「不可分の一部」として扱う書き方です。20章のラヴェンナ788 の「改変それ自体に内在的な歴史的価値がある」と同じ型です。

保護管理 — EU の資金と、大統領令になる研究

法令と機関

法 考古法3028/2002「古物と文化遺産一般の保護について」と、官報に公示された個別の省令
実施 文化教育宗教省が、責任ある地域の部局(ドデカネス古物管理局)を通じて保護と管理を行う
科学委員会 ロドスの中世都市における修復事業の実行に責任を持つ科学委員会が、同省に監督される

「ロドスは生きた都市である」

ロドスは生きた都市なので、文化教育宗教省は責任ある団体(公的、地域、市)と協力し、ロドスの中世都市が永続的に進化する歴史的居住としての質的な特徴を保てるようにする。

この章では、バレッタ131 も「バレッタは生きた都市である」、アッコ1042 も「市が生きた都市であり続けることを確かにするために多くの努力が注がれている」と書かれます。三つとも書き方が違うので、そのまま写します。

保全工事の資金に EU が入る

城壁、記念物、共用空間、私有の建物への保全工事はなお進行中であり、欧州連合、国、民間の資源によって資金提供されている。

欧州連合が資金源として書かれる資産は、これまで読んだ159件でここだけです。

遺産 財源
ロドス493 欧州連合、国、民間の資源
オルタ1005(21章) 地域の補助金が工事の総費用の最大80%まで
スクーグスシュルコゴーデン558(21章) 埋葬税
ポン・デュ・ガール344(20章) 自己財源78%/地方自治体の法定拠出22%
クラック・デ・シュヴァリエ1229 DGAM の年次予算

「国と民間」「州と市」だけでなく、超国家の資金が入ることがあります。

管理計画は、大統領令になる研究が基礎になる

段階
第一段階 ロドス市がドデカネス古物管理局と協力して練り上げた都市計画研究の第一段階が、条件つきで承認された。その条件は第二段階に組み込まれる
研究の目的 資産の限界の内側での建築と土地の利用の特定の境界を、その保存を目指して定めること
最終の研究 最終の研究=大統領令が、管理計画の基礎になる

