個人
マックス・フォン・ラウエ
Max von Laue
1879年生まれ・1960年没
何をした人か
結晶にX線を当てると回折の模様ができることを見つけ、X線が波として表せることを示したドイツの物理学者です。
受賞理由のやさしい要約
1914年 物理学賞(単独受賞)
結晶によるX線の回折の発見が評価され、単独で受賞しました。1912年、細かいすき間を波が通ると模様ができるように、結晶の原子の並びもX線に対して同じはたらきをするのではないかと考えたのが始まりでした。実験はフリードリヒ(ゾンマーフェルトの助手)とクニッピングが担い、何度かの失敗ののちに成功しました。
公式の受賞理由(英語)
for his discovery of the diffraction of X-rays by crystals何が新しかったか
X線は波長のとても短い電磁波だと考えられていましたが、この発見でX線が電磁波の仲間であることが確かめられました。ラウエは現象を数式で表し、発見は1912年に発表されました。回折の模様から結晶の構造を読み解く道も開け、のちのブラッグ父子の研究につながりました。
私たちの生活や社会とのつながり
ナチス政権のもとでは、叱責や身の危険を覚悟で、党が認めない相対性理論などの科学的な考え方を擁護しました。アインシュタインがベルリンの科学アカデミーを辞めたとき、副会長が「損失ではない」と述べると、抗議した会員はラウエだけだったと伝記は記しています。戦後は、ドイツの研究体制を立て直すうえで重要な役割を果たしました。
関連する受賞者・団体
- マックス・プランク研究の継承
ラウエは1902年にベルリン大学でプランクのもとで学び、1905年からはプランクの助手を務めました。
- ヴィルヘルム・レントゲン編集上の関連
レントゲンが1895年に見つけた未知の放射線について、ラウエは結晶による回折から、X線が波として表せることを示しました。
- ローレンス・ブラッグ編集上の関連
ラウエの結晶によるX線回折の発見は、ウィリアム・ブラッグとローレンス・ブラッグ父子ののちの研究への道を開きました。
- ゲオルク・ド・ヘヴェシー編集上の関連
ラウエはドイツ当局による没収を避けるため、ノーベル賞のメダルをコペンハーゲンのボーアの研究所に預けていました。ヘヴェシーの回想によれば、デンマークが占領されると、彼はラウエとフランクのメダルを溶かし、戦後に取り出した金から新しいメダルが贈られました。
「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。
次に読むためのキーワード
出典と確認日
- NobelPrize.org 受賞者ページ(Max von Laue)
- 1914年 ノーベル物理学賞(NobelPrize.org)
- Max von Laue – Biographical (NobelPrize.org)
- Max von Laue – Facts - NobelPrize.org
- William Bragg – Facts - NobelPrize.org
受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。