個人
朝永振一郎
Sin-Itiro Tomonaga
1906年生まれ・1979年没
何をした人か
電子と電磁場のやりとりを扱う量子電磁力学で、計算に出てくる無限大の困難を「くりこみ」で乗り越えた日本の物理学者です。
受賞理由のやさしい要約
1965年 物理学賞(賞の1/3)
素粒子物理学に深い影響を及ぼした、量子電磁力学の基礎的な研究が評価されました。ジュリアン・シュウィンガー、リチャード・ファインマンとの3人での受賞です。朝永は事故のためストックホルムの授賞式に出られず、賞は東京のスウェーデン大使を通じて渡されることになりました。
同じ年・部門の共同受賞:Julian Schwinger(未収録)、リチャード・ファインマン
公式の受賞理由(英語)
for their fundamental work in quantum electrodynamics, with deep-ploughing consequences for the physics of elementary particles何が新しかったか
量子電磁力学では、電子の質量や電荷を計算すると無限大という役に立たない答えが出てしまう欠陥がありました。朝永は1943年の論文などで、相対性理論の要請にかなう新しい定式化を示していました。1947年に水素のエネルギー準位のずれ(ラムシフト)が見つかると、質量や電荷を実験の値に置き換える「くりこみ」を進め、測定とよく合う式を導きました。
私たちの生活や社会とのつながり
授賞式では、新しい量子電磁力学は物理学のあらゆる理論の中でも特に正確なものの一つと紹介されました。朝永は1955年に東京大学原子核研究所の設立を主導し、のちに東京教育大学の学長や日本学術会議の会長も務めました。
関連する受賞者・団体
- リチャード・ファインマン同じ賞の共同受賞
1965年の物理学賞をともに受けました。
- ヴェルナー・ハイゼンベルク共同研究
朝永は1937〜1939年にドイツのライプツィヒに滞在し、ハイゼンベルクの理論グループと共同で原子核物理と場の量子論を研究しました。
- 南部陽一郎研究の継承
南部陽一郎は学生時代に朝永振一郎らのセミナーに通い、朝永のグループに加わって素粒子物理学の研究を始めました。大阪市立大学に職を得たのも朝永の推薦によるものでした。
- 湯川秀樹編集上の関連
朝永と湯川秀樹は、1929年に京都帝国大学の物理学科をともに卒業した親しい友人でした。同じ大学で学んだ2人が、のちにそれぞれノーベル物理学賞を受けています。
「編集上の関連」は、同じ問いを別の角度から考える組み合わせとして編集部が選んだもので、実際の協働や影響関係を示すものではありません。
次に読むためのキーワード
出典と確認日
- NobelPrize.org 受賞者ページ(Sin-Itiro Tomonaga)
- 1965年 ノーベル物理学賞(NobelPrize.org)
- Sin-Itiro Tomonaga – Biographical (NobelPrize.org)
- Yoichiro Nambu – Biographical
- Sin-Itiro Tomonaga – Facts - NobelPrize.org
- Nobel Prize in Physics 1965 - Presentation Speech - NobelPrize.org
受賞年・部門・英語の受賞理由は NobelPrize.org API の公開データ(2026-10-25取得)です。日本語の解説は編集部による要約で、記述の確認に使った資料を上に掲げています(確認日 2026-10-22)。[根拠]の番号は、医療や評価の分かれる記述について、この一覧の資料を示します。