管理計画そのものではなく、「管理計画の基礎になる大統領令」が先にあります。「管理計画がある/ない」で止めず、どこまで進んでいるかを読みます。

ほかに書かれていること

「保護と管理は、都市計画の枠組みと建築活動の継続的で体系的な統制、および制度と立法の規則の更新を通じて実施される」

「国と市の両方の当局が、資産の価値をより実効的に保存する見通しのもとで、住宅区域の日々の機能に関わる問題を担当している」

「騎士団長の宮殿とロドス考古博物館が、資産を促進し訪問者により良い施設(新しい展示、インフラ)を提供するために改良された」

2級で押さえること

基準(ii)(iv)(v)=3つ、本体65.85 ha、緩衝地帯は一覧に行が無い、1988年登録、dossier 493(bis / rev なし)、保存状況報告2年分(1994・1995年)、GIS データ未受領、一覧にほかの保全の仕組みの記載は無い、ページのタブに `Best Practice` がある——`Best Practice` のタブがある資産はこれまで読んだ159件でここだけ。タブは顕著な普遍的価値の本文ではないので本文と分けて記録し、中身までは本文からは分からない。1291年に聖ヨハネ騎士団がパレスティナにおける最後の拠点アッコを失い、1309年にロドスを占拠した——同じ章のアッコ1042 を失ったことがロドス493 の始まりとして書かれ、二つの資産が一次資料の中で直接つながる。1444年のエジプトのスルタン、1480年のメフメト2世の包囲に耐えたが、1522年にスレイマン2世の6か月の包囲の後ついに陥落。ただし説明文と概要はどちらも「1309年から1523年まで」占拠したと書くので、陥落1522年と占拠の終わり1523年の差は一次資料に説明が無く、両方を記録する。中世都市は4 km の長さの壁の内側にあり、北の高い町(全体を騎士団が建てた。元は要塞の壁で低い町から隔てられていた)と南南西の低い町に分かれる。騎士団は七つの「語(tongues)」に組織され、それぞれが自分の座すなわち「宿(inn)」を持っていた——イタリア、フランス、スペイン、プロヴァンスの語の宿が主要な東西軸である有名な騎士通りの両側に並び「ゴシック都市計画のもっとも優れた証言の一つ」。北にはオーヴェルニュの宿が騎士団の最初の施療所の跡地の近くに立ち、ファサードに1512年から1513年まで騎士団長だったギー・ド・ブランシュフォールの紋章を帯びる。元の施療所は15世紀に大施療院(1440-1489年建設)に置き換えられ、騎士通りの南側にある。バレッタ131 では同じものが「宿舎(auberge)」と呼ばれるので、どちらで書かれていたかを記録する。低い町は「高い町とほとんど同じくらい記念物で密」。1522年に人口5,000で、多くの教会(いくつかはビザンツの建築)。南南東の区域で宮殿と慈善財団が増えた(商業裁判所、大司教の宮殿、聖カタリナの施療院など)。1523年以後ほとんどの教会がイスラムのモスクに転換された(スレイマンのモスク、カヴァクリ・メスチティ、デミルリ・ジャミ、ペイアル・エド・ディン・ジャミ、アブドゥル・ジェリル・ジャミ、ドラプリ・メスチティ)。城壁は部分的にビザンツの囲いの基礎の上に建てられ、14-16世紀に騎士団長たちのもとで絶えず維持され改造された。砲の射撃陣地が最後に加えられた特徴。1512年に北西の角に建てられたアンボワーズ門の区間ではカーテンウォールが厚さ12 m、銃眼を貫いた高さ4 m の胸壁を持っていた。基準(iv)が「包囲への強迫的な恐れによって特徴づけられる文脈」と書き、エーゲ海の島・古代ギリシアの都市の跡地・リンドスのカレスのコロッソスで飾られた港を見下ろすことが「関心をさらに増している」とし、「歴史の鎖は1523年に断ち切られたのではなく、むしろ1912年まで、価値あるイスラムの記念物の追加とともに続いた」と明記する。基準(v)は「相次ぐ複雑な文化変容(acculturation)の現象」と書き、「1912年より前の年代のすべての建造された要素は、生活条件の進化のために脆弱になっており、大きな宗教・市民・軍事の記念物と同じくらい保護されなければならない」とする。完全性の節が一文で、脅威と必要な対応だけを書き、完全性そのものの評価が無い——「観光開発と資産の商業的過剰利用による増大する危険、土地利用と建築規制の変更が、資産の戦略的な管理を絶えず強化することを要する」。これまで読んだ159件でここだけ。「完全性の節に何が書かれていないか」まで記録し、評価が無いことを「完全性が低い」とは読まない。真正性が後の時代の痕跡を価値として扱う——「城壁と市内の記念物へのオスマン期の改変は、歴史的居住の性格をまったく損なわず、資産の歴史の層成の唯一無二で不可分の証拠である」「1912年以後のイタリアの占領は、いくつかの主要な建物の再建とともにロドスの都市景観に強い痕跡を残した。それでもなお、ロドスの都市の歴史の恒久的で不可分の一部とみなされなければならない」。20章のラヴェンナ788 の「改変それ自体に内在的な歴史的価値がある」と同じ型。考古法3028/2002 と官報に公示された個別の省令。文化教育宗教省がドデカネス古物管理局を通じて実施し、修復事業の実行に責任を持つ科学委員会が同省に監督される。「ロドスは生きた都市なので」同省は公的・地域・市の団体と協力し、「永続的に進化する歴史的居住としての質的な特徴」を保てるようにする——この章ではバレッタ131 とアッコ1042 も「生きた都市」と書かれるが、三つとも書き方が違うのでそのまま写す。保全工事が「欧州連合、国、民間の資源」によって資金提供される——欧州連合が資金源として書かれる資産は159件でここだけ。「国と民間」「州と市」だけでなく超国家の資金が入ることがある。管理計画は、都市計画研究の第一段階が条件つきで承認され(条件は第二段階に組み込まれる)、最終の研究=大統領令が「管理計画の基礎になる」。管理計画そのものではなく「管理計画の基礎になる大統領令」が先にあるので、どこまで進んでいるかを読む。ほかに、保護と管理が「都市計画の枠組みと建築活動の継続的で体系的な統制、および制度と立法の規則の更新を通じて実施される」こと、国と市の両方の当局が住宅区域の日々の機能に関わる問題を担当すること、騎士団長の宮殿とロドス考古博物館が訪問者への施設のために改良されたことが書かれる。

準1級 準1級向けに理解を深める

準1級の掲載範囲は確かめていません。準1級の範囲は「日本の全遺産と主要な世界の遺産700件」ですが、どの700件かは公式に出ていません。ここに並ぶのは、ゼミが作ったキーワードの練習(試作46本)で、この記事がどのキーワードに入ったかです。公式テキストの分類ではありません。

