個人
リーマ・ボウィ
Leymah Gbowee
1972年生まれ
何をした人か
リベリアの内戦のさなか、キリスト教徒とイスラム教徒の女性たちを結びつけ、非暴力で平和を訴えた平和活動家です。
受賞理由のやさしい要約
2011年 平和賞(賞の1/3)
女性の安全と、平和づくりに女性が十分に参加する権利を求めた非暴力の闘いが評価されました。リベリアのエレン・ジョンソン・サーリーフ、イエメンのタワックル・カルマンとの3人での受賞です。授賞発表は、女性が男性と対等に和平の過程に加わる必要を強調した、2000年の国連安全保障理事会決議1325にも触れています。
同じ年・部門の共同受賞:エレン・ジョンソン・サーリーフ、タワックル・カルマン
公式の受賞理由(英語)
for their non-violent struggle for the safety of women and for women's rights to full participation in peace-building work活動の何が新しかったか
2002年に草の根の運動「リベリア女性平和大衆行動」を組織し、何週間にもわたる公の抗議を率いました。ガーナのアクラでの和平交渉が行き詰まると、200人近くの女性と人の壁をつくり、合意に達するまで代表たちを会場から出さないよう求めました。こうした抗議は、2003年にテイラー大統領が和平合意に署名するよう迫る大きな力になりました。
私たちの生活や社会とのつながり
内戦中には社会福祉士・トラウマカウンセラーとしての訓練を受け、元少年兵の支援にあたりました。2012年にはリベリアのモンロビアで、女性や少女、若者に教育とリーダー育成の機会を提供する非営利団体を立ち上げました。
関連する受賞者・団体
- エレン・ジョンソン・サーリーフ同じ賞の共同受賞
2011年の平和賞をともに受けました。
- タワックル・カルマン同じ賞の共同受賞
2011年の平和賞をともに受けました。
- デニ・ムクウェゲ編集上の関連
ボウィはリベリアの長い戦争を終わらせるために女性たちを組織し、ムクウェゲは受賞までの長い年月、コンゴ民主共和国で性暴力の被害者を助けてきました。
- ナディア・ムラド編集上の関連
2011年の授賞発表は、女性の和平への平等な参加を求めた国連安保理決議1325に触れ、2018年の授賞発表は、性暴力を戦争の武器として使うことを戦争犯罪と定めた決議1820に触れています。
「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。
次に読むためのキーワード
出典と確認日
- NobelPrize.org 受賞者ページ(Leymah Gbowee)
- 2011年 ノーベル平和賞(NobelPrize.org)
- Leymah Gbowee – Facts - NobelPrize.org
- The Nobel Peace Prize 2011 - Press release - NobelPrize.org
- Leymah Gbowee – Biographical - NobelPrize.org
受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。