個人

ナディア・ムラド

Nadia Murad Basee Taha

1993年生まれ

  • 2018年 平和賞

何をした人か

イラク北部の少数派ヤジディ教徒の出身です。過激派組織「イスラム国」(IS)に拉致された体験を語り、戦争での性暴力をなくすよう訴えています。 [根拠 4]

受賞理由のやさしい要約

2018年 平和賞(賞の1/2)

戦争や武力紛争で性暴力が武器として使われることを終わらせようとする努力が評価されました。コンゴの医師デニ・ムクウェゲとの共同受賞で、ノーベル委員会は彼女を、自分とほかの人々が受けた虐待を語る「証人」と位置づけました。 [根拠 3]

同じ年・部門の共同受賞:デニ・ムクウェゲ

公式の受賞理由(英語)
for their efforts to end the use of sexual violence as a weapon of war and armed conflict

活動の何が新しかったか

2014年、ISは彼女の村を襲って数百人を殺害し、若い女性たちを拉致しました。彼女自身も捕らわれて性暴力などの虐待を受け、3か月後に逃げ出しました。被害を受けた女性に沈黙と恥を強いる社会の決まりごとを受け入れず、自らの体験を公の場で語りました。 [根拠 3]

私たちの生活や社会とのつながり

2016年、23歳で、人身取引の被害者の尊厳のための初代の国連親善大使に任命されました。自伝『THE LAST GIRL』を著し、将来の世代の女性たちが戦争の性暴力の被害者にならないことを願っています。自らの団体を通じて、ヤジディの故郷の再建への投資を各国政府などに働きかけています。 [根拠 3・4・5・6]

関連する受賞者・団体

  • デニ・ムクウェゲ同じ賞の共同受賞

    2018年の平和賞をともに受けました。

  • リゴベルタ・メンチュウ・トゥム編集上の関連

    どちらも、自分と家族が受けた暴力を国際社会に語ることで、迫害されてきた人々の状況に目を向けさせました。

  • リーマ・ボウィ編集上の関連

    2011年の授賞発表は、女性の和平への平等な参加を求めた国連安保理決議1325に触れ、2018年の授賞発表は、性暴力を戦争の武器として使うことを戦争犯罪と定めた決議1820に触れています。

  • マララ・ユスフザイ編集上の関連

    ムラドは23歳で国連の親善大使に任命され、自らの体験を世界に語りました。マララ・ユスフザイも10代で、少女の教育を受ける権利を訴えました。若い女性が自らの経験を語ることの力を考えられる組み合わせです。

「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。

次に読むためのキーワード

出典と確認日

  1. NobelPrize.org 受賞者ページ(Nadia Murad)
  2. 2018年 ノーベル平和賞(NobelPrize.org)
  3. The Nobel Peace Prize 2018 - Press release - NobelPrize.org
  4. Nadia Murad – Facts – 2018 - NobelPrize.org
  5. Nadia Murad – Biographical - NobelPrize.org
  6. Nadia's Initiative(nadiasinitiative.org)

受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。

主な受賞者・団体を選んで掲載しています。全受賞者の網羅ではありません。 Neutrope Biz が制作する独立した学習コンテンツです。ノーベル財団・NobelPrize.org の公式サイトや公認の企画ではありません。