この遺産は、準1級のキーワードで2通りに出てきます

キーワードこのキーワードで見るもの本文の手がかり
歴史的な出来事出来事が、その資産とどう結びつけられているか「1309年から1523年まで」
イスラム建築モスクが、その資産でどの役を与えられているか「ほとんどの教会がイスラムのモスクに転換されました」

準1級は、遺産を1件ずつではなくキーワードで横に読みます。同じ資産が、キーワードごとに別の一文で引かれます。「この遺産はどのテーマか」ではなく、「このキーワードで読むと、この遺産の何が見えるか」で読みます。

キーワードで練習する

級別の確認問題

2級 確認問題

答えを選んでから、正解と解説を開きましょう。

確認1:ロドス島の中世都市の完全性の節に書かれているのは?

  1. 完全性の節は無い
  2. 資産が顕著な普遍的価値を表現するために必要なすべての要素を含んでいることだけが書かれ、脅威は書かれていない
  3. 観光開発と商業的過剰利用による危険、土地利用と建築規制の変更という脅威を挙げたうえで、資産が顕著な普遍的価値を表現するために必要なすべての要素を含んでいると評価している
  4. 観光開発と商業的過剰利用による危険、土地利用と建築規制の変更という脅威と、戦略的な管理を強化する必要だけで、完全性そのものの評価が書かれていない
正解と解説を開く

正解:4.観光開発と商業的過剰利用による危険、土地利用と建築規制の変更という脅威と、戦略的な管理を強化する必要だけで、完全性そのものの評価が書かれていない

完全性そのものの評価が書かれない資産は、これまで読んだ159件でここだけです。「何が書かれていないか」まで記録します。評価が無いことを「完全性が低い」とは読みません。

確認2:ロドスの保全工事の資金について、保護管理の節に書かれているのは?

  1. 資金については書かれていない
  2. 欧州連合、国、民間の資源によって資金提供されている
  3. 国の予算だけによって資金提供されている
  4. 欧州連合、国、民間の資源によって資金提供されているが、私有の建物への工事はその対象から除かれている
正解と解説を開く

正解:2.欧州連合、国、民間の資源によって資金提供されている

欧州連合が資金源として書かれる資産は、これまで読んだ159件でここだけです。「国と民間」「州と市」だけでなく、超国家の資金が入ることがあります。

確認3:ロドスの歴史について、基準(iv)が明記しているのは?

  1. 歴史の鎖は1523年に断ち切られたのではなく、むしろ1912年まで、価値あるイスラムの記念物の追加とともに続いた
  2. 歴史の鎖は1523年の騎士団の退去で断ち切られた
  3. 歴史の鎖は1523年に断ち切られたのではなく、むしろ1912年まで続いたが、その間に加えられたイスラムの記念物は資産の価値には含まれない
  4. 歴史の鎖は1912年のイタリアの占領で断ち切られたので、それ以後の要素は資産の価値には含まれない
正解と解説を開く

正解:1.歴史の鎖は1523年に断ち切られたのではなく、むしろ1912年まで、価値あるイスラムの記念物の追加とともに続いた

騎士団の章の資産でも、一次資料は騎士団の後の時代まで価値に含めています。1523年以後、ほとんどの教会がイスラムのモスクに転換されました。

確認4:ロドスの管理計画について、保護管理の節に書かれているのは?

  1. 管理計画はすでに承認され、実施されている
  2. 都市計画研究の第一段階が条件つきで承認されたが、管理計画を作る予定は書かれていない
  3. 都市計画研究の第一段階が条件つきで承認され、最終の研究である大統領令が管理計画の基礎になる
  4. 都市計画研究の第一段階が条件つきで承認され、その研究そのものが管理計画としてすでに効力を持っている
正解と解説を開く

正解:3.都市計画研究の第一段階が条件つきで承認され、最終の研究である大統領令が管理計画の基礎になる

管理計画そのものではなく、「管理計画の基礎になる大統領令」が先にあります。「管理計画がある/ない」で止めず、どこまで進んでいるかを読みます。第一段階の条件は第二段階に組み込まれます。

参考資料

確認日:2026年10月27日。世界遺産ゼミは非公式の学習コンテンツです。確認問題は独自に作成しています。特定の試験回への対応は未確定です。

参照した公式教材の版: くわしく学ぶ世界遺産300 <第6版>

この遺産が出題される級は、上のバッジから確認できます。